愛おしの東京

 昨日は「四丁目の家」の現場監理へ行っていました。

 現場も終盤になり、監理に来るのも残すところあと僅か。

 朝一番の新幹線にのるには、4時半起きです。

 それを差し引いても、東京で仕事が出来るのは本当に嬉しいことです。

 10時頃に現場につくと、は内装の下地がほぼ終わり、部屋らしくなってきました。

 詳しくは現場日記にまたUPします。
 

 午前中は、先に現場監督と打合せ。
 
 会う機会が少ないので、時間はあっと言う間です。

 昼休みにして、私は子供部屋の収納上で15分昼寝をしました。
 
 ちょっと寝ると、頭がスッキリするので積極的に昼寝をします。

 しかし、ここで寝たのは私が始めてか、大工の誰かはすでに経験済みか……

 現場はとても綺麗に掃除されていました。

 この現場の大工は33歳くらいの人なのですが、とても仕事は丁寧です。
 
 残念ながらタイミングが合わず、まだ会った事はありません。

 設計事務所から転職してきた36歳の監督と、若い棟梁。このコンビで、とても良い関係が保たれているように感じます。

 工程が遅れ気味なのだけは、ちょっと不満が残りますが。

 何はともあれ、仕事の基本は整理・整頓です。

 美ししく保っていると、見えにくい問題点も単純に見えやすいのです。

 クライアントとの打合せが、昼から夕方の5時頃まで。

 帰りの新幹線まで少し時間があるので、まずは地下鉄渋谷駅へ向かいました。

 しかし、安藤忠雄の設計の渋谷駅は、正直期待以下でした。

 楕円の吹抜けが重なっていく空間も、工事用具が並んでおり、写真としてもあまりで。ちょっと残念でした。

 もう一度地下鉄にのり、表参道へ移動。

 何の気なしに、脇の道へそれて行くと、これも安藤忠雄設計のグンゼ直営店がありました。

 暗くて分かり難のですが、長い水平窓には男性用下着が並んでいます。

 かなり長さの窓で、6m位はあったでしょうか。この建物は確か鉄骨造だっと思います。

 こちらはチャレンジが見て取れる建物でした。

 この計画で、初めて東京に来たのが2008年の3月。

 こちらに来るたび、合間を縫って、色々な建物を見て回りました。

 昨晩もポツポツと降っていたのですが、この時はかなりの雨でした。

 傘を差しながら、見て回ったのですが、その時の写真でも、最も美しかったのは、ディオールだったのです。

 設計はSANAA。昨年プリッカー賞を受賞した妹島和代と西沢立衛のユニットです。

 建物全体が宝石箱のように光り、本当に美しいのです。光りの量、質が繊細に計画されているのです。
 
 帰りの新幹線では、ぼろ雑巾のように寝ています。

 この機会を無くしたくなければ、関東で仕事をすること。ああ、愛おしの東京という感じです。

 しかし今週木曜日から、東京よりせわしない街へ建築と街を見に行ってきます。これらはまた次回に。

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【News】
『住まいの設計』9月21日発売に「イタウバハウス」掲載
■10月11日『ConCom』に「私の名建築-第3回-」が掲載されました
■8月24日香港建築科学出版社の『Star Week』に掲載
『関西56人の建築家と家をつくる』7月10日発売に「加美の家」掲載
□7月8日「Ohana」『第5回キッズデザイン賞』受賞
【Events】
■11月1日~11月30日までハービスPLAZA(大阪)4階にて
「伊東内科クリニック」のパネル、模型を展示しています
■9月23日(祝・金)『JIA×JUNKUDO 建築相談会』
ジュンク堂(神戸店)に相談員として参加しました
メディア掲載情報
一級建築士事務所 アトリエ m
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

一人前とは

 人の入れ替わりは世の常で、変化のない組織は衰退します。

 よって、実はということも無いのですが、9月に若い男性スタッフが退職しました。辞めるという結論を出したなら、何故とは聞かない事にしているので、本当の理由は分かりません。

 これは自分の経験から決めた事です。

 24歳の時、初めの事務所をクビになった後、ひらってくれた先輩がいました。その設計事務所で働いて1年ほど経った頃、ちょっとしたことで「辞めます」と言ったのです。

 止めてくれるだろうという気持ちが、いくらはあったと思います。しかし結果は「あっそう」という感じでした。

 辞めたいと言っておきながら、止めて貰うもないのですが、大方の若者は私と同じように、自分の発言に責任を持ったことがないと言えば言い過ぎでしょうか。

 いつも誰かが「考え直したら」とか「長い目で見たら為にならないから」とか正しい選択へ導いてくれたと思うのです。

 25歳の時に「辞めずにもう少し頑張ってくれよ」と言われていたら、私はまた違った生き方をしていたと思います。現実は1つしかないので、どちらが良かったを考えるのは全くのナンセンスですが。

 大学生の頃、下宿をしていた同級生が「一人前になるまで帰ってくるなと、父さんに言われている」とよく言っていました。

 しかし、やや違和感を覚えていました。一人前ってなんだろうと。

 「一人前とは逃げないこと」 
 
 出所を忘れていまったのですが、これより分かり易い言葉はありません。意地悪な言い方ですが、一人前は郷里には帰らないのです。

 新聞で、社会派小説家、城山三郎の言葉が紹介されていました。

 「1人のホンモノに触れれば、100人のニセモノを忘れさせてくれる。それが人間社会の有難さである」

 人間関係の問題が、一方にしかないことはあり得ません。勿論私も至らなかったのは間違いないのです。
 
 何度か紹介したのですが、社員の7割に知的障害を持つ人たちを雇用し、チョークを製造している会社、日本理化学工業の大山泰弘会長の言葉を書いてみます。彼は人としての、4つの究極の幸せを定義しています。

 「愛されること、褒められること、人の役に立つこと、人に必要とされること」

 いずれも他者が介在しています。この意味が分かれば、大切なのは自分の都合や考え方でなく、どれだけ誰かの役に立てるかこそが、自身の存在意義だと納得できると思うのです。

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レディー・ジョーカー

 最近、低学年の子供が寝る時間は早まる傾向にあるそうです。

 共働きの家庭が増え、朝が早くなったのがその理由と新聞にありました。

 とても良い事ですが、我が家の長男は寝る時間が遅くなって来ました。起きている時間に帰ると、大概本を読んでいるのです。

 現在気に入っているのが「ヘンリーくんとゆかいな仲間たち」というシリーズ。

 横からのぞくと結構文字も小さいのです。

 朝起きてくると同時に読み始めるくらい、好きなようです。

 子供が本を読んでいる横で、テレビを付ける訳にはいかないので、私も食事を終わら一緒に本を読みます。

 おかげで、長らくカバンに入っていた「レディー・ジョーカー 高村薫著」をやっと読み終わりました。文庫本では上、中、下の3巻あります。

 ストーリーは、大手のビール会社、日の出ビールの社長が誘拐されます。

 数日拉致された後、開放。その間に、最小限の言葉で20億円の裏取引に応じるように言われます。

 レディー・ジョーカーを名乗る犯人グループからは「人質は350万キロリットルのビールだ」と脅され、ほぼ言いなりになる日の出ビールの社長。

 犯人グループは、薬局の老店主、競馬仲間の刑事、旋盤工、貸金達。

 事件を追う、警察、新聞社などが過去の事件、人間模様と絡み合いながら、物語は繊細に進行して行きます。

 特に、日の出の社長の日常、心理の動きが細やかに描かれているのですが、何の違和感もなく、実在する人物に見えてきます。

 とても面白かったのですが、読み終わった後、モチーフはグリコ・森永事件と知りました。

 80年代の半ば「かいじん21面相」「キツネ目の男」などで世間を騒がせたあの事件ですが、思い返せば同じような展開ばかり。一番違うのは犯人グループを誰だか知っているということだけ、と言えば言い過ぎでしょうか。

  小説では、警察には知らせないまま、犯行を収束させる為に日の出ビールは、要求通り20億円を犯人へ支払います。

 グリコ・森永事件は未解決のまま。高村薫が描いた犯人像が合っているのかは分かりませんが、こんな闇のストーリーがあったのかも、と思わせるには十分な展開でした。

 この本は知人に勧められ、作家、高村薫が男性か、女性かも知らずに読み始めました。この情報が多い時代、作家のことを全く知らずに作品を好きになるのは貴重なのかなとも思います。

 有名になれば、すぐにコメンテイターとして声が掛かるのでしょうが、発言している姿を見てがっかりしたことも多々あります。

 作家には、やや神秘性があったほうが良いと思っているのです。もしくは、そういう作家に私が憧れているだけかもしれませんが。

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クラプトン

 先週末、録画していたエリック・クラプトンの番組を観ました。

 現在66歳。世界を代表するギタリスト、アーティストと言って良いでしょう。日本で公演があるようです。
 
 1945年生れのクラプトンは、祖父母に育てられます。もの静かで、シャイな少年は、8歳まで祖父母を生みの親だと思っていたそうです。

 13歳の時、祖父母はそんな彼にギターをプレゼントします。また、友人に勧められて聴いたブルースにすっかり魅せられ、それをお手本に腕を磨いていきます。

 20歳の頃、すでにギターの腕に絶対の自信を持っており、ビートルズのジョージ・ハリスンとも親交がありました。それをきっかけに、ビートルズのアルバムにギタリスととして参加。ギターソロも彼が担当するのです。

 ヤードバーズ、クリーム、デレク・アンド・ザ・ドミノスと歴史に名を残すバンドと関わってきましたが、いずれも短い周期で、入脱退、解散を繰り返します。

 麻薬中毒、アルコール依存症、そして親友ジョージ・ハリスンの妻、パティ・ボイドに恋いし、後に結婚という、波乱の人生を歩みます。大ヒットした「愛しのレイラ」はパティ・ボイドへの気持ちを歌った曲でした。

 その後パティ・ボイドと離婚。イタリア人女性と再婚。男の子が生まれます。その子が4歳の時、マンションから転落死するという悲劇に見舞われるのです。

 その時に書いた曲が「ティアーズ・イン・ヘブン」。1992年の作品です。

 この曲はアルバム「アンプラグド」にも収録され、アルバムと合わせて、グラミー賞6部門を獲得します。

 学生時代、車のCDチェンジャーに、絶えず入れていたアルバムでした。大学3、4年のことです。

 その頃、ここに書いたクラプトンの人生を、熱心に、繰り返し話してくれた後輩がいました。後に彼は家業に入り、門戸厄神駅前の「Spoon Cafe」チーフとなります。

 そして、1996年のリニューアルオープンの際、設計を私に任せてくれたのです。

 今考えれば、本当に申し訳ないのですが、その時は半分くらいしか話を聞いていませんでした。と言うより、彼の思い入れを受け止める許容量を、私が持っていなかったような気がします。

 全てをiPodに移行している最中ですが、久し振りに「アンプラグド」のCDを出してきて、ライナーノーツを読みました。

 アンプラグドは、コードを抜いたという意味で、電気楽器をなるべく使わない演奏です。MTVの人気プログラムですが、単純で、プリミティブである程、その人自体が伝わって来るのは、一流ミュージシャンも同じです。

 先日なくなった、スティーブ・ジョブズとエリック・クラプトンは、目が似ていると感じます。

 訳あって、生みの親と別れた2人。辛いことも、傷ついた事もあったでしょうが、それらを自分の人生の、仕事の糧にしています。その憂いを秘めた目が、私は嫌いではありません。

 今幸せならそれも幸せ。そうでなければ自分で掴みとるしかないはずです。

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芸術→スポーツの秋

 医師はテニス、建設関係はゴルフ。皆ではありませんが、傾向があるのは事実です。

 もともと体を動かすのは大好きですが、この季節、朝から快晴だったりすると、じっとして居られない気分になるもの。

 子供も一緒にとなると……久しぶりに生駒山麓公園のフィールド・アスレチックへ行きました。

 季節がら、かなり賑わっていました。

 山頂部につき、平地より3度程気温が低く、19度でした。

 もうすでに色づいている木々も。

 長男はサル系で、この種の遊びは得意にしています。

 下の娘も、モノによってはチャレンジするようになってきました。

 長男は、ほとんどのアトラクションをクリア。

 成長した分、失敗のしかたも派手になり、何度か地面に叩きつけれらていました。

 しかし立ち上がりの早いのが、彼の一番良いところ。

 長男が3歳のころから行き始めたアスレチックですが、娘がその年齢になりました。

 男女の違いはありますが、クリアした時はやはり満足げです。

 わが子ながら、随分大きくなったなと感じます。

 夕方まで遊んだあと、実家に寄ると甥っ子たちが来ており、更に夕食まで盛り上がっていました。

 休日に大切なのは特別感、というのが私の主張です。夕食の後、DVDを借りてきて皆で観たのです。

 先週書いたジョブズをしのんでピクサー作品にしました。名作「カーズ」のスピンオフもので「メーターの世界つくり話」。並んで観ている姿を見ると、微笑ましくあります。

 これらの全てが、絶頂時でのアップル追放から始まったと考えると、彼の才能を埋もれさせなかったことは、全世界にとって幸せなことだったと言えるのです。

 先週の月曜日は芸術、今週はスポーツ、来週は本か食べ物かな、などと思っています。
   
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ジョブズ

 先週の10月5日(水)。スティーブ・ジョブズ死去のニュースが流れました。

 私はヘビーなMacユーザーではありませんが、反対にMacファンがウィンドウズを使うのとは全く違う動機を持っているのが良くわかります。

 社名のの由良も諸説あるようです。

1. 創立の時、かじりかけのリンゴがそこにあったから。
2. 尊敬するビートルズが設立した会社がアップルだったから。
3. 人類に大きな変革をもたらしたリンゴがいくつかある。1つ目はアダムとイブが口にした知恵の実。2つ目は万有引力を発見したニュートンが見たリンゴ。3つ目のリンゴでありたいと考えた。

 3番目の話をどこで聞いたか忘れましたが、ストーリーがあって私は一番好きです。世間並みですが、ジョブズの言葉には力を貰い続けています。
 2008年8月21日(木)、この日記でも有名なスピーチを引用させて貰いました。

 スピーチの結びの部分を掲載したのですが、本来はもっと長いものです。ちょっとおこがましいのですが、段落毎に箇条書きにしてみます。

スティーブ・ジョブス、スタンフォード大学で卒業祝賀スピーチ
2005年6月12日

【1】  生い立ち
・私はリード大学を半年で中退したので、このスピーチが大学卒業に最も近い経験になる。 
・生みの母は、より良い教育環境を望んでおり、生まれてすぐに養子となった。
・実際のところ、育ての父親は高校を出ていなかったが、必ず大学に行かせるとの約束で、養子縁組は成立した。

【2】 大学中退 
・大学へ行き、半年で興味を失う。何がやりたいか全く分からなかった。
・大学を辞めてからは自分の直感の赴くままに生きた。これが後になって大変活きた。

【3】 点をつなぐ 
・大学は辞めたので、好きな授業だけにでた。哲学やカリグラフィー(西洋書道)の勉強をした。
・カリグラフィーは当時何の役にも立たなかったが、美しい書体を兼ね揃えた、10年後のマッキントッシュ・コンピューターへとつながる。
・ウィンドウズは単なるマックのパクリなので、この時カリグラフィーの勉強に寄り道していなかったら、美しいフォントを搭載したパソコンはこの世になかったことになる。
・未来を予測して、点と点をつなぐことは出来ない。その時点では、信じるしかない。信じることで全てのことは、間違いなく変わる。

【4】 アップルから追い出される
・人生の早い段階でやりたい事を見つけることができたのは幸運だった。
・実家のガレージでウォズとアップルを始める。10年後、社員は4千人になり、20億円企業になる。
・片腕として雇った優秀な人材とビジョンが合わず、また取締役会は彼を支持。30歳を前にして会社を追放される。
・大変落胆したが、やはりこれらの仕事が好きだと分かりピクサーを設立。世界で最も成功したアニメーションスタジオとなった。
・再びアップルに復帰することになるが、追放の経験がなければこれらの事は何1つ起こらなかった。今は最良の出来事だったと理解できる。
・成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わり、人生の絶頂期に新たな1歩を踏み出すことができた。

【5】 死について 
・17歳の時「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」という言葉を聞いた。強烈な印象を与えるものだった。
・それから33年間、毎朝鏡を見てこう問い掛ける。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定を私は本当にやりたいだろうか?」答えが“NO”の日が続くと、何かを変える必要があるなと悟る。
・死と隣り合わせにあることを忘れずに思うことが必要。何故なら、外部からの期待、己のプライド、屈辱や挫折に対する恐怖、こういったものは、死んだ瞬間きれいサッパリ消えていくものだと分かっていれば、自分が何か失ってしまうのでは、という思考の落とし穴は回避できる。これは私の知る限り最善の防御策。
・君たちはもう素っ裸。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
              
【6】 ガンと診断される 
・今から1年ほど前(当時50歳)、治療不可能な癌と診断された。生きて3ヶ月から6ヶ月という見解だった。しかし手術で治せると分かり、現在も生きている。
・以前、死は概念だった。今は確信を持って、死にたい人などいないと言える。
・死は生が生んだ唯一無比の最高の発明品。古きものを一掃し、、新しきものに道筋を作っていく働きのあるもの。
・君たちの時間は限られている。他の誰かの人生を生きて無駄にする暇などない。自分の内なる声、心、直感は、君が本当になりたいことが何か、もうとっくに知っている。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

【7】 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH
・若い頃、”The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)”という出版物があり、同世代の間ではバイブルの一つになっていた。グーグルのペーパーバック版とも言うべきもの。
・その最終号にはこんな言葉が書かれていた。「Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。
・私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止まない。Stay hungry, stay foolish.
 Steven Paul Jobs

 CEO退任がニュースになったのが今年の8月25日でした。僅か1ヶ月程前です。56年の生涯全てを、革新、仕事に捧げたのです。

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芸術の秋、京都編

 日曜日は、娘の運動会でした。かけっこは先週の長男と全く同じ展開。

 最後の最後まで一番だったのが、ゴール前でスピードを緩めて2位。やっぱり兄妹でした。その日は、高槻にある妻の実家へ。

 翌朝、近くの川沿いを散歩していると、コスモスが咲いていました。

 秋。やっぱり京都かなと、朝一番で京都市立美術館へ。

 フェルメール展とゴッホと目玉にした印象派展が同時に開催中です。

 人気は圧倒的にフェルメールのようです。

 10時半ごろでしたが、すでに長蛇の列で50分待ち。

 あわよくば両方と思っていたのですが、すぐに印象派展のチケットを購入。

 広告でもよく見かけた、ゴッホの自画像。

 日本初上陸だそうですが、勿論私もこれが目当てです。

 待ち時間無しで入場できましたが、すでにエントランスもごった返ています。

 全部観るのはとても無理と判断して、ゴッホ、ロートレック、モネを各3点ずつくらいに絞りました。

 ゴッホの自画像は1889年で、命を絶つ1年前に描かれています。

 大病から復帰してすぐらしく、頬はこけ、髪は薄く、しかし目はギョロリと生々しく。40cm×60cmくらいの作品ですが、異様な迫力を放っていました。

 黄色もしくはオレンジを、なでつけるように描かれた髪の毛は、繊細ではありませんが、圧倒的な生命感を感じさせるのは何故でしょうか。

 彼は黄色を最も大切に扱う画家だと私は思っているのです。

 嫌がっていた子供達は、その後動物園にという約束で、納得させました。

 約束通り、東に隣接する動物園へ向かうも、人、人、人。

 一通り回ったあと、食堂に行ったのですが混雑はそれほどでもありませんでした。

 カレーが680円で、抜群に美味しいという訳ではありませんが、なかなか雰囲気があるのです。空間は高級料亭。オペレーションは街の食堂という感じ。

 昼食のあと、1時頃には大阪へ向かったのです。

 まだ紅葉には早いので、そこまでは……とも思っていました。

 しかし名の知れたお店は、昼を過ぎても凄い行列。

 さすが世界に誇る観光都市、という感じです。

 帰り道も、あっちを回り、こっちを回り。結局、御池通りが一番ましでした。

 それでもノロノロ運転で、漬物の名店「西利」本店を撮っておきました。

 設計は若林広幸。当然ながら賛否両論です。

 混むのが嫌なら行かなければ良いのですが、そんな所へ出掛けたくなるのも人の心情。

 やはり秋の京都はいいものです。

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五七五

 「最近、字を書かなくなった」という会話をあちこちで聞きます。 

 スケジュール管理はスマートフォンという人も多く、ペーパーレス化が加速していると実感するのです。そんな事もあり、長男は書道教室に通っています。その教室で俳句大会があるらしいのです。

 さっそく五七五のルールを習ったようで、指を折りながら、言っています。

 草の中 バッタのレース おもしろい
 公園で ウンテイをして マメできた

 ただ文数を合わせるだけですが、それでも色々と考えているようです。先日買い与えた本には、小林一茶が載っていました。

 やれ打な 蝿が手をすり 足をする
 痩せがえる 負けるな一茶 是にあり
 めでたさも 中位なり おらが春

 一茶は、小さい物、弱い者の見方をする人でした、と解説にありました。

 歴史に名を残す俳人ですから当たり前ですが、たった17文字でここまで違うのです。

 コミカルだったりアイロニカル(皮肉)だったりする句は、一茶のお得意とも言えます。

 早くに母親と死に別れたり、その生い立ちとも関係しているようですが、アイロニカルな表現は、嫌味を感じるか、ふと笑ってしまうか紙一重。この辺りが一流との境目でしょうか。
 
 日本の文化には、金閣寺、日光東照宮、金の茶室など、豪華な貴族文化もありますが、利休の待庵などに代表される「わびさび」の文化もあります。これは、それらへの反発心からくる対比文化とも言えます。

 17文字の小宇宙。

 そんな言葉が頭に浮かびますが、俳句こそがミニマリズム(最小限主義)の行きついたところと言えるかもしれません。

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足の速さは遺伝するか

 昨日は運動会の小学校が多かったようです。

 長男の学校もその一つで、暑すぎずで最適の気候でした。

 小学1年なので初めての参加ですが、6年生にもなるとなかなか立派な体格です。

 私の母校でもあり「運動会の唄」も一緒に口ずさめます。

 妻に「オリジナルの唄があるの」と聞かれました。

 考えた事もありませんでしたが、意外と珍しいことかもしれません。

 開門は朝の7時から。5時半にジヨギングで通りかかるとすでに待っている人も。

 父兄の熱気もただならぬものがあります。

 しかし見ていて、それは理解できます。

 真剣勝負を見て、熱くならない親などいないのです。

 長男もいくつか出場しましたが、何はともあれ徒競走を楽しみにしていました。

 保育園の頃から1着をとった事はないのですが、練習では「いっつも一番やで」と言うのです。まだ6歳なので、話半分で聞いていましたが、楽しみにはしていました。

 ちなみに父は6学年中、4回くらい一着。母、弟、妻とも6回とも一着だと言います。弟はリレーもアンカーでごぼう抜き。運動会ではヒーローというタイプでした。

 しかし私は一番になったことがないのです。親は「一着だった事もある」と言うのですが、全く記憶になく、大体2番か3番だったと思います。さて、長男はどうなのか。

 いよいよスタートの順になりました。パーンという炸裂音と共に、スタートダッシュはOK。これは初めての一番か?中盤までは僅かにリードしています。

 しかしゴール直前で若干スピードが鈍り、すんでのところでかわされたように見えました。終わってから聞くと「僕の方が早かったで」というのですが……微妙なところでした。

 筋力というのは基本的には筋肉の断面積決まります。更に筋肉は、速筋と遅筋の2種類に分かれています。瞬発力は白い速筋、持久力は赤い遅筋が受け持ちます。魚の刺身で見るとが分かり易く、白い速筋がタイ、赤い遅筋がマグロ。それぞれの特性も示しています。

 私はマラソンなら学年で4番くらいだったので、遅筋の比率が高いのだと思います。長男はどちらの筋肉を多く受け継いでいるのか。結論を出すのはもう少し先で良いのですが。

 私も相当に熱が入っていたので、徒競走の写真はなく玉入れだけ。

 来週は保育園の運動会。

 娘は年中組で、同じく練習では自分も一番だったと言っています。

 とても楽しみにしています。

 その晩は約束通り、ご褒美の外食。

 長男のリクエストはいつもギョーザ。

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【News】
『住まいの設計』9月21日発売に「イタウバハウス」掲載
■8月24日香港建築科学出版社の『Star Week』に掲載
『関西56人の建築家と家をつくる』7月10日発売に
「加美の家」掲載
□7月8日「Ohana」『第5回キッズデザイン賞』受賞
【Events】
■10月1日~10月31日までハービスPLAZA(大阪)4階にて
「池を望む家」のパネル、模型を展示しています
■9月23日(祝・金)『JIA×JUNKUDO 建築相談会』
ジュンク堂(神戸店)に相談員として参加しました
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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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