カテゴリー別アーカイブ: 09 家族・私

奈良ホテルでセミナー‐2093‐

先週火曜日のことですが、近鉄奈良駅から東に向かって歩いています。

左手に奈良県庁が見えてきます。

もう少し進むと若草山も見えてきました。

16時頃ですが、暖かい夕方でした。

奈良公園内でもところどころで梅が開花していました。

15分程歩き、奈良ホテルまでやってきました。

言わずと知れた辰野金吾の名作です。

訪れたのは大学の時以来だと思います。

皇室御用達のホテルですが、アインシュタインやヘプバーンまで宿泊した歴史あるホテルです。

別館でセミナーをして貰えませんか?とオファーを貰ったのは年始でした。

スキーの仲間だった年下の友人が、奈良大宮ロータリークラブに入っており、講師を捜しているということでした。

時間を確保できるかなあと思いながらも、15、6年振りに連絡をしてくれたこともあり、引き受けました。

ロータリークラブという名前勿論知っていますが、これまで接点は全くなかったので調べてみました。

Webサイトには「奉仕の理念を奨励し、これを育むことにある」とあります。

またセミナーに望むものは何か友人に聞くと以下のような資料が返ってきました。

知的視野の拡大のため、DEIを意識した外部講師を招聘すること。

DEIが分からず調べてみると、「ダイバーシティ(多様性)」「エクイティ(公平性)」「インクルージョン(包括性)」だとも分かりました。

なかなかハードルは高いなと思いながら、前日の遅くまで原稿を考え、「建築が市井の人々の幸せと、街の為にできること」としたのです。

美味しい夕食を食べてからセミナーのスタートです。

愛情を注いだ建築をつくることで、街を愛する気持ちが強くなります。

そして、その気持ちは能登半島の震災をはじめ、神戸、熊本、福島での復興の礎となる、という内容を考えていました。

前半は比較的イメージ通りに進んだかなと思います。

今回は持ち時間が30分だったので、最後の着地点までの時間があまりなく……

最後をしっかりまとめきれなかったことに、若干悔いが残りました。

これも経験です。

機会を下さった奈良大宮ロータリークラブの皆さんに感謝です。

その後、反省会も兼ねて、西大寺のあるパームカフェへ。

彼は一級建築士であり、工務店も経営するのですが、飲食店も経営しているのです。

元は肉の卸から飲食を始めたそうで、そういったメニューがお勧めとのこと。

ズリのアヒージョを頼みました。

8歳くらい離れているのですが、何とも気さくな友人で2人で乾杯したのです。

その後、大阪に移動すると20年振りの友人も合流し、久し振りに朝まで飲んでしまいました。

アルペンスキーという共通点があるだけで、一瞬でその時間を遡れることに、改めて感謝していたのです。

「翼よあれがパリの灯だ」という言葉で知られる、チャールズ・リンドバーグも奈良ホテルの宿泊したひとりです。

1927年に、大西洋単独無着陸飛行に初めて成功したのですが、こんな言葉も残していました。

私は空と、飛ぶことを何よりも愛している。もちろん危険はある。しかし、適度な危険は人生を豊かにするのだ

もの作りを愛し、人と話すことを愛してきたつもりです。

今回、引き受けさせて貰ったのは、奈良ホテルが会場というのは大きかったです。

名建築で名講演とはなりませんでしたが、機会があればどんなことにもチャレンジしていきたいと思うのです。

■■■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

■■■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

10月27日『houzz』の特集記事
「滋賀の家」掲載

10月11日『homify』の特集記事
「白馬の山小屋<リノベーション>」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

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青春ヒッチハイク‐2088‐

この時期は大学受験真っ只中です。

昨年の春から東京の大学に行っている長男ですが、受験で大学は休み。

帰省するとは聞いていましたが、ヒッチハイクで大阪まで帰ってくるとは聞いていませんでした。

心配するだろからと、妻と妹のストーリーズは見れないようにしていたそうです。

私は見れたのですが、流石に子供のインスタを見に行くことはなく……

金曜日の夜、「ヒッチハイクでもうすぐ吹田に着く」と連絡があってから、のぞきにいったのですが、思わず笑ってしまいました。

一緒に寮でくらす親友と、2人で計画したそうですが、東京にはヒッチハイクの聖地があるそう。

それがマクドナルド 用賀インター店。

なるほど、東名高速に乗る前に腹ごしらえするには絶好のロケーションです。

ドライブスルーもあり、合流前に一旦停止したタイミングで声を掛けると、ほとんどの人が話は聞いてくれるそう。

最終的に、4台を乗り継いで1日と少し掛けて帰ってきたのですが、3組のヒッチハイカーのブログをリサーチし、9時間くらいで帰ってくるつもりだったようです。


一番驚いたのは、最も長く声掛けをしたのが2時間だということ。

ただそこは、かなり車が止まりにくい条件でした。

多くは10分~30分くらいの声掛けで乗せてくれたらしく、ヒッチハイクが良いか悪いかは別にして、日本もまだまだ捨てたものではないなと思ったのです。

1台目は私と同年代の女性でした。

木曜の夕方5時頃に声掛けを初めて20分くらいで乗せてもらい、第1目的地の海老名に到着。

もとは海老名サービスエリアの1つ手前までという話だったのが、満車状態で入れず、第1希望の海老名までやってこれました。

お金は全く払っていないのですが、別れ際に用意してきたお土産だけ渡したそう。

なのですが、急に雨が降ってきたので、傘まで貰ったと言っていました。

ヒッチハイクと聞くと、長距離トラックをイメージしますが、今は企業的に完全NGだそうです。

それで、同じ大学生が一番良いのですが、海老名でもすぐに大学4回、2回の若者が同乗をOKしてくれました。

2人は名古屋の大学近くで下宿しており、東京から帰る途中。


車内では、4人でかなり盛り上がったそうです。

うち2人が、かなりのサウナーらしく、サウナの聖地「しきじ」にわざわざ寄ってくれたのです。

裕福な大学生らしく、サウナ代を奢ってもらったと言っていました。

何とも厚かましいと思いますが、本当に良い人に出会った訳です。

木曜日の夕方出発なので、この時点で深夜になっています。

ですが、更に浜名湖サービスエリアも案内して貰い、最終的に4回生の先輩宅に4人で泊まることに。

お金は無くても、楽しむことはできるということです。

ここは一番見習わなくてはなりません。

深夜まで皆でドラマを見て、昼過ぎには名古屋名物「岐阜タンメン」へ。

その後、東名の名古屋インター付近まで送って貰い、インター入口の少し手前の信号で声掛けを始めます。

しかし、なかなか車は止まってくれないそう。

それはそうだと思います。

色々考え、2匹目のドジョウではありませんが、2kmほど離れたドライブスルーのあるマクドナルドまで歩くことに決めました。

その途中、ガソリンスタンドがあったので、だめもとで3人程声を掛けてみると、刈谷まで送ってくれる人が現れました。

南米系のかなりのイケメンですが、日本語はペラペラとのこと。

ここが最難関で2時間掛かったそうです。

長男はまだ車の免許を持っていないので、高速に乗る車が、どんなところに止まりやすいかがまだイメージできていませんでした。

近くにめぼしいポイントが少なければ、まずはガソリンスタンドだと思いますが、これも良い経験になったと思います。

当初のリサーチから、最終乗り継ぎ地点と考えていた、刈谷ハイウェイオアシスに少し東に戻る感じで到着。

ここは一般道からも入れるようで、完璧なセレクトだと思います。

1人は食事が終わった人、1人は出発の為にライトを点灯した瞬間の車と、2人で手分けして探したそうです。

元々人当たりは柔らかいのと、はっきり言って厚かましいので、9時間は無理でしたが4台目の車が見つかりました。

元々この地域の人のようですが、大津くらいまでならいいよとのこと。何の用事がある訳でもないのに、です。

40歳前後の優しい人で、更にお願いして最終的には吹田駅まで送って貰ったのです。

このあたりで、家族のラインに連絡がありました。

しかし、この日も結局家には帰ってきませんでした。

親友と、この体験を語り合いたいので、カラオケに行くという連絡が入りました。

妻はヤキモキしていましたが、気持ちは良く分かります。

このヒッチハイク旅行で使ったお金は1500円。

それを考えると、カラオケも結構高いので、梅田のマクドナルドで朝まで話していたそうです。

猿岩石のユーラシア大陸ヒッチハイクの旅はリアルタイムですから、私たちはヒッチハイク世代と言ってもよいと思います。

しかし車を持っていたので、ヒッチハイクはしたことがありません。一度、沖の磯で困っている人を、ボートに乗せてあげたことはありますが。

寝れないかもしれず、いつ帰ってこれるかも分からない旅は、学生時代しか無理です。とても良い経験だと思いますし、私が聞いていても楽しかったです。

一番いいなと思ったのは、丸2日ろくに寝ていないのに、朝まで話したかったということ。

今はほとんど友達はいませんが、学生時代は、よく夜通し語り明かしたものです。

青春とは、悩み語り合う時間があることを言います。

3年などあっという間です。思う存分、悩み、語り、楽しみ、苦労して欲しいと思うのです。

■■■2月14日『Best of Houzz 2024サービス賞』受賞

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■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

10月27日『houzz』の特集記事
「滋賀の家」掲載

10月11日『homify』の特集記事
「白馬の山小屋<リノベーション>」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

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バレンタインも公園の木も、色々あるからいい‐2086‐

今日は建国記念の日の振替休日。

三連休の最終日は、穏やかな晴れ空になりました。

落葉樹は葉を落としていますが、青空ならそこまで寒さも感じません。

一方、常緑樹は2月にも関わらず青々と葉をつけていました。

この三連休は「合宿」と呼んでいる、図面の追い込みです。

スポーツ等では、泊まり込んでの特別練習と言った意味合いで使います。作家なら「缶詰」といったところでしょう。

要は朝から晩まで、フルで働くという意味ですが、各プロジェクトとも大きく前に進めることができました。

今朝、若干寝不足気味で目を覚ますと、甘い匂いが漂ってきます。

そう言えば、妻が娘とバレンタインのチョコレートを作ると言っていました。

明後日はバレンタインデーです。

キッチンをのぞくと、チョコレートなので何かしらグルグルしています。

オーブン満タンで、3回焼くそうです。

出来上がったら写真でも送ってと伝え、そのままアトリエに出てきました。

昼過ぎに写真が届いていました。

チョコレート生地に、クッキーやアーモンドを載せて焼いたようです。

なかなか良く考えられています。

袋に詰めて、沢山の友達にくばるそう。

私が学生の頃は、バレンタインといえば「女子から男子への愛の告白」といったニュアンスが強かったものです。

そういったシチュエーションもあると思いますが、もっと大らかなイベントに変わったよう。

特に、娘は誕生日が2月14日なので、現在の風潮は大歓迎です。

公園の落葉樹は、白い実がついているのでナンキンハゼだと思います。

そういえば、秋は紅葉が美しかった気がします。

常緑樹は、葉の形をみるとシイでしょうか。

いずれにしてもブナ系の木だと思います。

いつも時代の気分というものはありますが、現在において多様性はキーワードでしょう。

ただ、そんな言葉は全く不要なくらい、自然界は本当に多種多様です。

やや緊張感のあった、昭和のバレンタインも悪くはありませんが、現代の大らかなバレンタインの方が好きかな。そんなことを考えました。


■■■1月29日発売『日本一わかりやすい 一戸建ての選び方がわかる本2024-25』「回遊できる家」掲載

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阿倍野で、新旧建物探訪‐2063‐

昨日は11月22日。

「いい夫婦の日」は天王寺駅で降りて阿倍野界隈へ。

「あべのキューズモール」の向かいにある、「あべのハルカス」は長らく日本一高いビルでした。

しかし、明日2番目に高いビルに変わります。

厳密に言えば、「森JPタワー」はすでに完成しているので、もう抜かれていることになりますが。

ハルカスのすぐ南にあるのが「HOOP」。

間にある道は一方通行でかなり狭いのです。

それで、見上げるとこんな景色になるのです。

ただ、阿倍野という街との相対的な高さで言えば、やはり日本一かもしれません。

「HOOP」の西にある巴通りを南に抜けます。

レンガ色の建物は「あべのand」。

その東隣にあるビルで、ドローンの国家試験を受けてきました。

先月、民間の資格は取得できたので、実技試験は免除。

筆記試験だけの受験です。

試験だけを受託している会社で受けるのですが、ペーパーでなくパソコンでの試験でした。

不要な選択肢を鉛筆で消せないのは、ちょっとやり辛いなと思っていました。

三択50問を30分で、正解率70%が合格ラインです。

試験が終わるとすぐに結果が表示され、無事合格。

ほぼ一夜漬けでしたが、国家資格一発合格をキープできてほっとしたのです。

会場を出るとすでに夕方。

そのまま南に下ると元「村野・森建築事務所」の建物があります。

ハルカスの前に建っていた近鉄百貨店も村野東吾の作品です。


その旧事務所ですが、現在はテナントとして利用されています。

ハルカス、HOOP、andそして、旧村野・森建築事務所。

阿倍野の新旧建物探訪問でした。

見返すと夕日に照らされるハルカスが。

ハルカスの外観デザインの監修はシーザー・ペリです。

古美る(ふるびる)という概念は、日本独特のものです。

超高層ビルには合わないのは間違いありません。

ナショナリズム、地元愛も入っているかもしれませんが、私はやっぱり村野派かなと。

そんなことを思いながら、1駅南の阿倍野駅に向かったのです。

■■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

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Z世代 VS 元新人類、完敗‐2048‐

■HOUSE DEVICE-建築士会の建築家と家をつくろう ■

・日時:2023年10月7日(土)10:00~16:00
・場所:大阪市立住まい情報センター 5階 研修室
※入場無料・予約不要

土曜日は第2の仕事場と言ってもよい、梅田のショールーム回りでした。

インバウンドは更に加速している感じ。

ルクアとルクア イーレをつなぐアトリウム広場もこの賑わいです。

アトリウム広場から陸橋を渡ってグランフロントに入るのですが、なぜかいつも目がいくHEP FIVEの観覧車。

1998年11月のオープンですが、乗ったことがあるのは1回だけ。

2014年8月24日のことです。

長男が小学4年生、長女が小学小学1年の時でした。

私は高い所が大の苦手で随分拒んでいたのですが、何故かこの日乗ることになってしまいました。

子供達2人は、もうノリノリです。

若い頃はそうでもなかったのですが、30代の半ばあたりから、飛行機、ジェットコースター、そして高い所がだんだん駄目になってきました。

上昇を始めた時から緊張していましたが、梅田センタービルの高さを超えたあたりからもう窓際にはいられないほど。

最高地点あたりで撮った写真はほぼブレブレで、これが一番ましな写真。

この日記に使おうと頑張ったのですが、腰が引け引けだったのです。

それで上げていなかったのですが、今回初だしです。

地上(といってもHEP FIVEの屋上ですが)に戻った時の安堵感は忘れもしません。

観覧車には二度と乗るまいと心に誓ったのです。

話は逸れましたが、この日も夕方まで時間一杯打合せをして帰ってきました。

その前日は、満月の中秋の名月でした。

今月初め、スーパーブルームーンをiPhoneで上手く撮れたという記事を上げました。

「月」を2回はアップしないかなと思い、あまり気合を入れて撮っていなかったのが上の写真です。

長女が学校から帰ってくるなり「お父さんのiPhone貸してくれる?」と。

月を撮りたいとのことで、「いいよ」と渡しました。

それがこの写真。

私の中秋の名月より、 スーパーブルームーンより数段上です。

どうやって撮ったのか聞くと「オートフオーカスを長押しでロックして、ここを調整して……」と教えてくれました。

彼女はiPhone11ですが、iPhone14PROにしかない機能なので、私のスマホで撮りたかったそうです。

そして「エアドロ(AirDrop)で送って」と。

Z世代と言う言葉をよく聞きます。

自分の子供がそうだという認識はなかったのですが、間違いなくスマホネイティブのZ世代でした。

40年前、私たちも新人類と呼ばれたのですが、30代の半ばあたりから、色々なものが苦手になってきました。

それは、子供ができた年齢と一致します。

守りに入ったつもりはありませんが、どこかで「絶対に死ねない」という気持ちもあります。

チャレンジ精神があり、勇気をもって、知らないことにもどんどんトライすることはとても重要です。

しかし今は、攻めるところは攻め、守るところは守る。そんな感じだと思います。

家族や社員をもつと、自然とそうなっていくのでしょう。

ただ、Z世代 VS 元新人類。「月」の写真勝負は完敗でした。 iPhone の勉強はもっと頑張ります。

■■■8月1日プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」オープン

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ドローンも人の幸せのために‐2045‐

昨日、今日と、再びポートピアアイランドのKOBEモビリティフィールドへ。

ドローンの国家資格を取るための、講習と試験でした。

昨日は、NCN DRONEのスタッフの方が講師となり、ほぼ一日筆記試験のお勉強でした。

そして本日の午前中が筆記試験。

正直、かなり難しかったです。

今日の午前中も、少し操縦の練習時間がありましたが、あいにくの強風。

それで、体育館の中での試験になりました。

中心のある2mの円がヘリパッド。

その周辺にコーンが配置されます。

その位置も正確に決まっており、決められた飛行ルートをスムーズに飛べるかというテストです。

これは、8の字飛行の半分です。

通常、ドローンはGPSで制御されていますが、その制御を解いての操縦で、想像をはるかに上回るくらい難しいのです。

またまた講師の方の模範操縦です。

実際の試験では、ちょっとやらかしてしまいました。

何とかなったのか……ドキドキの中試験が続きます。

夜間飛行のテストもありました。

完全に真っ暗という訳ではありませんが、何ルクス以下という規定があるそうで、体育館の照明を半分落としてのテストです。

少し照度が落ちるだけで、かなり見難い。

後で聞くと、こちらの課題では、大きな減点ギリギリだったそうです。

結果としては合格でしたが、楽々とは程遠い感じでした。

正直、甘く見ていると簡単に落ちるレベルの試験だと思います。

これで民間の資格は何とか得られました。


目標の「二等無人航空機操縦士」の国家資格は、指定機関である日本海事協会の筆記試験もクリアしてからの取得になります。

再度、教本を勉強してから早いうちに受験したいと思います。

ドローンは、こういった操縦機を操作するのですが、これはかなり大きいものです。

午前中の最後に、講師の方がDJI MATRICE 300という大型ドローンをデモ飛行してくれました。

人と比べると、その大きさが分かりやすいと思います。

ウクライナでの戦争で実際に使われている機種だそうです。

その大きさは正直怖いくらい。

機体の重さは13kgほどで、数百万円。

2kgのものが運べるそうです。

運ぶ物がもし……

ちょっと見難いのですが、この画面は熱センサーカメラに切り替えたものです。

熱を持つものを容易に見つけることができるのです。

まるで戦争映画か「24-TWENTY FOUR-」でみたことのある画面で、正直ゾッとしました。

ボディはCFRPで限界まで軽量化されているのでしょう。

人類の知恵の粋を集めた最先端機器であるのは間違いありません。

建築写真の撮影のために取得しようと考えたのですが、思わぬところから色々考えさせられました。

ホンダの創業者、本田宗一郎はこう言っています。

機械は人の上に立ってはいけない

テクノロジーは人の幸せのためにあって欲しいと強く願います。

物作りに関わる人は、先人の警句を肝に銘じる必要があるはずです。

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10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

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ドローンの国家資格を取得して、3ヵ月内のバージョンアップを目指す‐2043‐

今日は朝から三宮へ。

ポートライナーに乗ること14分。

計算科学センター駅に到着しました。

スーパーコンピューター富岳がある、計算科学センターは駅のすぐ西にあります。

南にある神戸空港への橋も少し見えていました。

駅の北側にあるのがKOBEモビリティフィールド。

2022年の12月からドローンの国家資格制度が施行されました。

民間資格は存在していましたが、ドローンの普及によって法整備も必須だということなのでしょう。

それなら早めに取得しようと、ドローンの専門家である知人に登録講習機関を紹介して貰ったのです。

この広い空間が、実技の練習会場であり、試験会場です。

紹介して貰った登録講習機関、NCN DRONEは神戸市と共同で、ドローン操縦講習や共同訓練などの活動をしているので、ここが会場となったそうです。

4人の方が、私を含めて2人の受講生を受け持ってくれたのですが、好きなことを仕事にしている人の集まりです。

とても良い雰囲気で、素人の私を盛り上げながら、分かりやすくレクチャーしてくれました。

資格としては「一等無人航空機操縦士」と「 二等無人航空機操縦士」に分かれます。

一等のみ可能な「有人地帯の目視外飛行」は不要かなと思い、二等の講習をお願いしていました。

難易度の差はかなりあるとのことで、私には二等で丁度良い感じです。

操縦したことがあるとは言え、完全に我流です。知らないことばかりでした。

そもそも、ドローンがGPSとカメラセンサーで制御されているので、同じ位置を簡単にキープできることすら知りませんでした。

それらの機能を切って、同じ位置でホバリングすることが全ての基本のようです。

ポートアイランドなので、海からの風が結構強く、かなり難しいのです。

こちらは講師の方の模範操縦。

簡単に横移動をしているように見えますが、風を受ける中真横に移動し、パイロンの上でピタリと静止するには、かなり繊細な操縦技術が必要なのです。

会場の周りには、こんなオブジェが並んでいます。

「O2ひまわり」という作品で、工業用酸素ボンベが阪神淡路大震災復興の象徴である「ひまわり」に姿を変えた作品だそうです。

大空に向って咲き誇る「O2ひまわり」は、ネガティブな考え方をポジティブに移行する力があると、解説にありました。

阪神淡路大震災から28年。私の社会人1年目の冬に起こったので、ほぼ仕事のキャリアと同じです。

本当に時代は変わりました。

昨日、尊敬する始道塾の塾長、恩田さんの講演を、リモートですが久し振りに聞きました。

「3ヵ月バージョンアップしない友人とは会わない」

そのくらいの気持ちが必要とのこと。

知らない、分からない、苦手。

そんな言葉は一切使わず、全て自分事だと思って生きたいものです。

本日の講師の方も、いずれはドローンの国家資格も必須になると思いますとのことでした。

いずれ必要なら、早めのアップデートをしておきたいと思います。

来週の座学、実技練習を経ていよいよ試験です。

また来週、報告したいと思います。

■■■プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」8月1日オープン

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草葉の陰から‐2031‐

■■■プールのある「ささき整形外科 デイケアセンター」8月1日オープン ■■■

朝のジョギングコースに材木屋があります。

材木を保管するため天井は高く、かなり大きな建物です。

裏口を見ると、かなり年期が入っていることが分かります。

祖父が材木屋をしていたので、少しのぞいていると従業員に声を掛けられました。

事情を話すと、「中も撮ってくれていいですよ」と。

土間はたたきで、子供の頃によく行った、祖父の仕事場と似たつくりです。

従業員の方が「築70年以上は経ってるんじゃないかな」と。

「材木は本当は縦置きしないほうがいいんだけど、スペースの問題で仕方ないんですよ」とも言っていました。

自然光が材木を照らす風景と、木の良い匂いが、一気に記憶をフラッシュバックさせるのです。

父方の祖父は、岡山で材木屋を営んでいました。

最後に祖父の仕事場をのぞいたのは2005年の8月。

祖父は93歳まで生きましたが、その1年前に亡くなっています。

ちょうどデジカメに移行した頃で、フィルムの写真は見つけることができませんでした。


夏になると、仕事場にある井戸で自分が作ったスイカを冷やし、よく食べさせてくれたのです。

この時、祖母は89歳。長男との初対面でした。

祖母もこの4年後、2009年に93歳の生涯を終えたのです。

生命はつながっていることに重要な意味があるんだ。

両親から私へ、私から息子へと。

このつながっている全体をさして人生というんだ。

- ブルーザー・ブロディ- プロレスラー

私が大好きだった、プロレスラー「インテリジェンス・モンスター」ブルーザー・ブロディ-が残した言葉です。

間もなくお盆。

人手が足りないにもかかわらず、多くのオファーを頂き、本当に有難い限りです。

今年のお盆も、目一杯働くつもりで、墓参りは叶いそうにありません。

それでも、鬼籍に入った4人の祖父母は、草葉の陰から応援してくれるという確信があるのです。

先述した ブルーザー・ブロディ- は新聞記者出身で「インテリジェンス・モンスター」の名に恥じない論客でもありました。

それもあってか、プエルトリコのブッカーでもあったレスラーに、口論の末ナイフで刺され、非業の死を遂げるのです。

祖母と初対面時には0歳だった長男が、今年から大学生です。

働くということが、どういうものか、命ある限り行動で示したいと思うのです。


■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

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次はどこで働く?‐2024‐

今年の梅雨は天気予報に反して、晴れの日が多かった気がします。

今日の大阪は、昼過ぎに強い雨が降ってきましたが、夕方には完全に上がりました。

梅雨に入った頃、実家で氷砂糖に梅を漬けていると書きました。

それがようやく梅ジュースになりました。

砂糖漬けなので甘くはありますが、炭酸水で割ってみるとスッキリ飲みやすいのです。

なぜ実家のことを知っているかと言うと、この4月に15年住んだ家を売却し、家族3人で実家に住んでいるのです。

建て替えるつもりで古家付きの土地を買ったのですが、自宅より先に仕事場を何とかしなければという事になったからです。

1996年、JR天王寺駅の北側に建つマンションでアトリエmを立ち上げました。

4.8畳のワンルームでしたが、狭くても十分に満足していました。

ここで3年頑張り、1999年に天王寺でもう少し北のマンションへ引っ越しました。

そのマンションは12畳ほどあるワンルーム。広くはなったのですが、この頃に体調が悪化します。

2001年は完全に1年休んで、2002年に平野区で再出発しました。

親が所有していた倉庫の2階がアトリエです。

スレート屋根だったので、暑さ寒さは強烈でしたが、60畳分をひとりで使っていたので、贅沢と言えば贅沢。

前の出っ張り部には、隠し階段もありました。

バラック感がたまらない建物だったのです。

その東隣にも小さな倉庫がありました。

そこに建てたのが、弟の家族が住む「平野西の家」です。

2004年の完成と同時に、隣の倉庫から1階にアトリエを引っ越してきました。

今年は2023年なので、ここで20年仕事をしたことになります。

西隣の倉庫は、2017年に解体して「R Grey」を建てました。

弟がオーナーのマンションです。

アトリエmは、これまでに4カ所で営業してきました。

自宅を新築してから、会社ビルを建てるのが理想でしたが、現時点で2軒建てるほどの体力はなく……

長男が東京の大学へ行ったことも後押しになりました。

自宅を売却した資金を元手に、もう少し大阪の中心へ引っ越そうと物件を探しているのです。

現在52歳。

しかも、娘の大学進学も控えています。

今更ながら健康が一番ということで、実家の物置スペースで10年振りにウィトトレーニングも開始しました。

元々、体力だけが自慢ですが、まだまだ身を粉なにして働く覚悟です。

5か所目のアトリエは、クライアントやスタッフが、もう少しアクセスしやすい所にしたいと思っているのです。

『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演

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「お客さん」と「消費者」、「お店」と「店舗」‐2012‐

日曜日の朝、空を見上げると少し雰囲気が違いました。

爽やかな春の空から、やや湿り気を帯びたというか……

と思っていたら、やはり今日から梅雨入りのようです。

晴れ間があるうちにと、4月にオープンした門真のアウトレットへ。

鶴見にあったアウトレット、「ブロッサム」は3月に閉館しました。

大阪南部からは、少しだけ遠くなったことになります。

「ららぽーと」が1、3階で、2階が「アウトレットパーク」。

ハイブリッドの大型ショッピングモールとあります。

混雑を覚悟してきましたが、駐車場は問題なく止めることができました。

駐車場はいつも上階派です。

5階から眺めると、丸い大屋根が目立っています。帰って調べると、門真市の環境事業部でした。

これ程大きな敷地には、パナソニックの工場が建っていたようです。

中央には大きな吹き抜けがあり、天井からは自然光がとりこまれています。

2階のアウトレットも、なかなかの人出。

1階には「黒門市場」の提灯が上がっています。

「ブロッサム」には、子供が小さい頃によく行ったので、中央の半屋外の広場は重宝しました。

しかし飲食店は少なかったので、この点は門真のほうが充実しています。

一日掛けて、存分にお金を落とせるようになっている訳です(笑)

私たち夫婦は、不足分の服を購入してすぐに退散。

夜は、娘がクラブで最高の結果を出してくれたので、3人で祝勝会でした。

お好み焼きの「わらい」。

チェーン店でない方が好みですが、喫煙のことだったり、ある程度の距離感が欲しかったりと、家族で行く時はこういった店に頼ってしまいます。

名物の「わらい焼き」と「焼きそば」は本当に美味しいので、金額にも味にも、何の不満もないのですが。

巨大ショッピングモール時代です。

セブンパークス天美がオープンしたのは2021年の秋でした。

オープン当初は、駐車待ちの車列が伸びていましたが、今は落ち着いています。

ここに行く時も、二上山を望む屋上駐車場が好みです。

私が子供の頃、クリスマスなどのプレゼントは近所のおもちゃ屋さんで買って貰いました。

このあたりだったかなと寄ってみると、うっすらと屋号が残っています。

もう無いかなと思っていたので、形があるだけでも嬉しいものです。

作家・沢木耕太郎は、20代の時、香港からイギリスのロンドンまでを乗り合いバスで旅します。

「深夜特急」という小説として発表するのですが、ヨーロッパと、その手前までのユーラシア大陸との違いをこう書いていたはずです。

Make things happen.
⇒自分が行動を起こさないと、何も起こらない。

Something Happens.
⇒勝手に何かが起こる。

個人商店なら何かが起こり、チェーン店なら何も起こらない訳ではないのですが、ニュアンスは近い感じもします。

消費者をマーケティングし、作り上げられたシステムは、最大の売り上げを出し、かつクレームの少ないシステム。その安心感はさすがです。

ただ、買う側は「お客さん」というより「消費者」で、「お店」というより「店舗」といった感じ。

時代はそれを望んでいますし、私も家族を持ち、そういった行動をとることが増えました。

本当に、違いを出せる個人商店を望むのなら、こだわりの親父の店に通い、あのおもちゃ屋さんでプレゼントを買い続けるべきだったのかも、などと思うのです。

私ひとりの消費など、何の足しにもなりませんが、「お店」がなくなっていくのはやはり寂しいものです。

「お」が付いていて欲しいのは、昭和生まれだけなのかもしれませんが……


『建築家・守谷昌紀TV』 ■

■■■4月6日 『かんさい情報ネットten.』 浅越ゴエさんのコーナー に出演
■■6月9日 『住まいの設計チャンネル』 「おいでよ House」公開
■6月16日 『ESSE-online』「おいでよ House」掲載

■ 『ESSE-online』にコラム連載

10月11日「テレワーク時代の間取り」
9月18日「冷蔵庫の位置」
6月18日「シンボルツリー」
6月5日「擁壁のある土地」
4月11日「リビング学習」
2月27日「照明計画」
2月14日「屋根裏部屋」
2月1日「アウトドアリビング」
1月4日「土間収納」

■11月28日『homify』の特集記事に「回遊できる家<リノベーション>」掲載
■11月17日『homify』の特集記事に「下町のコンクリートCUBE」掲載

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