奈良公園へ

 日曜日は穏やかな天気で、今年の寒さも小休止といったところでした。

 私達家族は、ふらっと奈良公園へ出かけました。ならまちをちょっと散歩→昼ごはん→若草山下の芝生公園で日向ぼっこ、程度の目的です。

 

 

 

 

 県庁のそばの駐車場(千円/日)に車を止めると、世界遺産・興福寺が見えていたので、お参りに。

 工事中のところはありましたが、五重の塔との対比は見事なものです。五重の塔の小屋組みは日本が世界に誇れる、伝統の技です。一つ一つの部材は釘を使わずに組み上げられ、僅かな遊びが、地震の揺れを吸収します。

 

 

 

 

 塔の中央には芯柱が通っており、建物自体とは繋がっていません。これが建物の揺れとは違う周期で揺れるので、共振せずに揺れを互いに打ち消しあうのです。

 物理的な研究ではなく、経験則によって創られたのですから、そこに行き着くまでには、どれ程の時間と知恵を要し、どれ程の失敗を経たのでしょうか・・・・・・。

 

 

 

 

 奈良公園と言えばやっぱり鹿。

 どの鹿も角を切り取られていました。

 有名な?鹿せんべいは¥150-です。手にしている人を見つけるとアッというまにこんな状態に。

 

 

 

 

 ウチの子はどんな反応を示すんだろうと見ていると、大喜びと言うよりは、何故か大笑いでした。

御器噛り

 キタナイ話ですいません。面白い話が昨年末の新聞に載っていたので紹介します。

 それは、嫌われ者の「ゴキブリ」。この名前の由来ですが、黒い漆器を被せた姿から「御器被り」とか、食器にかみつく意味の「御器噛り」から来ているそうです。

 もともとは熱帯性の生き物で、木と紙などでできていた、日本家屋では冬を越せなかったのです。すきま風が通らず、暖房を備えた立派な家にしかいなっかったので、どちらかというと「立派な家に住みつく=富裕の象徴」と目されていたようです。童謡「黄金虫」(コガネムシは金持ちだ~♪)が実はゴキブリだったという説もあるとか。

 一般の家庭に出だしたのは100年前。ゴキブリは現在地球上に存在している昆虫のなかでは、もっとも長い歴史を持ち、3億年前から、ほとんど変わらない形態で生きてきました。日本人とは以外に浅い付き合いなのです。

 そう聞けば「御器被り」という字に、忌み嫌うニュアンスが含まれていないのも頷けます。しかし実際は、そうも言っていられないのですが。

ジャスコ+阪急 in 北花田

 昨日は午前中から、堺市の北端にあるジャスコ北花田店に出掛けてみました。何人かの人から「一日楽しめるよ」という感想を聞いたのです。行って「なるほど」と思いました。

 

 

 

 

 

 驚いたのは、兎に角子供連れの家族が多いこと!しかしその理由は十分に納得できます。

 ここは、ジャスコと阪急百貨店の棟があり、それらを専門店のショッピングモールが繋いでいます。 百貨店で買い物をし、専門店街で雑貨を見て周り、帰りに夕飯の食材を買って帰れるのです。

 小さな子供のいる家庭は出掛けられる場所がかなり限られてきます。駐車場がある、ベビーカーでスムーズに移動できる、授乳室が広い、おむつ替えをストレス無く出来る、少し騒いでも許されるような食事が出来るスペースがある・・・・・・気になることがいろいろとあります。こういった部分をかなり高いレベルでクリアしているのです。

 

 

 

 

 むしろそういった層をターゲットにしています。子供用のおもちゃや、洋服が充実しており、楽しげな子供用のカートは何種類も見かけます。

 フードパークには子供用に低く設計されたテーブルやソファーがあり、60席ほどありました。エリア分けもなされています。あちらこちらに子供が遊べるスペースがあり、中央広場では人形劇が催されていました。

 

 

 

 

 結局3時間ほど買い物を楽しんだあと最後に食品売り場へ行きました。

 そこには解体される前のマグロが置いてあったり、生きた魚やアワビが発泡スチロールの箱で売られていたりと、お祭りの雰囲気を感じさせる演出がしてありました。

 OPENして間もないのだと思いますがやる気と活気を感じました。

 私達家族は「ジャスコも大分変わったな」などと言いながら満足して帰ってきました。ここは結構お勧めです。

 ひとつだけ文句を言わせてもらえば「いくら買い物をしても、駐車場の無料券が2時間っていうのはなあ」という事くらいでしょうか。

-晴れの国-岡山へ その2

1月16日(月)の続きです。

日曜日の朝「奥津温泉」を後にして、岡山県勝田郡奈義町にある「奈義町現代美術館」へ向かいました。車で東へ一時間足らずです。

 

 

 

 

 ここは建築家・磯崎新氏が設計した、

 ちょっと変った美術館です。

 あらかじめ収蔵が決まっている3組の作家が、建築家との共同作業で専用の空間を作り上げています。と言うよりは、空間そのものが作品なのです。


 

 

 

 

 これは展示室「大地」の宮脇愛子の作品。水面に細い金属線が踊っています。見えるでしょうか?

 

 

 

 

 

 こちらは展示室「月」の岡崎和郎の作品。休息の象徴として庇とベンチがあります。音が大きく共鳴するよう設計されているのか、子供も大きな声を何度も反響させていました。

 

 

 

 

 そしてこの筒の中には荒川修作+マドリン・ギンズの作品が・・・・・・。

 

 

 

 

 筒の中は平衡感覚を失わせるような空間です。壁面には京都の竜安寺の石庭を模したものが天井まで続き天井にもベンチがあります。

 ウロウロしていると気持ち悪くなってしまいましたが、奇妙で面白い空間でした。作者の二人は「養老天命反転地」という公園なども手がけており注目の作家です。

 

 

 

 

 その後、備前市にある300年以上前に、備前藩主池田光政が開いた「閑谷(しずたに)学校」へ行ってきました。

 現存する、庶民の学校としては世界最古と言われ、講堂は国宝です。屋根瓦が備前焼きで、赤みがさしており、建物として仄かな色気を感じさせます。どことなく中国の趣きを感じるのはその赤みのせいでしょうか。

 付属する茶室が渓流沿いにあったのですが、改修中だったのは残念でした。

 そして私たちは、初めての子連れ温泉旅行を終え帰路につきました。最近はろくに出かける時間も無かったので、妻が喜んでいたのが何よりでした。

 雪化粧をしている山を眺め、池に張った氷に触れ、葉を落とした木々を見、冬をしっかりと体感できました。今は1月中旬なのでヘンな話ですが、エアコンの効いたアトリエでずっと仕事をしていると「冬」と理解はしているのですが、体は分かっていなかったような気がします。

 自然の中に出掛けていかないと、「いきもの」としての感覚とか、感性に錆のようなものが付いてしまいます。冷たい風に触れることはとても大切なこと。中国道を大阪へ向かいながらそんなことを考えていました。

-晴れの国-岡山へ その1

 急遽、旅行に行くことに決めました。

 「静かで情緒ある温泉街→子供が小さいので和室で部屋食→家族風呂有り→高過ぎず、安過ぎず、食事の美味しいところ」

 そんな都合の良いことを考えながら探していると、ピンと来たところがありました。「奥津(おくつ)温泉」という古くからの温泉街のようで、4件しかない宿から『河鹿園(かじかえん)』という旅館に決めました。

 直感を信じて一路「奥津温泉」へ。

 大阪から中国道を西へ1時間半ほど。院庄(いんのしょう)というインターチェンジで降りて、20分くらい北上します。

 道中は先日までの雪があちらこちらに残っていました。

 奥津温泉には期待にたがわぬ、由緒正しき温泉街の風情が残っていました。

 こういう景色に私の旅情はかき立てられるのです。

 宿は木造3階建てで、昭和初期に建てられたそうです。屋根も銅板葺きで緑青が浮いていました。

 画家「棟方志功」は昭和20年代に奥津をたびたび訪れていたようです。先代の主は志功と親交が篤かったそうで、「棟方志功館」なる展示室までありました。

 私たちの部屋は10畳の和室にソファーのある前室付きでした。

 窓のすぐ下は吉井川が流れ、せせらぎの音が聞こえます。宿の名前の通り今でも5月、6月には清流にしか住めないカジカが鳴くそうです。

 温泉も100%掛け流しで、とってもいいお湯でした。「コーセイ」の化粧水は当地の湯の成分を参考にしているらしく、お土産屋さんでも売っていました。

 川沿いの露天風呂は竹の筒からコンコンとお湯が湧き出ています。石で出来た湯船にゆっくりと浸かると、声にならないうめき声を上げます。そして思うのです。これぞ日本の温泉!と。

 食事はボタン鍋などもあったのですが、キジ鍋にしました。滋味あふれる味で出汁が抜群でした。ボリュームも十分。鯉の洗いも新鮮で美味しかったです。

 結果、大満足の温泉宿でした。次は春に行きたいと思っています。その理由のひとつがそのお値段です。この時期の少しお得なプランだったようですが、「1万2600円」なのです。

 翌朝、『河鹿園』を後にして-晴れの国-岡山の旅は続くのですが、また後日ということで・・・・・・。

 後で分かったのですが、この旅館は私の両親が40年程前に新婚旅行で泊まった宿だったのです。聞いて、唖然としました。これが縁というもの・・・・・・。

地鎮祭

 昨日は「大安」だったので、大阪市内に設計した住宅の地鎮祭に参列してきました。

 

 

 

 

 地鎮祭は工事に先立って、土地の神様にご挨拶し、工事の安全と守護を祈願するお祭りです。

 建築の儀式は神式で行う場合が多いですが、仏式・キリスト教式で行っても全く問題ありません。ようは気持ちの問題ですから。

 

 

 

 

 とは言うものの、何度も経験する人は少ないと思うので、かいつまんで神式の場合を紹介してみます。

 クライアントと神社へ行き御祓いしてもらうこともありますが、今回は敷地に神主さんがいらっしゃいました。

 式は神主さんが順次進行してくれますが、建主、設計者、施工者が作業をするのは「鍬(クワ)入れ」という儀式です。

 初めに設計者が鎌(カマ)で盛った砂の上にある草を刈り取ります。次に建主が鍬(クワ)で砂山を耕します。最後に施工者が鋤(スキ)で盛砂をします。いずれも三度づつ行い「エイッ!エイッ!エイッ!」と掛け声を発するのが一般的です。

 

 

 

 

 

 それぞれの作業には意味があるのですが、長くなりそうなのでまたの機会に。様式はどんどん簡略化されてきたのでしょうが、やはり神聖な気持ちになります。そこで「さあ、いよいよ現場が始まるぞ!」と気持も新たになるのです。

 快晴の冬空は身も心も引き締まって心地よい寒さでした。この現場の進行状況はクライアントにOKを貰ったので、時々UPしたいと思っています。

2006年 初詣

 

 

 

 

 1月9日は成人の日。今年は大寒波で池には分厚い氷が張っていました。

 私達家族は住吉大社へ行ってきました。年始にUPしたい仕事があったので遅めの初詣です。快晴のもと晴れ着姿の新成人もちらほらと。

 

 

 

 

 何年か前から住吉大社には必ず詣でることにしています。ここで引くおみくじを楽しみにしているのです。よそでの誘惑には負けず、年に一回だけです。

 訳は昨年の1月13日にも書きましたが、数年前の年始にここで「大凶」を引いたことがあるのです。

 

 

 

 

 引いた本人はたまったものではありません。 「なかなか当らないからめでたい」とか言って慰められるのですが、とは言うものの・・・・・・。

年始のおみくじに大凶を入れる。「その意気やよし」というものです。そこから自然と気合が入るようになり、年始の楽しみ?となりました。

その効用はというと。

昨年はくじ番号が16番まである中の3番で「中吉」でした。じゃあ、中くらいの年だったかと言うとそうでもなく、とても良い年でした。その例の年に悪いことばかりが起こったかと言うと、そうでもありません。

 毎年引くうちに、こう考えるようになりました。

 「悪いことが起こる可能性があったが、良く注意していたので無事一年をすごせた」 「中くらいの年になりそうなので、よく頑張って良い年になるよう精進せねば」 「良い年になる可能性が高いので、このチャンスを逃さないよう日々を大切に!」などなどです。

 ようは何を引いても自分の都合の良いよう解釈することにしたのです。では何を引いても良いかというとそうでもなく、やっぱりアレだけは出来れば・・・・・・。
今年も気合を入れて引いたその結果は・・・・・・また来年ということで。

お雑煮あれこれ

 三が日には実家に集まっておせちを食べました。お雑煮も食卓に並びましたが、この料理は地域によって特徴がある事はよく知られています。

 大雑把に分けると、

関西 「白味噌仕立」

島根、兵庫北部 「小豆汁」

福井近辺 「赤味噌仕立」

東北、関東、中国、四国 「すまし」

 に分けられるようです。

 お餅は東日本が「角餅」、西日本が「丸餅」。それを「焼く」、「煮る」。具に至っては・・・・・・と種類は多岐にわたります。

 私の母は香川の出身で、この地方のお雑煮はちょっと変っていることで有名です。「白味噌仕立」で「あんこ入りの丸餅」を「煮る」のです。これをアレンジして、当家では「すまし」に「あんこ入りの丸餅」を「焼いた」ものが入っています。実にややこしい。

 妻も義理の妹も、このお雑煮は初体験で、ちょっと楽しみにしていました。その感想は・・・・・・「美味しい!」でした。

 聞くと、「あんこ入りのお餅なんて!」と思うかもしれませんが、すましの出汁と薄い塩味が結構あんこに合うのです。勇気がいるかもしれませんが、気になる人はチャレンジしてみて下さい。

年始は年賀状から

 あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

 1月1日が日曜日だったので今日が最初の月曜日。今年もゲツモクには、なんやかんやとUPしていきますので、またのぞいて下さい。

 元旦の楽しみはやっぱり年賀状です。私の場合は前年の作品をポストカードにしているので、年始のご挨拶と共に作品発表の機会でもあります。それに一昨年からは家族用も加わり、結構な枚数になりました。よって年末は毎年てんてこ舞いなのです。 

 頂く年賀状の中でも、よく会う人は、どこに勤めていて、役職は何でと、分かりますが、古い友人には、年賀状のやりとりだけになってしまい職業を知らない場合もあります。

 その中で、今年は2人の職業が判明しました。記載されていたコメントは以下の通り。

①-業界も大変そうですな。税理士業界も他人事ではありません!-

 「構造計算偽造問題の件か。やっぱ関心が高いナ。どこでも聞かれるもんナ。そいう言えばMはD大に行ってたな。税理士になってたんヤ。税理士も何かあるんやろか?」

②-司法書士試験、今年の7月です-

「あれ!?。大手のメーカーでシステムエンジニアをしてたはずやけど?OもD大卒やったかな。司法書士を目指してるんや。じゃあ今はどうしてるんやろ?司法書士試験って難しいんやろな。試験は夏か。通ったらエエのにな」

 といった調子です。僅かな情報でも受け取る側はあれこれ考えて、お正月の楽しみにしているのです。