ブドウ

 朝夕は、随分過ごしやすくなりました。今日で8月も終わり。いつだって、季節は瞬く間に過ぎていきます。

 昨日の7:30pm頃、投票に行ってきました。滑り込みでなんとか、義務を果たせました。

 結果は結果として受け止め、全ての政治家は、国民の下僕として、働いて貰いたいと思います。仕事はいつだって、奉公滅私の精神でするものですから。

 夕方には、週末面倒を見て貰った、妻の実家へ子供たちを迎えに行きました。

 ちょうどブドウが盛期でした。

 子供達も、収穫の手伝いをしたそうです。

 実をもぐ感じなどは、体感しないと分からないもの。良い経験になるはずです。

 私達は、生を受け取りながら生きているのですから。

 ナスも、立派な実を付けていました。

 この夏は梅雨が長かったのですが、気温も低かったそうです。

 あまり実感はありませんが、過ぎてしまえば物足りない気もします。

 行く夏。

 しかしまだ夏。まだ1、2回は海に行きたいと思っています。

湿度

 今週月曜日は、湿度の低さがニュースになりました。大陸から乾いた空気が流れ込んでいたのです。

 大阪で最も湿度が下がった時には27%になりました。ちなみに翌日の8/25(火)は湿度は37%。両日とも気温は30℃くらいでしたが、火曜日のほうがやはり暑く感じました。

 事務所内にも湿度計が置いてあり、毎日記録しています。8/24(月)は、室内でも30℃を超えましたが、穏やかに風が吹いていた事もあり、経験が無いくらいに快適なのです。湿度を見ると23%を指していました。

 この数字は見た事が無かったので、念の為、屋外の日陰も測ってみると、気温29℃で湿度は15%。湿度計が壊れたかなと思っていました。

 翌日の新聞を見て、辺りに水気は無いしと、納得したのです。

 湿度が低いと、汗はすぐに気化して、体から熱を奪います。加えて風があれば、湿度の上がった空気は体からすぐ離れ、効率よく気化は進みます。

 温暖化の現状を考えると、外気をいかに屋内に導き、通過させるかは建築設計の最重要課題と言えます。とは言え、プラバシーを確保し、防犯対策をした上でとなると、簡単な事ではありません。

 しかし、この月曜日の体験で、一定の条件を満たせば、エアコンが無くても除湿機で何とか成るのでは、と思ったのです。これは真剣に取り組む必要ありです。

海は早めに切り上げて

 毎年ですが、お盆を過ぎてから、まだ泳ぎに行っていないと慌てるのです。

 今年も、いつもの所へ行って来ました。

 敦賀半島の先にある小さな漁村です。
 お盆を過ぎると、人はまばらになるのですが、今年は結構な人出でした。

 今回は家族だけ。長男の泳ぐ練習に来たのです。

 毎晩、風呂場で練習しているようで、「浮けるようになった」と妻から報告があったのです。

 今回は泳ぐ練習がメイン。釣りは無しです。

 僅かながら、バタ足で少し進むようになりました。

 昼はうどんを作って食べて、2時ころ現地発。

 バタバタしていたので、前日の夜まで行くか迷っていました。

 帰りに海岸沿いを走る時、「やっぱり来て良かった」と思うのです。

 早めに出発して理由の1つはお土産。

 北陸道、敦賀インターのすぐ側にある、蒲鉾の「小牧」。工場見学もできます。

 鮭と鯛がのっているものが450円ずつ。かなりお勧めです。

 いくつか買いました。

 もう一つは、日曜日の早朝、弟夫婦に3人目として長女が生まれました。

 妻と同じ8月23日生まれ。ケーキを買いに行きたかったのです。
 
 病院へBABYを見に行き、大仕事を終えた義妹にはご褒美のプリンです。

 現在、義妹の居ない弟一家は実家に大移動中。

 私達も寄って、9人でお祝いしました。まだ2人が病院に居るので、これからは11人になります。

 誕生と誕生日と海。せわしなく、幸せな日曜日は過ぎて行くのです。

伊良部

 仕事を始めた時、晩酌にはビールを飲みながら、プロ野球中継を……という夢がありました。

 しかし現実はバタバタとした毎日で、適わぬまま10数年が。その間に、野茂やイチロー達のアメリカでの活躍もあり、プロ野球への興味が薄れて行ったのです。

 一昨日、小さな記事を見て、久し振りにワクワクしました。伊良部、横浜で日本球界(NPB)復帰か?とあったのです。

 伊良部秀輝は恵まれた体格を生かした本格派速球投手でした。現在も国内日本人最速は、彼の投げた158km/hです。

 ロッテのエースとして活躍。その後アメリカへ渡り名門ニューヨークヤンキースへ。メジャー数球団を経て、再び日本に戻り阪神タイガースへ。そして引退していたのです。

 引退後、5年経った今年の春、膝の故障が癒えた事もあり、アメリカ独立リーグで現役として復帰。そしてこの夏、四国・九州アイランドリーグの球団に入団していました。

 スポーツの楽しみ方には、地元チームを応援する、圧倒的なパフォーマンスが見たい等、色々あると思いますが、ストーリーを見るというのもあると思うのです。

 選手の生い立ちや、人となり、ここに至るまでの経緯や確執など、全て含めて、その人自身に興味があると言えば良いでしょうか。

 日本で最も速いボールを投げた伊良部は、無骨で無愛想です。メディアがそうしたとも言えますが、扱いはいわゆるヒール。その彼が、月給15万円の独立リーグを経験し、日本球界に復帰となると、色々な事が想像出来ます。

 野球がやれるだけで幸せ?球速は?球種は?あの態度は?オールドルーキーは通用するのか?

 興味津々です。

 一度辞めた選手の復帰するなど、まるで漫画の世界。少し前の日本球界なら考えられない事です。伊良部秀輝40歳。まだ調査段階のようですが、39歳の私は全面的に応援しています。

富士山

 この夏期休暇の間、山梨県へ行っていました。

 出発した8/14(金)は、地震の影響で東名高速の袋井~焼津間が不通。渋滞予想もあったので、3:45amに大阪をでました。

 不通の区間は下道で移動です。ドライブがてら、県道を遠回りしてみました。

 静岡だけあって辺りは一面の茶畑。

 焼津から高速に乗りなおし、富士ICを降りたのが10:00am頃。

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 この日は生憎の曇り空。景色はあきらめて、牧場に寄りました。

 乳搾り体験は終わっていたので、子供には練習機で。

 富士五湖をぐるりと回って5:00pm頃、ホテルに到着しました。

 8/15(土)は朝から晴れ。しかし富士山だけはスッポリと雲の中。

 今年に入って、4日見に来ましたが、まだ一度も山頂を見ていません。何とか見れないかと、5合目まで上がってみました。

 ♪頭を雲の上に出し~♪

 とはならず、これも駄目。登山する人達の多さに圧倒されて、早々に退散です。

 最終日に期待して、夕食は山中湖畔のレストランへ。

 甲州牛の陶板焼きは5000円。この焼き方が名物のようです。

 ちょっと奮発しましたが、かなり満足の味でした。

 食後、夕涼みに浜辺へ。

 いつの間にか雲がとれていました。

 暫くの間、感激です。

 8/16(日)は打って変わって朝から快晴。

 近くにある、森の中の水族館へ。

 ここは淡水魚専門の水族館でこじんまりとして中々に良いのです。
 

 水盤のある公共施設は数有れど、水とここまで密接な建物は中々無いと思います。

 木陰から、水中をのぞいている感じなのです。

 山中湖花の都公園は、ヒマワリが一面に咲き、素晴らしい景色でした。
 
 今回は富士山を見る旅。

 やはり、日本一以外に例えようの無い、流石の美しさでした。

今日から休み

 今日から事務所は4日間の休暇です。進行中の現場も、この間はひとまずストップ。


 早朝から、父、弟と海に行っていました。4歳の長男と甥っ子も一緒です。

 天気は予想以上に良かったのですが。

 風と波がややあり、長男は完全にグロッキー。

 そんな中、甥っ子は不死身の元気ぶりでした。

 船酔いは体質によって、強い弱いが結構はっきりでます。


 あまり遠出できなかったので、岸和田あたりで、小アジを40匹ほど釣って今回は早めの納竿にしました。

 その頃には長男も完全に回復しました。


 二色浜は海水浴客もまばらでした。

 ラジオから何十キロという渋滞情報が。

 私達家族は、明日から2泊で静岡のほうに向かいます。

 地震の中、旅行もどうかという気もしますが、キャンセルも迷惑だろうと思います。

 現在、東名高速の上りは未だ不通。トラブル大好きですが、目的地にたどり着くのはいつになるのか……。

お盆は混むもの

 長かった梅雨が明け、高校野球が始まり、気が付けば今週末はお盆です。

 先日クライアントと、里帰りの話をしていました。奥さんの実家は愛媛県の西側の海、豊後水道に面した島でした。海は美しく、天気の良い日は大分県まで見えるそうです。しかし帰省は一日掛りという話になりました。

 本州から四国に渡り、四国を東から西へ横断し、最後は船で島へ。お子さんも小さいので、大変だろうなと思いましたが、何というか、聞いているだけでワクワクしてきたのです。

 私が小さい頃は父と母の郷里へ帰省していました。大阪から岡山県倉敷へ。フェリーで四国に渡り、香川県まんのう町へ。帰りは高松からフェリーで神戸へ戻ります。

 今ほど夏期休暇の分散化が進んでいない、高度経済成長期も終盤の1970年代。フェリーはいつも一杯でした。

 父の家業はガラス屋で、トラックで帰ることもありました。トラックは予約がとれず、昼過ぎから港で順番待ちなのです。人が並ぶように、港の広い駐車場に列になって待っていました。暑い夏の日、アスファルトの上で随分な時間を潰すのは、中々大変でした。

 我が家の2tonトラックには、3畳の和室が積めるようになっていました。冗談みたいな話なのですが、父お手製の簡易キャンピングBOXをクレーンで載せるのです。

 書いてしまって良いのか、フェリーに乗る際は、私たち兄弟はこの3畳の部屋に入れられ、静かにしておくよう言われていたのです。早い話が無賃乗船……。

 決して許されるべきことではありません。しかし私の記憶に残っているのは、長い待ち時間、客室が一杯で、デッキに毛布を敷いて星を見ながら寝たこと、そしてこの3畳間。

 今年のお盆はETC割引で、大渋滞が予想されています。それによる経済損失と、CO2の排出量が試算されていました。後者は大問題ですが、効率よく、スムースに移動するのだけが決して良いとは思いません。
 
 面倒で非効率でも、何かしらの記憶に残る旅が、絶対に良いと思うのです。今年の大渋滞も、ちょっと楽しみな気がする私は、変わり者かもしれませんが。

退院

 月曜日に、下の娘が退院しました。

 先週の火曜日。私の誕生日の日です。

 一旦下がっていた熱が39℃を超え、呼吸が苦しそうなので病院に行くと、妻から連絡がありました。

 先生から肺炎の疑いありとの事で、救急病院へ行きレントゲンを撮りました。そのまま入院となったのです。

 娘は、良く食べて元気なので、少しのセキくらいと、甘くみていたかもしれません。連れ出し過ぎたとも、反省しています。

 今週初めのレントゲンで、影がましになり退院したのです。

 病院へは行かないに越したことはありません。しかし今回も、家で安静にしていたらよくなったとは考え難いと思います。

 救急外来に行った時、診察室から大きな声が聞こえてきました。

 子供を思うあまり、ついというのは分かります。しかし、医師に対して、もう少しリスペクトがあっても良いと思います。感謝の気持ちがあってしかるべきだと思うのです。

 モンスターペアレント。モンスターペイシェント。

 共通して思うのは、社会がそんな存在を、許容とは言わないまでも、認める事が一番の問題だと思います。理不尽な要求をする事は、人として恥ずかしい、という共通認識が大切だと思うのです。

 もともと、赤の他人に子育てをサポートして貰ったり、見ず知らずの専門家に健康を助けて貰うのですから、教師や医師は、もう聖人に近い存在のはずです。

 モンスターも何もあったものではないはずなのです。

夏の句

 今日は夏らしい青空です。最近早起き出来ておらず、セミの声に起こされています。

 朝の子供番組で、日本の名文というコーナーがあります。ダメとは知りながら、この番組をエサに子供に歯磨きをさせているのですが、私も楽しみにしているのです。

 夏草や 兵どもが 夢の跡   松尾芭蕉
 閑さや 岩にしみ入 蝉の声   松尾芭蕉  
 
 何故か涼しさ漂う句です。芭蕉を訪ねてみたくなりました。

 大阪から三重県の伊賀上野までは、名阪国道を通って1時間半ほどです。

 芭蕉は1644年、江戸時代に伊賀上野で生まれました。

 生家は改築させたそうですが、今も同じ地に建っています。

 藩主の藤堂家に奉公に出ていた芭蕉は、そこで俳句を習います。そして、29歳の時に江戸へ出て、その名声を高めて行きます。

 裏庭にあるこの庵は、江戸行きのきっかけとなった、初めての句集を執筆していた場所で、こちらは当時のものだそうです。

 この場所で、悩みながら詠んだのでしょうか、それとも泉のように湧いて来たのでしょうか。

 俳聖の生家とは言え、これだけでは子供は満足しません。

 いざ忍者屋敷へ。

 実演しながら説明してくれるスタッフは、どうやらアクション俳優の卵のようです。

 どんでん返しの扱いも流石にスムースでした。

 縁側には、地下道へ繋がる入り口が。大人700円でした。

 そのあとは忍者実演ショーへ。

 200円の追加が必要ですが、これが予想を遥かに上回る迫力と面白さ。

 一人は新撰組のドラマで近藤勇役、一人は水戸黄門の茶坊主役での出演が決まっているとの事。

 面白いはずです。

 手裏剣は、1つが200gあるので、沢山持っていては身軽に動けないそうです。

 もう駄目だと言う時、最後に使った道具だったのです。

 その後芭蕉は、おくの細道を完成させて、1694年、旅先の大阪でその生涯を閉じます。

 旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる   芭蕉

 伊賀上野は市営駐車場に止めて、見所の大半は歩いて行ける距離にあります。

 芭蕉は忍者だったという説もありますし、ちょっと出掛けるにはお勧めの街です。