初めての家

 年度末は何かとバタバタするものですが、一番時間を取られたのが引越し。

 事務所の引越しは4回。引越しアルバイトの経験も有り、自宅も軽く考えていました。子供のおもちゃが増えたとはいえ、思ったより荷物が多かったのです。

 結婚してから5年と5ヶ月。小さな賃貸マンションで暮らしました。分相応の生活をと借りたのですが、眺めの良い部屋でした。昨日が明け渡しの立会い日。敷金40万円で、敷引きの特約事項が無かったので、預けていたお金は全額返ってきました。

 よくある現状復帰のトラブルについては、次回書きたいと思います。 

 「実家の近所で売りが出た」と聞いたのは、年明け1月の下旬。妻も母も同じ広告を見ていました。母はすでに不動産会社に連絡済みだったのです。

 そんなこんなで、1975年(昭和50年)10月竣工。古家付きの土地を買う事になりました。私が5歳の時に建った木造2階建てですから、耐震性に若干の心配はありますが、これも縁と思い、すぐに引越す事にしたのです。家賃を払い続けるのは勿体ないというのが一番の理由ではありますが。

 築33年だけあって、今の住宅との違いは明らかです。まず寒い。そして扉が多い。基本的には、和風建築の間取りなので、迷ったらフスマという感じです。2ヶ所外しました。

 階段の傾斜はおよそ50度。踏面も狭くかなり急です。

 バスタブのサイズは90cm×70cmのステンレス製。

 子供と入るとお湯が溢れる位小さく、風呂釜と言ったほうがピッタリきます。

 しかし全く不満はありません。

 猫の額ほどですが、庭まであるのですから。

 表に出ていたら、お隣の奥さんからフリージアを頂きました。黄色の花弁からは春の香り。

 元々近所だった事もありますが、そんなご近所付き合いも暮らしの一部です。

 と、思っていたら、一昨年、ご自宅が完成したクライアントが「近くに来たので宜しければ」と電話がありました。

 昨年の11月生まれのご子息と3人で、遊びに来てくれました。記念すべき、初めてのお客さんです。

 ご夫妻には毎年食事に招待頂き、長男には何度もプレゼントを

 それででは無いのですが、長男のテンションが上がりっぱなしに。

 アクオスをデザインした喜多俊之さんが

 いい空間を作るには人を呼ぶこと。呼べば整理をする。いらないものを捨て、欲しいものを奮発して買う。もともと日本には「もてなし」の茶道がある。いいインテリアを集めればいい空間を作れるのではない。人を集めるのがいい空間を作る。

 と書いていました。

 駐車場もありますので、いつでも来宅をお待ちしております。

 初めて、自分の家に住むことになったので、子供達には私が思う空間で暮らして貰いたいと思います。時間が出来たら、設計を始めようかなと思っています。

WBC連覇 誇らしく思う日本人として

 一昨日はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)決勝戦。見事、日本の連覇で幕を閉じました。私が振り返るのも何ですが、興奮さめやらぬ一人として。

 決勝の視聴率は36%。私の事務所でも、テレビで応援しました。

 3対2で迎えた9回裏。日本はダルビッシュにマウンドを託します。しかし韓国の粘りは強烈で、2アウトを取ったものの、1、2塁のピンチが続きます。ここで韓国は執念のレフト前ヒット。あと一歩のところで優勝がスルリと……。しかし、続くサヨナラのピンチをよく凌ぎました。

 延長戦はどう言っても先攻が不利。日本は是非とも早いうちに決着を着けたいところです。早速10回表にチャンスがやってきます。

 先頭バッターの内川がヒットで出塁。送りバント、岩村のヒットで1アウト1、3塁。代打は小技の効く川崎。絶好のチャンスでしたが、あえなく内野フライ。ため息が残る中、イチローの登場です。

 途中、岩村が2盗して2アウト2、3塁に。普通なら歩かせるこの場面で、韓国は勝負を選択します。試合後のコメントで、ベンチは勝負を避ける指示だったそうですが、そのコメントが必要だったかどうか……

 韓国バッテリーは早々に2ストライクまで追い込みます。速球をファールで粘ったイチローは、沈む球をセンター前に糸を引くよう打球。一挙に2点を勝ち越しました。

 続く10回裏。1人のランナーを出すも、ダルビッシュが抑えて連覇の偉業を成し遂げたのです。

 ずっと話題になり続けた不振のイチローもこの日は4安打。最後の最後はやってくれました。MVPは3勝負けなしの松坂。本人もコメントしていましたが、私なら岩隈、中島、青木あたりをあげたいところです。それでも数字上、妥当なところが逆に凄いとも言えますが。

 WBCの魅力は、超一流の選手が真剣であることに尽きると思います。

 例えば、ピンチの場面で内野手がマウンドに集まった時。通常のシーズンなら談笑している場面もあります。しかしこの大会ではそんな場面は見られません。皆が熱い眼差しで檄を飛ばしているのです。

 国を背負い、後が無い状況で、世界一を目指すという目標が、アスリートの心をかき立てるのでしょう。その姿は美しく、優勝を決める瞬間は、観る側にもビリビリと緊張感が伝わってきました。テレビ解説の清原和博は「僕も23年間やってきたけど、こんな場面は見たことがない」とコメントしていました。

 もうひとつ上げるなら、刹那感と言えば良いでしょうか。負ければチームは解散です。その先のない感じが何とも感情を刺激します。ショートの中島は「もっと一緒にやりたいという思いもある」とコメントしていました。

 チームワークが大切な団体競技で、一ヶ月で結束し、世界一になった日本代表。各選手の能力が一番ですが、根底には「和をもって貴しとなす」という精神があったのかもしれません。

 原監督は帰国後の会見で「スタートした時、金色や茶色だった髪が自然と黒くなったし、長い髪も短くなった。侍には、礼儀、礼節があると1つになってくれた」とありました。金髪が駄目とは思いませんが、それより大切な関係があるとしたら、それは幸せな事だと思うのです。

 この個人主義の時代に、野球は日本が世界に発信出来るスポーツなのかもしれません。

 最後に、今大会でもその存在が唯一無二で有ることを証明した松坂とイチロー。その言葉を再度転記しておきます。

 松坂の座右の銘

 「目標がその日その日を支配する」

 イチローの言葉

  「体がでかいことにそんなに意味はない。僕は見てのとおり、大リーグに入ってしまえば一番ちいちゃい部類。日本では、中間クラスでしたけども、大きな体ではない。そんな体でも、大リーグでこういう記録を作ることができた。これだけは、日本の子供だけではなく、アメリカの子供にも言いたい。

 『自分自身の可能性をつぶさないでほしい』――と。

 あまりにも、大きさに対するあこがれや、強さに対するあこがれが大きすぎて、自分の可能性をつぶしてしまっている人がたくさんいる。そうではなくて、自分自身の持っている能力を生かすこと、それが可能性を広げることにもつながる」

眼科にて

 先週末、世は3連休。好天もあってか、ラジオからは渋滞情報が流れていました。そういえば、最近あまり聞かなかった気がします。

 春分の日に、マンションから実家の近くに引越しました。古い家付きの土地だったので、少しの間その家で暮らす事になります。一日掛りで引越しを済ますと、花粉症に加えて、埃っぽかったのもあってか、妙に目が痒かったのです。

 翌朝起きると、随分掻いてしまったようで、右目がかなり腫れていました。打合せに行くのもはばかられるので、眼科に行きました。すると「まずは視力を測ります」と。

 一気に気合が入りました。

 つまらない自慢ですみません。小さい頃から、視力は両目とも1.5を切った事がないのです。腫れでちょっと見難かったこともあり、ここで落す訳には行かないと。まずはその右目から。

 上の段から順にあのCマークをにらみながら。左、右、上……。下から2段目まで来て、3ヶ所答えると「次は左目です」と。

 もしかして、ついに1.5陥落……?と思い「一番下の段ってナンなんですか」と聞きました。

 「2.0もチャレンジされます?」

 「ハイ。お願いします。上、んーっ左、右」

 「よく見えていますねエ。2.0です。次は左です」

 同じように下から2段目までクリアして、一番下の段を4ヶ所ほど答えるといくつか間違った雰囲気。

 「それでもよく見えていますねエ。1.5です」

 右は2.0に上がりました。

 どうやら、1.5までしか検査しない事もあるようです。それともう一つ。「何となくこっちかな」くらいでも答えていたのですが、正確に測るにはそれで良いそうです。診断は結膜炎で2種類の目薬を貰いました。

 妻にどうやって自慢しようか考えていました。妻は両眼1.5。この歳にして上回ったのです。

 折角貰ったものなので、大事に持って行きたいと思っているのです。

スカイハウス

 休日の出張は、できるだけ朝一番の電車に乗ります。

 知らない街や建築を見るのは未だにワクワクするもの。今回は9:00am過ぎに東京駅に到着です。まずは文京区、地下鉄の江戸川橋駅へ向かいます。

 東京カテドラルは、1964年の完成。

 東京都庁、フジテレビ等でも知られる。故・丹下健三の設計です。

 「カテドラ」が司教が儀式をするための椅子で、カテドラのある教会をカテドラルと呼ぶそうです。

 この日は生憎の雨でしたが、太陽に輝く姿を見て見たいと思うのです。

 十字架をモチーフにした平面と、天に向かって伸びるスリットが美しい、間違いなくモダニズムの傑作です。

 東京カテドラルから歩いて5分。静かな住宅街にひっそりと建つのがスカイハウス。最も有名な住宅のひとつ。

 1958年完成の建築家・菊竹清訓の自邸です。菊竹はメタボリズムという運動を起こします。

詳しくはウキペディア参照

 1959年に黒川紀章らと提唱した運動で、メタボリズムは新陳代謝を意味します。都市や建築は社会や生活の変化によって、有機的に成長して行けば良いという考え方なのです。

 スカイハウスでは、主要な空間を4本の鉄筋コンクリートの壁柱で2階に持ち上げています。

 生活スタイルによって変化する部分は、この建物では1階部分を指します。出来上がった当初は、2階部分しか無かったのです。後に増築し、現在の形になりました。

 完成してすでに50年。古くはなっていましたが、断然に美しいフォルムでした。

 本では何度も見た名作は、小さくも、凛とした佇んでいました。しばし感激。

 ちょうど斜め向かいには、現在の菊竹清訓建築設計事務所、K-Officeが。

 地下鉄で、銀座7丁目あたりにある、LANVINブティック銀座へ。

 中村拓志は1974年生まれ。特に若い注目の建築家です。

 正面は無数の小開口が。

 この開口部にはアクリルが入っています。

 一旦冷やして縮小したものをはめ込み固定するという手法で、一切フレームの無い開口部を実現しました。

 造船で使われている方法だったそうですが、その執着心は流石です。

 最後は青山にある書斎館

 店舗を設計中のクライアントから、是非にと言う事で教えて貰いました。

 美術品を展示するようなショーケースの中で、万年筆一本一本に説明が書かれています。

 音楽も荘厳な感じの選曲で、異次元の空間でした。

 今回の目的は住宅の打合せ。勿論これが本当の仕事です。

 直接会う機会は限られているので、1:30pmから5:00pmまできっちりと打合せ。順調に進みました。

 途中でちょっと飽きてきた三姉妹は、ポニョを踊ってくれました。親子三世代が一緒に暮らすこの家。色々な楽しい仕掛けを考えています。

 年内の竣工を目指します。

さあスキーへ

およそ2年振りにスキーへ行きました。本当に久し振りです。

 義妹の実家は長野県の木曽福島に別荘を持ちます。

 私達は今回で2回目。親族一式、総勢10名でむかいました。

 早朝に大阪を出ると、10:00am頃には到着。本格的なログハウスで、森に佇む雰囲気はなかなかのものです。

 居残り組は母と我が家の娘。

 妻は1歳の娘を母に預けてゲレンデ組。そのくらいスキーが好きなのです。

 きそふくしまスキー場までは20分程。

 気温は0℃前後で、雪質もなかなか良かったです。

 長男と甥っ子は、父のソリに引かれて、もちろんおおはしゃぎです。

 1歳の甥っ子は、完全にクマのぬいぐるみ。

 長男に、スキーをはかせてみました。

 最後はこけますが、意外と上手に滑るのです。

 むこうには雪を頂いた御嶽山。

 快晴の雪山より気持ちの良いものはそうありません。

WBCは第2ラウンドへ

 月曜日の夜は、WBC(ワールドベーボールクラシック)、第1ラウンド<東京>の決勝戦でした。

 念の為まとめておくと、野球世界一決定戦の第2回大会は、第1ラウンドに16カ国が参加。東京、メキシコ、カナダ、プエルトリコに分かれて変則トーナメントを戦い、上位2チームが勝ち抜け。第2ラウンドはアメリカのサンディエゴとアイアミに4カ国ずつ分かれて再び変則トーナメント。勝ち抜いた2カ国がロサンゼルスで決勝戦を戦うのです。

 日本、韓国、中国、台湾での第1ラウンドでは、一旦コールド勝ちをした韓国と決勝。試合は観れなかったのですが、0対1で惜敗。2位通過となりました。

 決勝進出時点で、第2ラウンド<サンディエゴ>行きを決めていますが、勝敗にも意味がありました。第1回大会で、日本は初代チャンピオンに輝いていますが、第1ラウンド、第2ラウンドで共に韓国に敗れているのです。

 決勝トーナメントでは勝利、優勝したのですが、大会後「韓国と日本は2勝1敗。真のチャンピオン決定戦を開催しよう」と主張があったくらいです。今回も再びあいまみえる第2ラウンドが見ものです。

 WBCという国際大会を、アメリカのMLB(メジャーリーグベースボール)が主宰するという、問題点もあります。しかし仮に、2大会連続で日本の優勝となると、発祥の国アメリカ、キューバ、ドミニカ、そして北京オリンピック金メダルの韓国も、おもしろいはずがありません。

 そんな事を書いているうちに、第1ラウンド<プエルトリコ>で、オールメジャーリーガーのドミニカを、オランダが破るという波乱がありました。

 ドミニカはMLB最高年棒28億円をほこるA・ロッドが欠場になったとはいえ、松阪とチームメイトでレッドソックスの主砲オルティスを始めとするオールスターチーム。随分紙面を賑わしていましたが、スポーツは何が起こるか分かりません。

 当面の目標は第2ラウンドの通過。次戦は日本時間3/16(月)5:00amから。頑張れ日本!

歯磨きは貯金

 ある知人の話しです。小さい頃から、祖母にこう言われて育ったそうです。

 「歯磨きは貯金やと思ってしいや」

 歳の功ではありませんが、これは納得です。

 再石灰化で、少し戻る事はあるようですが、元に戻す事は出来ないのが虫歯。

 もっと早くから、意識していればと悔やんでみても後の祭りです。私の歯は、半分以上に治療跡と銀のフタが……。

 このフタを歯医者さんはクラウンと呼びます。日本語なら王冠。全く誇れない王冠で、笑い話にもなりません。

 そこで考えました。子供が喜んで歯磨き出来る方法を。

 本当に貯金することにしたのです。

 1回歯磨きが上手に出来れば10円を貯金箱に。

 お金で子供を釣るのはダメ親です。私はテスト満点を取ったら100円貰っていた口でしたが……

 しかしです。歯磨きは、10円以上の価値があると言えると思います。屁理屈かもしれませんが、今のところ効果は覿面です。朝晩すれば一日20円。掛ける365日で7300円。

 1回10円の歯磨き貯金、どんなものですか。

世界へ電話

 先月末から、新しい計画がスタートしました。内容については、了解をとって追々UPして行きたいと思います。計画自体の話ではありませんが、ひとつ相当に驚いた事がありあます。

 クライアントは仕事でペルー在住です。ほぼ地球の真裏なので時差は-14時間。南半球ですから季節も反対の夏です。

 「日本との国際電話は結構かかるでしょう」と聞くと「ほとんどタダみたいなものです」と。連絡手段は、メールをメインと考えていました。ところが「skype」ならパソコンさえ立ち上がっていれば、無料で会話できるそうなのです。

 それで、何月何日の日本時間10:00am、ペルー時間8:00pmに電話すると約束して、準備を始めました。まずは、skypeでアカウントを取得です。

 次にパソコンにマイクが付いていれば不要ですが、なければマイクを買います。

 どうせならと、手が自由になる耳にクリップできるヘッドセットを買いました。USB接続のアタッチメントと併せて2000円程。

 この機会に、もうワンセット準備しました。事務所内でテストしてみると、見事開通です。

 いよいよペルーの首都、リマとの交信です。(あえてこう書きます)

 微妙な緊張感の中コール。1回目、2回目……。

 繋がったか感じはあったのですが、画面には拒否の文字が。若干焦りながら再度コール……。

 見事に繋がりました!「さっきは間違って切ってしまいました、すいません」と。

 音質も固定電話と全く遜色ありません。電話での打合せを進めるうちに「こっちのノートパソコンにカメラが付いているので、映像もいくと思います。えっとここを……」

 なんと、テレビ電話になったのです。近くには娘さんと奥様の姿も。こちらは写っていませんが、何故か頭を下げながらご挨拶。50分程の打合せを終えました。

 何と言うか、非常に興奮しました。地球の反対側と『無料』でテレビ電話が出来るのですから。

 すぐにwebカメラも発注しました。価格は1,000円から3,000円くらいでもあります。

 skypeの事はイタリアに住む知人に聞いていました。その時はもうひとつピンと来ていなかったのです。

 自宅のPCでも早速設定します。ミラノのセイコ、ロサンゼルスのtomokoさんへ妻から電話がいくかもしれません。

 私はニューヨークのイナゴロー、タッチャンへかけてみようか……。何かワールドワイドな感じ。

実家のそばに

 日曜日は、長男の4歳の誕生日でした。明日は娘のひな祭り。実質的には初節句です。

 毎度のことですが、弟家族も集まって、実家でお祝いをしてもらいました。

 私の両親からすると、現在孫は4人。

 4歳男(ウチ)、3歳男(弟家)、1歳男(弟家)、1歳女(ウチ)という並びです。

 子供の遊び相手は専ら父の担当です。飽きずに1日中でも見てくれます。

 上の2人は、ウルトラマンだ、シンケンジャーだと言い出して、段々凶暴になっていきました。

 ただの猫かわいがりから、徐々に父の怒声も飛び交うように。

 今年の夏には更にもう一人加わって5人に……。賑やかで有難いことです。

 親になっても知らないことばかり。

 雛人形は妻側の祖父母が用意するものだそうです。これがなかなかに立派で、私達の住むマンションには入りません。

 それで、こちらも妻の実家に置いて貰っているという。

 実は3月末に、私の実家近くへ引越すことになりました。歩いて30秒ほど。こんなことではダメなのですが、更に依存度は高まりそうです。

 ただ来年のお雛さんは何とか家に飾れそうです。この件も追々UPして行きます。