イターリアより 2009

 土曜日の朝、昨年に続いてはるばる遊びに来くれました。

 妻の友人は、イタリア人のご主人と結婚して、ミラノで暮らしています。今年は夏休みの1ヵ月を、奈良の実家で過ごしています。昨年はご主人も一緒だったのですが、全員での来宅はまた今度です。

 今年は引っ越したので、プール遊びからスタート。

 我が家の長女は、意外に人見知りでした。

 イタリア、長男7歳、長女6歳、次女4歳。日本、長男4歳、長女1歳6ヶ月。当たり前ですが、去年より1歳大きくなりました。

 日曜日は朝から、扇町のキッズプラザ大阪ヘ。

 家からは地下鉄で30分くらい。中には、子供が喜ぶ、ありとあらゆるアトラクションがあります。

 2層吹抜けになった子供の街というエリアは、有機的な立体迷路で、皆汗だくで走り回っています。

 いつも無駄使いの槍玉に上げられる、大阪市環境局舞洲工場(2001年)で知られる、フンデルト・ヴァッサーの設計。

 用途が問題なのであって、ここはとても楽しいところです。

 職業体験も色々出来ます。

 イタリア次女4歳と、ニュースキャスターに。撮影の後、モニターで流してくれました。

 誰も見ていませんが、気恥ずかしいものです。なら、しなければ良いのですが。

 毎年この行事を楽しみにしています。

 我が家の長男に、英語とイタリア語の違いは分かりません。

 どれでも、飛行機で12時間もかかる、遠い国があると知るだけでも凄く幸せだと思います。

 外出の時、6歳のお兄ちゃんでも必ずお母さんと手を繋いでいました。「偉いねえ」と言うと、それは治安の違いという答。

 日本と違う国があると知るだけで、私にとっても凄くいいのです。

サングラス

 中学生の頃、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーの写真を教科書で見ました。

 飛行機のタラップを降りる姿は、コーンパイプにサングラス。白黒写真でしたが、子供ながら「カッコイイ」と思いました。特にサングラス。大人になったら絶対あれだな、と思っていたのです。

 大学生になり、それがパイロット用に開発された、レイバンのティアドロップと知りました。車を運転する時に愛用していましたが、そのフォルムに、何というか潔い美しさを感じたのです。似合っていたかは全く別問題ですが……

 それが壊れたのが、25歳の頃。その頃、サングラスはレンズの小さい、フォルムの鋭いものが流行っていました。私は、2代目をそのタイプに変えたのです。

 それはそれで気に入っていました。しかし数年後。あのファションにうるさい中田英寿が帰国した映像を見かけました。首には、床に擦る程長いマフラーを巻き、足元はサンダル。サングラスはレンズの大きなティアドロップ。レイバンかどうかは知りません。

 何となく時流に流された自分が……。流行の問題でなく、本心からそれが良いと思っていなかったのです。

 先週の日曜日。レイバンのコックピット(RB3362)を買いました。マッカーサー愛用のティアドロップとは少し違いますが、凄く気に入っています。
 
 物を選ぶ時、一生に一緒に居られるかを基準にするようにしました。今はサングラスを掛ける時、ちょっと気分がいいのです。

神戸元町

 先週の木曜日、神戸の元町へ行っていました。

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 2002年から2003年にかけて、すぐ駅前にある商業ビルの改修をしていたので、よく来ていました。

 久し振りでしたが、テナントも入っており安心しました。

 駅前の道路を南に渡り、ビルの脇を抜けると神戸元町商店街です。

 更に南に行けば中華街。インフルエンザ禍も過ぎ、湯気の上がる屋台の点心にも、行列が出来ていました。

 中華街を抜け、更に南へ下るとメリケンパーク。ここまで駅から10分弱です。

 反対に駅から北に向かへば、10分歩くと山の手の雰囲気に変わります。

 山と海の近さが、神戸独特の変化ある風景を作っているのです。

 海沿いにはポートタワーもありますが、私としては、フランク・O・ゲーリーのフィシュ・ダンス。

 抽象でもなく、具象でもないのに、チープではないこの感じ。

 巨匠と呼ばれるに相応しい仕事です。

 金属のメッシュで構成されたウロコが、やや錆びており、さらに良い感じです。

 製作は、安藤忠雄の監修だったとは知りませんでした。

 会合を終えると10:00pmでした。

 山手には、神戸の市章と錨のイルミネーション。

 小さい頃、夏休みは母方の里、香川で過ごしました。橋の無い当時は、カーフェリーで帰ってきます。

 夏休みは凄い混雑で、よく甲板に寝たものです。到着港は少し東の青木。このイルミネーションが見えてくと、夏休みが終わるサインでした。

 仕事の時は、用事が終わればバタバタと帰るだけ。今度ゆっくり中華街へでも来ようか……と思います。

大男たちの挽歌

 今回は特定の人へ向けた番外編です。

 今週日曜日の早朝、用があって実家に寄りました。ポストから新聞を取り出し、食卓の上に置くと、スポーツ新聞の一面に「三沢死す」の文字。

 プロレス団体、ノアの社長で、トップレスラーでもある三沢光晴が試合中に亡くなったのです。

 小学生の頃からプロレス好きで、金曜8時と土曜7時が待ち遠しかったものです。中学生から25、6歳の頃までは、ずっとプロレス雑誌も買っていました。

 プロレスというジャンルは、荒を探せばいくらでも出てきます。ルールもあって無いようなもの。その分、解釈も自由で、楽しもうと思えばいくらでも楽しめるのです。
 
 プロレスファンへ良くある質問に「どうせ八百長なんやろ?」があります。それにはこう応えていました。「プロレスは対戦相手との真剣勝負ではなく、観客との真剣勝負なんだ」と。自分、相手の体を痛めつけ、観客に喜んで貰う究極のサービス業(行?)なのです。

 昨今の格闘技ブームもあって、プロレス人気は急落しています。三沢率いるノアもテレビ番組が打ち切られたばかり。いま一時の三沢への評価は別にして、集客力の落ちたプロレスに対するメディアの評価は冷たいものです。

 そういう私も、随分前からほぼ見なくなりました。私が好きだった昭和のプロレスは、雑誌から得る限られた情報で、あれこれ想像する楽しみがありました。
 
 猪木、藤波、長州、タイガーマスク、ハンセン、ホーガン、前田、高田、船木、天龍、川田、ベイダー、ゴッチ、テーズ、レイス、フレーアー、へニング、スヌーカー……

 それぞれの選手に、それぞれのストーリーがあったのです。仮にそれが虚像であったとしても。

 誰も望んでいませんが、三沢は命を掛けていた事を証明してしまいました。思えば、大好きだったレスラーの多くが、若くしてこの世を去りました。

 ブルーザー・ブロディー、アンドレ・ザ・ジャイアント、テリー・ゴーディー、C・バンバンビガロ、ホーク・ウォリアー、ジャンボ鶴田、冬木弘道、橋本真也、そして三沢光晴。

 これ程の高度情報化社会はいったい何を残したのでしょう。イマジネーションを膨らませる、余白の部分を大きく取り上げてしまったのではないのでしょうか。これからプロレスを見ることは、ほぼ無いかもしれません。

 リング上でしか自分を表現できない、不器用な大男達。その歓喜と悲哀を見るのが好きでした。安らかに……

アゲハチョウ

 朝起きて窓を開けると、庭木にアゲハチョウが止まっていました。

 長男が盛り上がっているのを制し、もう一枚アップで撮ろうした瞬間、フワと飛んで行きました。

 長男はむくれていましたが、まじまじと見ると美しい生き物です。

 子供の頃、何故あんなに生き物を捕り、飼いたかったがったのでしょう。小さい頃、斜め向かいに住む友達もそうでした。

 小学2年生だったか、彼は飼っていたザリガニのお腹に、卵を見つけたのです。そして「産卵には沢山酸素が要る。ストローでブクブクしたらなアカン」と言うのです。

 それで、交代々々に日暮れまでブクブクしていました。夕飯時になると、その辺は子供のなので「じゃあ」とそれぞれの家に帰ったのです。

 次の日も、学校に行く前にブクブクし、帰ってからもブクブクしていると、小さなザリガニが沸くように孵化し始めたのです。酸素を送ったのか、二酸化炭素を送ったのか分かりませんが、小2にはちょっと感動的な光景でした。

 彼は小学3年になる春休みに、閑静な住宅街に引越して行きました。その後も中学くらいまでは、行き来していたのですが、その後疎遠になって行きます。

 「亡くなった」と聞いたのが、8年前の今頃。朝起きると眠っているように……だったそうです。「どうしてるんやろうなア」と思いながら、中学を出てから一度も会わずでした。
 
 もう一人、若くして亡くなった友人がいます。あれも7年前の蒸し暑い夜でした。

 日本には、チョウを魂の化身とみる風習があります。音も無く飛ぶ様が、儚げで神秘的に感じられたからでしょうか。ほんのたまにです。彼らに「元気にやってる」と言いたくなる時があります。

皆既日食

 昨日は朝から、甥っ子と長男を連れて、京都市青少年化学センターへ。名神高速、京都南ICからすぐ近くにあります。

 入場料は大人500円、小学生からは100円。動くティラノサウルスが有名なのですが、その他もよく出来た博物館です。

 磯を再現した水槽は、海中から見れるようになっています。


 Nゲージと言われるものでしょうか、鉄道模型もあります。

 運転させてくれました。

 プラネタリウムは、その日の夜空を紹介してくれます。大人は500円追加。色々と勉強してきました。

 柄杓型の北斗七星は、おおぐま座の長い尻尾にあたる。熊なのに尾が長いのは、神様が尾を掴んでグルグルまわして空に放り上げたから。

 柄杓の柄の部分の延長線上には、春の大三角が。三点で一番暗い星のすぐそばには土星。そのあたりに獅子座がある。

 星座は全部で88種。うち星占いに使われる12の星座は、空で一列に連なっている等など。

 一番興味深かったのが、今年の7月22日に起こる皆既日食。完全に太陽が隠れるのは、種子島、トカラ列島辺りだけですが、京都でも80%が隠れるそうで、46年振り。

 前後の500年で隠れる長さが16番目に長いので、世紀の皆既日蝕と言われるのです。ピークは11:00am頃です。皆既日食のメカニズムは知らない事ばかりでした。

 太陽は月の400倍の直径を持ちますが、ほぼ同じ大きさに見えるのは、地球からの距離がおよそ400倍だから。当たり前と言えばあたり前ですが、それは偶然なのか、何らかの関係性があるのか……

 この関係だから、月の周りから輪が見える、金環日蝕も起こり得るです。こちらも3年後の、2012年5月21日の早朝に関西でもれます。

 帰ってから大阪の夜空を見上げると、見えた星は、北極星、北斗七星、春の大三角、土星くらい。探し易いと言えば探し易いのですが、都会は明るすぎます。

 帰りの車で2人は熟睡。こんな時、一仕事終えたという満足感に浸るのです。

原寸

 現在進行中の現場に「Ohana PROJECT」があります。

 昨日の午前中は雨でしたが、八尾にある鉄工所へその鉄骨を見に行きました。この辺りも工場が密集しているエリアで、物作りの街なのです。

 図面が手書きの時代は、この「原寸検査」と呼ばれる作業が必須でした。それがCAD化されて省略できるようになったのですが、若いスタッフは見ておくべきだと思ったのです。

 私の実家は1階が仕事場でした。クレーンのある風景は懐かしく感じます。

 クレーン下までの高さ8m、奥行き22m。

 3階建てくらいまでなら、ここで加工を済ませ、現場では組むだけと言っていました。

鉄骨造の場合、柱や梁の加工は、多くが熟練工による手仕事です。

 柱の端部は溶接する面積を確保するため、斜めに削ります。

 これを開先(かいさき)加工と呼びますが、削ったばかりの鋼の断面は本当に美しいのです。

 素材本来の色は、何にも替え難い説得力があります。

 柱の頭部には梁を繋ぐブラケットと呼ばれるユニットが溶接されます。

 「Ohana」の中で一番複雑なブラケット。見方によってはアートです。

 創造という行為は、人の頭の中から出てくるもので、本来アナログなものです。

 アナログなものをデジタル化して縮尺をかけて図面で表現する……。

 CADで図面を描いていると、何をしているのか分からなくなる時があるのです。

 大きさを知るには、現物を見るのが一番です。また実物を見ないと、鉄の重さ、硬さも分かりません。

 そう考えると人の目は本当に良く出来ています。触らなくても見ただけで、この鉄のユニットが軽いものと感じる人はいないはずですから。

箱根

 6月に入って初めての週末。梅雨入りする前に遠出してきました。

 富士山でも見に行こうかと、宿を探したがとれず、次の候補が箱根。私には未体験の観光地です。

 土曜日の5:30amに大阪を出発。名神、新名神、伊勢湾道を乗り継いで東名高速へ。

 最寄の御殿場ICまでは450kmほど。2度休憩して11:00am頃に着きました。

 そこから国道138号線を20km程走り、30分で到着です。トータルで6時間みておけば大丈夫そうです。

 まずは彫刻の森美術館へ。

 子供が触れて、遊べる作品が多いのは助かります。

 小さいうちにアートに触れるのは、とても良い事。

 展示室以外は撮影OKとの事でした。 

 中でも「ネットの森」は、素晴らしいの一言でした。

 堀内紀子〔1940-〕、2009年の作品です。

 何層にも重なったネットは宙に浮き、下に45cmの穴がいくつも開いています。

 そこから立体的なネットの隙間に入いり込み、登って行くのです。

 所々には、行き止まりの隙間もあります。

 上手く順に登って行くと、一番上はネットの平原。

 どの子供も大はしゃぎで、汗だくでした。

 芸術が人に貢献する方法は様々です。用途が明確なアートは、とても難しいのかもしれません。

 そうだとすると「ネットの森」は遊び心と、構造的美しさを兼ね揃えた、最高のアートと言えます。分かり易いことは全てにおいて素晴らしい事なのです。

 残念なのは小学生まで限定という事。入ってみたいと思うのは、絶対私だけではないはず。

 アントニー・ゴームリー(英)1993年の「密着」。

 作品名を聞かなければ、色々な解釈ができそうです。

 ピカソ、ミロからロダン、ヘンリー・ムーアー、ブランクーシ。加えて足湯までありました。

 今度は一日掛けて遊びたい所です。

 日曜日は、朝から旧東海道を尋ねました。

 江戸時代に整備された石畳が所々残っています。むせかえるような新緑の中、苔むした石畳にノミ跡を見て、350年前に思いを馳せます。

 ♪箱根の山は天下の険♪の通り、ここは難所中の難所。

 行って良く分かりました。日曜日だけで、2台のバイクが転倒したのを見たのです。一台はすぐ目の前で。

 幸い2人とも怪我はなさそうでしたが、もう少し命を大切に、とは思います。

 その難所を超えたら、眼下には芦ノ湖が広がります。湖畔の最も平地が狭い所には関所跡が。

 江戸時代、幕府は全国に53の関所を置きました。日本4大関所は他に、木曽福島(長野)、碓氷(長野)、新居(静岡)です。

 中でも江戸に一番近い箱根は、最も厳しい管理体制が敷かれていました。

 幕府は、大名の妻子を人質として江戸に住ませた為、特に女性の出国には厳しかったようです。

 武器の流入阻止と合わせて 「入り鉄砲に出女」を厳しく取り締まりました。

 近くにある「お玉ヶ池」は関所破りをして捕まった「お玉」という女性が、付近で処刑された事から付いた名前です。

 当初の目的は富士山。最後まで裾野しか見せてくれませんでした。 

 その目的も達していませんが、多くの美術館、温泉、歴史情緒……もう一度箱根に行きたいと思っています。

人それぞれ

 いきなりですが、ずっと思っていた違和感を書いてみます。

 話が行き詰った時「人それぞれ」と、会話を終えるケースがあります。正直に言えば「それを言ってはおしまいよ」と思っているのです。

 一見言葉として問題ありません。他人を尊重しているようにも聞こえます。しかし、実際には関係を諦めた瞬間というか、コミュニケーションを拒否した瞬間というか……

 一人一人が違うのは当然です。人は誰もが生まれながらにして、唯一無二の存在です。絶対正しいもの、誰もが共感出来る事が、常にあるとは思いませんが、あるかもしれないという幻想はもっと大切だと思うのです。
 
 「分かってもらえないだろうなア」と思いながら話をして相手に伝わることは無いはずです。創作もデザインも全く同じ。誰かに分かって貰える、誰かとその思いを共有出来る、と信じるからこそ、多くの情熱が捧げられるのです。

 人は生まれながらに「真・善・美」を求めると言います。そうでなければ、真理を追求してここまで科学は発展しなかったかもしれません。善き心を求めるからこそ、神や仏という概念が生まれ、哲学や宗教が生まれてきたはずです。ましてや、存在しなくても命には影響の無い、美や芸術などは全く発展しなかったはずです。それらを人が求める事は歴史が証明しているのです。

 善き心は誰が見ても善のはず。それは人それぞれではないのです。

過去最高水揚げ

 昨日は、父、私、長男の3人で釣りに行っていました。

 急遽決めたので、土曜日の晩にバタバタと用意をしましたが、日曜の朝はあいにくの雨。

 出船する6時半頃には何とか上がっていました。

 岸和田から、本州と淡路島が最も近づく紀淡海峡まではおよそ1時間。

 釣りは一般的に、雨や曇りのほうが好条件です。この日は曇り空のうちは全く駄目。晴れだしてから急にアタリだしました。しかも過去最高の勢いで……。

 まずはアジ。

 その後も、チャリコ、キス、ガシラと釣れ続きます。

 変わったところではオニカサゴ。

 ガシラにそっくりですが、トゲに毒があります。しかし味は抜群。料亭でも出す高級魚です。 

 極めつけはこのタイ。40㎝を超えていました。

 仕立て舟で出れば別ですが、立派なサイズです。

 この日の父は、孫の相手をしながらも、釣りに釣っていました。

 帰ってから、実家でカラ揚げにしました。

 タイ、ガシラ、キスは間違いの無いところ。

 オニカサゴは淡白な白身にも係わらず、流石の味でした。

 アジは二匹を造りに。

 特に青物の造りは、〆て血抜きしておくとおかないでは、味に雲泥の差がでます。

 自分で釣ったことが一番大きいのですが、これも抜群の味でした。

 5月10日も釣りに行きましたが、カメラを落としてしまいました。

 その後すぐに新しいものを購入したのが、現在使っているペンタックス。3枚を繋げる機能が付いていたので、使ってみました。

 左に少し霞んでいるのがが淡路島。中央が友ヶ島で右が本州の和歌山県加太あたり。

 実際ここまでは見えませんが、この写真、船上の気分を良く表していると思います。大きくなるので、良ければクリックしてみて下さい。