リーダー考

 昨日、敷地調査に行っていました。

 附近を歩いて回っていると、ありました。

 知らない人の店をB級建築と言えば怒られますが、そんな言葉以外思いつきません。

 色合い、フォルムともとても良い感じです。

 その後通った大阪駅には菜の花が。

 気がつけば3月も最終週です。

 先週、作家・玉木正之氏のwebサイトを紹介しました。

 開口健、沢木耕太郎が好きだったからか、ノンフィクションを書いている作家が気になります。スポーツが題材になっていると、なお分かり良いのです。

 二宮清純はそんな作家のひとり。自身の主宰するサイトには、間違いなくお金をとれる文章が掲載、更新されています。

 以前、リーダーの条件を書いたコラムがありました。
 
 チームを3度日本一に導いた、元サントリーラグビー部監督、土田雅人へのインタビューで質問は「リーダーの条件とは?」です。

 解決力だと思う。失敗してもいい。その場で判断し、早めに手を打つ。後手に回っちゃダメ。

スピード感が大切。失敗したら、また次の手を考えればいい。懸案を放棄せず、ひとつひとつ解決していく。

 その道筋をきちんと示してあげれば選手達はついてくる。何もやらずに、ただ時間だけが過ぎる。そして手遅れになる。これが一番良くない。

 この半年、アトリエmを4人体制に戻そうと、随時面接を行ってきました。更に夏までには5人体制にしたいと思っています。しかしなかなか簡単ではありません。

 マジックのように、全ての問題を目の前で解決出来る訳ではありません。しかし、小さな組織のリーダーとして、立ち止まる時間は一切なくしているつもりです。

 何の手も打たず、行動を起こさないことがどんな結果を導くか……勿論過去に経験済みです。それで、元サントリーラグビー部監督の言葉に反応してしまうのです。

 仕事は分かち合ってこそです。また、本当に求められるものなら、受け継がれていくはずだと思っているのです。
 
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【Events】
■4月6日(金)ハービスPLAZA(大阪)4階 3:00pm~6:00pm
大阪府建築士会『住まいの設計相談会』に相談員として参加します
■4月1日~4月30日までハービスPLAZA(大阪)4階にて
「池を望む家」のパネル、模型を展示しています
【News】
『住まいの設計』9月21日発売に「イタウバハウス」掲載
■10月11日『ConCom』に「私の名建築-第3回-」が掲載されました
メディア掲載情報
一級建築士事務所 アトリエ m
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

イチバーン

 昨日の夕方。近畿道に乗って高槻へ。

 妻の実家で、子供たちを預かって貰っていたのです。

 さっと雨が降り、空気が澄んでいるのが分かります。

 着くと、風呂に行って、夕食も食べて行けば、という事になりました。

 近くに銭湯は、と聞くと、高台の新興住宅街にそれはないと。

 で、スーパー銭湯に行くことになりました。先週といきなり話が合わないのですが、無いとどうにも……

 玄関先に着くと、中から力士が出てきました。

 そういえば春場所は大阪で、この日は千秋楽。

 間もなく結びの一番という時、ここに居るので、まだ正式な関取ではないのかもしれません。

 それでも大きい。

 続いてまた2人出てきて、子供はかなり喜んでいました。

 出来れば一緒に風呂に入りたかったところです。

 高槻にある「かじか荘」が宿になっているそうで、辺りには沢山ののぼりが立っていました。

 相撲の巡業は、多くのパトロンによって支えられています。そんな人がタニマチ。 

 諸説ありますが大阪市谷町に住む医師が、相撲取りからは治療代をとらなかったことが語源とも言われます。

 日本で一番高い山は?と聞かれば「富士山」と誰もが答えます。標高は3776m。では2番目に高い山は?

 答えは「北岳」、3193mです。どの位の人が答えられるでしょう、という有名な質問です。

 1980年代、「イチバーン!」の雄叫びで人気者になったハルク・ホーガンというプロレスラーがいました。支援者の為にもやるからには1番を目指して下さい。これは当然自分にも言えることですが。

 ハルク・ホーガンは、アントニオ猪木との戦いで日本での人気を不動のものにして行きます。

 1984年、蔵前国技館では猪木をアックス・ボンバーで場外失神KOに追い込みます。猪木の悲願であった初代IWGPチャンピオンの座に就いたのはあまりに有名な話。(そうでもないかもしれませんが)

 その後、彼は「ロッキー3」にも出演。本当のハリウッドスターになります。「イチバーン!」を唱え続け、本物の一番になったのです。

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源ヶ橋温泉

 スーパーに仏花があるのを見て、彼岸なのだと気付きます。

 近いうちに墓参りに行かないと。日常を言い訳にせず……

 火曜日は祝日だったので、子供を連れて銭湯へ。遠くはなく、自転車では行けずで、先送りにしていた所があるのです。

 「源ヶ橋温泉」は大阪市生野区林寺1丁目にある銭湯。温泉ではありません。

 この建物、銭湯では珍しく国の登録文化財に指定されているのです。

13 - コピー

 その名の通り、以前は橋があったのでしょうか。

 後で調べるとこんなサイトを見つけました。

 生野本通商店街と疎開道路の交点、すぐ南西にあります。

 建物の完成は昭和12年。

 当時の富豪が建てたもので、随所に遊びがみられます。

 建築様式はいわゆる和洋折衷。

 正面の自由の女神像が掲げるのは温泉マーク。入浴とニューヨークをかけたようです。

 壁はタイルで屋根にはシャチホコと何でもありなのです。

 番台に座る経営者のおばさんに色々聞いていると「関西ウォーカーを見て来たの」と尋ねられました。阿倍野Walkerという特集号が出たようです。

 建築の仕事をしているので、前から興味があったと言うと、更に色々教えてくれました。

 先代が、昭和17年に買い取ったこと。文化財とは言え、標識を一枚置いていくだけで、何かの指導があったり、補助があったりする訳ではないこと。この時代、銭湯は大変……など。

 それはそうだと思います。

 大人、子供、幼児の3人で600円。コインパーキング代と同額でした。

 脱衣室の天井は5m程ある格天井で前庭付。最大40人くらいは入れそうです。

 浴槽こそ小さ目ですが、洗い場床は大きな石畳敷き。水栓も20はあったと思います。

 これらを維持するのは間違いなく大変です。

 子供はスーパー銭湯を喜びますが、何かと理由をつけて銭湯へ行きます。

 安いのが魅力ですが、風呂の無い家がない今、これらが永遠に残る事は考えられません。

 江戸では防火の観点から、基本的には内風呂を禁じていました。内風呂が一般化したのは高度成長期ですから、この40~50年のことです。

 銭湯時代が歴史的には圧倒的に長く、街の交流の中心だったのです。また銭湯に行かなければ、子供が本当の刺青を見る機会も無かったはずです。見た方が良いかは別にしても。

 以前、白髪のお爺さんが腕の部分だけ、刺青を消していました。皮膚移植をするのでしょうか。その人生を勝手に想像します。銭湯には人生の喜怒哀楽があるのです。

 B級グルメではありませんが、B級建築めぐりも合わせて、銭湯は楽しいのです。

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洞窟 探検

 昨日の日曜日は朝から雨。

 折角温かくなってきたのでと、朝一番に大阪をでました。

 阪和道を南下し有田ICで下ります。

 有田川を東へ遡ること1時間。

 ところどころ、淡桃色の花がみえるのはすでに桜でしょうか。 

 和歌山県かつらぎ町の花園というところまでやってきました。

 本を調べていると「小原洞窟恐竜ランド」という施設を見つけたのです。

 ヘルメットを着用し、湿気に満たされた洞窟の中へ入っていきます。

 入口こそ電飾などありましたが、ここは廃坑跡なのです。

 気分的には、昔テレビで観た川口浩探検隊です。

 ところどころ開けている所に、恐竜のㇾプリカが展示されています。

 それらがリアルに再現された鳴き声で吠えるのですが、それが洞窟内に重低音で響きます。

 娘はすぐに退散しました。 

 コウモリも生息しており、時々頭をかすめるように行き来します。
 
 洞窟内でコウモリを見ると、予想以上に怖いもの。

 何故か、吸血コウモリという言葉が頭をよぎります。

 私が怖いと思っているくらいなので、長男も完全に腰が引け気味。

 それでも洞窟内の探検を終えました。

 元々あった洞窟に滝がありました。
 
 この滝は今もありますが、高野山が近いこともあり、江戸時代に僧が修業していました。

 その流れの中に光るものを見つけ、銅、金があることが分かったのです。

 昭和に入るまで現役の鉱山として掘られていたそうです。

 よって、坑道は狭くアップダウンも激しく、なかなかの探検具合でした。

 この小原窟恐竜ランドは個人経営なのです。(元は第三セクターでした)

 全国の廃坑の使い方を調べてまわり、こんなところはないだろうと、現在の形になったそうです。現在20年目。

 正面に立つ大きな恐竜のレプリカは8千万円とのこと。経営者の方が気さくに色々教えてくれました。

 小学校低学年の子供のいる方にはおすすめします。入場料は大人800円でした。

 昨日から急に温かくなった事もあるのでしょうが、山中にみえる杉の木の雰囲気が違います。本来なら細い葉は深い緑色一色のはずが、黄土色のような色がところどころ混じっています。

 よく見ると、花粉が盛り上がるように付いているのです。有田ICを下りたあたりから、私もくしゃみが止まらなくなり、慌ててマスクをしました。
 
 暦を見れば明日は春分の日。身を持って春の訪れを感じたのです。

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世界基準

 昨日は、サッカーのU23が、ロンドンオリンピック行きを決めました。

 バーレーンに2対0で快勝。ニュースで見ると、セレッソ大阪の清武も1ゴールを決めたようです。たった1回、試合を見たのみですが、今後も含めて気になる選手です。次のステージへ早く行くべき選手だと思うのです。

 春休みに入り、オープンデスク、当事務所スタッフ募集等があり、何人かの若者が出入りしています。

 オープンデスク中の学生は、模型を創るのがとても早いのです。

 昨日も初期相談のスタディ模型を2つ仕上げてくれました。

 こちらは、大阪市内の狭小住宅。

 小学1年生とくらべると失礼ですが、質もなかなかのものです。

 狭小と言っても、厳密な定義がある訳ではありません。

 概ね20坪以下もしくは15坪下を指すことが多いのです。

 この敷地、12.5坪で間口は2.7m程、かなり縦長の敷地です。

 正面から見ると、その感じが良く分かります。

 サッカーの話に戻りますが、お気に入りのwebサイトがあります。

 作家、玉木正之のサイトで時々コラムが更新されるのです。

 随分前ですが、日本サッカーについて書かれたコラムがありました。以下に要約してみます。

 日本人の「世界観」はいつも変わらない。ことサッカーワールドカップになるとメディアは「世界と闘う」というフレーズを良く使う。

 日本が世界の外部にあるかのように。

 テクニックはあるが、得点力はない。決定力不足。ミッドフィルダーは育つが、フォワードは育たない。組織プレイは巧いが、個々の突破力は無い。それが日本人、日本社会の特徴。それが「世界」とは異なる日本文化……

 野球もかつて同じような事を言われていた。

 投手も本格派は「世界」に通用しない。横手投げと下手投げなら通用する。野茂の登場までこの論調は続く。

 打者もミートの巧い好打者なら「世界」に通用するが、中軸を打つスラッガーは無理。これも松井秀喜が覆す。日本的?なイチローは桁外れの「世界記録」をうちたてた。捕手だけは「世界」に通用しない。これも城島が覆してくれた。

 現在の常識も、おそらくこの程度の事だろう。単にサッカーが下手なだけ。これも運動神経に恵まれ、技術の高い選手が数人でてくれば、解決の方向に向うだろう。

 世界の外にいるのではなく「世界の一員」として闘えば、日本のレベルがわかる。わかればそこから新たな闘いを始めるだけ。スポーツとは、そういうものだろう。

 これは日本がワールドカップの決勝トーナメントに進む前のコラムで、現状はもっと進歩しています。しかし、日本だけが世界の外にあるという考え方はやはり存在します。それは個人のレベルでも同じように。

 「関西では、大阪なら、この地域には、○○家としては、私的には……」これらの考え方は、能力を伸ばすことに繋がらないと感じます。

 良いものは良い。駄目なものは駄目。
 
 この単純な考えを自分も実践したい。また、スタッフ、若者へ少しでも伝えたい。誰もが世界の一員。誰もが自然の一部。これは間違いありません。
 
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木曽福島 出張模型教室

この土日は、久しぶりにスキーへ。

 木曽福島に義妹家の山荘があります。

 父、弟家族と合せて計10人。

 自炊なので合宿のようなものです。

 しかし、いくら騒いでも怒られない。広い。

 子供達にとって、これほど楽しい場所は無いはずです。

 初日は雪がちらつきましたが、2日目は朝から快晴。

 西に向かい合う御嶽山は3067m。冠雪した山頂がくっきりと見えます。

 時々こんな景色を見れるので、またゲレンデに立ちたいと思うのでしょう。

 子供達は全部で5人。上が7歳、下が2歳です。

 それなりに皆見ていますが、4歳の娘の上達がとても早い。

 中級コースくらいなら下りて来れるようになりました。

 合宿の楽しみは夕食です。

 早く遊びたいので、急かせる必要も全くなし。

 そう言うと、普段から面倒を見ているように聞こえますが、世の父親と同様、そんな機会は極めて少なく……

 こんな時くらいはと思い、模型作りの準備をしてきました。

 事務所で出た端材ばかりですが、彼らにとっては想像力をかき立てるはずです。

 道具を取り合いながらも、黙々と作っていました。

 遊びつかれて、1人寝、2人寝。

 何を作りなさいと言った訳ではありませんが、どれも家のようです。

 そういう私も、出張模型教室を終え、8時半には布団に入りました。

 旅情報で言えば、お土産ならJR木曽福島駅近くの「田ぐち」。

 「御嶽もなか」はおすすめです。

 甘党でない人も大丈夫だと思います。

 日曜日で東日本大震災から丁度1年。

 スキー場でも2時46分には黙とうが捧げられました。

 その時、自分へ何を問うのか。多くの人の答えは同じだと思います。自分に出来る事を、毎日全力で取り組む。

 ただそれだけの事ですが、それが世の中を良くすると確信します。

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坐骨神経痛

 昨日は大学時代の友人と会っていました。

 場所はお初天神商店街にある「ニューミュンヘン本店」。

 名物のから揚げも合わせて、由緒正しきビヤホールという趣です。

 若者のビール離れもあり、こんな店は減る傾向にあるようです。

 4人ともが設計事務所を経営しているので、必然的に仕事の話になります。

 全て話しが合う事はないので、ヒートアップしてくる場面も結構あります。

 4時間に渡って話が尽きることはありませんでした。次回は春先の現場見学会になりそうです。

 先週の金曜日。何と表現して良いのか分からない、痛みを感じました。腰から膝の裏側にかけて、ムズムズ痛いというか、広範囲に鈍痛が続くのです。

 その日は仕事を早めに切り上げ、早くに布団に入りました。妻に痛みどめを貰い、子供のように「痛い、痛い」と言いながら、何とか寝ました。

 土曜日も良くならず、日曜日の東京行もあったので、病院に行くと「坐骨神経痛」ではないかと。

 原因は色々あるが、腰に負担が掛かり神経を圧迫、更に寒さで血流が悪くなり、腰から下に痛みで出ているようだと。

 本当に痛かったので、処方して貰った薬をクリニック内で飲みました。30分すると何も無かったかのように痛みは消えたのです。

 これで仕事が出来ると、健康の有難さを実感すると共に、薬の威力の凄さに少々恐れを頂きます。

 「血流を良くする薬」は、どんな部分を、どう刺激すればそんな事が出来るんだろうと考えます。

 医療と薬のおかげで何とかなったのですが、根本を解決しないとどうしようもありません。事実4時間ほど経つと、痛みはまたぶり返してくるのです。

 ある知人が、病気を治すより、その病気の元になった生活習慣なり、食習慣を治さないと意味がないと言っていました。その通りだと、心から納得したのです。

 今回の原因は、現場行の服装が、あまりにも軽装だった事だと思います。

 明日は、首にマフラー、中には長袖シャツ、ズボンの下にはレッグウォーマー。そして腰には貼るカイロで挑みます。

 何より、規則正しい生活が一番のはずですが。
 
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東京タワー

 昨日は朝一番の新幹線で東京へ。

 「四丁目の家」の1ヵ月点検でした。

 こちらはまた現場日記にUPしたいと思います。

 夕景撮影まで時間があいたので、六本木、麻布周辺へ建物を見に行って来ました。

 まずは地下鉄の六本木1丁目から南に歩き、麻布台へ。

 「和朗フラット」は1936年頃(昭和11年)に建てられた木造アパートです。

 1号館、2号館、4号館が現存し、現役の賃貸アパートなのです。

 こちらは、年末建築相談に見えた夫妻から教えて貰いました。

 建て主が大工とのんびり作った感じが出ています。
 
 窓の形状、色遣いは当初のままなのか、その名の通り、優しい外観です。

 アパートにつき、中には入れず。

 飯倉片町の交差点まで戻り、東を見ると東京タワーが目の前。

 その足元にみえるのが「ノアビル」です。 

 先日見学に行った「びわこ北寮」の白井晟一設計です。

 桜田通り、外苑東通りの飯倉交差点に建ちます。

 哲学的と言われる作品の真骨頂と言えるような建築です。1974年の作品。

 こちらも日曜につき、中には入れず。残念です。

 現在のオフィスビルとはかけ離れた形態に惹かれるものがあります。

 曇天の空に、黒の外壁と、レンガの陰影が強い存在感を放っていました。

 美しく、品格を感じさせる、まさに名建築です。

 こちらを「玄人好み」とするなら、対極にあるのが東京タワーでしょうか。


 私が前回来たのは35年ほど前です。
 
 上野動物園に初めてのパンダ、カンカンとランランが来たのが1972年。

 その行列に並んだ記憶があるのです。

 高さ333m。

 大展望台は150mにあります。そこへ向かうエレベーターで、足がすくんでいました。

 開口部から見えるその鉄骨の細いこと。

 「デザインとは、いらないものを切りすてること」はサン・テグジュペディの言葉。

 その感覚を、身を持って感じました。

 怖いもの見たさついでに、ガラスの床も撮っておきました。

 上に乗りません。 

 3月1日にスカイツリーが完成しました。

 東京タワーは、観光施設として残されるようです。

 通天閣も設計した内藤多仲の最高傑作。出来るならそうあって欲しいものです。
 
 東京に名建築は数あれど、もし一つ上げるなら東京タワーだと思っています。

 エジプトと言えばはやはりピラミッド。

 ランドマークたりえる建築は、やはり大きいものなのです。誰もが知っているという意味では、高い、と置き換えても良いかもしれません。

 それがスカイツリーにうって変ることになります。私はスカイツリーが美しい建築(塔)だとは思っていません。

 しかし、そういった視点とは違う迫力で、街のシンボルになって行くのでしょう。高さは世界一なので勿論クリア。後は時間が解決してくれるのでしょうか。

 震災からまもなく1年。

 東京タワーの最上部はその時の揺れで曲がったままです。

 もし同じ事があっても、スカイツリーではこのような事は起こらないでしょう。

 それは間違いなく良いことですが、美さやしなやかさと引き換えにしていると感じるのです。

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拾い読み12時間

 今日から3月ですが、未だ寒い日が続きます。

 昨日はサッカーのワールドカップ3次予選がありました。残念ながらウズベキスタンに敗れましたが、そのテストマッチが先週金曜日にあったのです。

 長居スタジアムでのアイスランド戦ですが、誕生日プレゼントを兼ねて、長男と行ってきました。1日は長男の誕生日なのです。

 チケットは前から3列目で7千円。

 初めて見るA代表戦の観客は4万人超。

 日本代表は結果を出してくれました。

 ただ、この日海外組がまだ帰国しておらず、香川、長友らのプレーが見たかった、というのが本音です。

 また機会を見つけて、真剣勝負を観に行ってみたいと思います。

 話は変わりますが、一昨日こんなメールが届きました。

 ごぶさたしてます。
 
  20年?ほどは年賀状のやりとりだけで、覚えてくれているかどうか不安ですが、メールさし上げます。自動車免許の合宿で一緒やった○○です。

 大学1年生の時、同級生と九州の都城へ、合宿で車の免許を取りに行きました。そこには、関西学院大、神戸大、電気通信技術大、近大等、関西の学生が集まっていました。

 その時一緒だった古い友人からのメールだったのですが、こう続いていました。

 妻が平野へ行く用があり「そういえば、古い友人がいる」という話になり、アトリエmのwebサイトを見つけた。日記を読んで見ると、年賀状の宛名を間違っているという記事があった。

 自分の事が書いてあり、改めて恥ずかしかったが、興味をもって読んでみると、家庭の事、仕事の事など共感できる事も多く、頑張っているんだなと感じ、嬉しくも思った。

 最後はこう結ばれていました。

 懐かしさのあまりに、おそらく仕事で使っているであろうアドレスにメールしてもうてスマン。またブログを読ませてもらいます。
 それでは……
 
 
 勿論嬉しいだけで、すぐに返事を返したのです。
 
 先日、初期相談にみえた方は「日記、全部目を通させて貰いました」と。「拾い読みですが、12時間掛かりましたよ」と笑っていました。

 お子さんが小さいので、重なるところもあり、長男が初めてスキーが出来るようになった記事では、思わず涙してしまったとも。

 2004年の3月末にこの日記を始めました。現在のようにほぼゲツモク更新にしたのが2004年の末あたり。2006年の初めからは、全ての月と木にUPしてきました。

 もし私が、初回から読み直したら、恥ずかしさのあまりすぐ削除したくなると思います。しかし、それも含めて、その時考えている事を真っ直ぐに、正直に書きたいと思います。

 継続は力なり

 昔、大手通信教育のテキスト裏に書いてありました。日本人なら誰でも知っている言葉ですが、私もそれを信じています。

 長男もこの4月から、その通信教育を始める事にしたそうです。私も頑張ったから頑張れ、と言いたいのですが、私は高校の途中で辞めています。1年ともたず。

 何もかも上手くは行かないのが人生。但し、無駄な事は一つもありません。もし挫折したら、いつかそれを糧にすれば良いだけです。

 続けないといけないと思うから続かない。続けたいと思えるかどうかが大事。

 そう分かったのは仕事を始めてからでした。

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