カテゴリー別アーカイブ: 10 釣り

子供ってのは、預かりもの‐1480‐

 連休明けの月曜日、大阪はしっかり雨が降りました。

 そのぶん、ゴールデンウィーク後半は天気に恵まれ、絶好の行楽日和でした。

 私たちは、奈良の池原ダム近くのバンガローを取っていました。

 いつもは夜に走る東熊野街道(169号線)も、昼に走ると新緑が目に痛いほどです。

 少し余裕があると全く違う景色が見えてきます。

 前回に続いて釣りですが、今回は多少趣きが違います。

 家族の反対を押し切って、船を乗り換えた結果を出さなければなりません。

 結果とは「楽しませる」と「釣らせる」です。

 子供たちはスピード大好きなので、湖面を滑走するだけで喜んでいました。

 むしろ、そっちの方が楽しいようですが。

 長男と同船するのはいつ以来か。

 受験、中学に入ってのクラブ活動と忙しく、3年振りくらいでしょうか。

 今回は幸先よく、1尾を手にしてくれました。

 「魚はお父さんの大事な友達なので」とずっと言ってきたので、リリースは丁寧です。

 今回は家族に楽しんで貰う釣行です。

 昼は早めに上がって、ぱぱっとパスタを作りました。ソースはレトルトですが。

 夕方の部は、妻と長男。

 妻と釣りをするのも、2005年に長男の生まれる前以来です。

 ということは13、14年振り。

 それまでは結構一緒に行っていたものです。

 僅かの時間でしたが手早く2尾をキャッチ。

 母親の面目躍如です。

 夜は、家族3人を温泉に行かせ、本気モードで、最速、最善を尽くして食事の準備をしました。

 たかが炭火焼、されど炭火焼です。

 渾身の焼き鳥とステーキを、3人とも喜んで食べてくれました。

 2日目の朝の部も、長男、娘と早起きして湖上にでました。

 以前はそこまで熱心でなかった長男ですが、中学生になって色々なことの呑み込みが早くなった感じ。

 今回の最大のサイズをキャッチ。全て自力で釣りあげました。

 こうなってくると娘に釣らせなければ、ヘソを曲げてしまうパターンです。

 多少裏技を使ってまずは1尾。

 そしてもう1尾は、正真正銘、全て自分で釣りあげました。

 これで最低限の任務は完了です。

 船上で湯を沸かし、インスタントラーメンと、お父さん特性のチーズレタスサンドの昼食です。

 娘はカップラーメンが辛すぎて嫌いなのですが、何とか食べられると分かったのがチキンラーメン。

 安藤百福さんに感謝です。

 反対に、長男はカレーヌードル大好き。これも日清とは、やっぱりすごいメーカーです。

 バックウォーター(最上流部)での冒険アトラクションも忘れてはなりません。

 オールを使っての急流下りも必須なのです。

 サルなどが出てきてくれると、更に雰囲気は盛り上がります。

 この時期は子ザルが多いので、出会える確率がぐっと上がるのです。

 私は自然の中に居るのが好きだし、この大自然を子供に見せてやりたいと思っています。

 また、深く自然と関われる釣りの楽しさも伝えたいとも思っています。

 現地で話した、同年代の子供を持つ男性が「釣らせたいから、もっとこうしなさい、ああしなさいというと、最終的には一緒に来てくれなくなった」と言っていました。

 よく分かります。

 親とはそういうものです。

 ビートたけしは、こんなことを言っていました。

 子供ってのは、預かりものだと思わないと。

 出来ているかどうかは別にして、この感覚もよく理解できます。子は自分の所有物ではないのです。

 神様なのか、天からなのか、お預かりし、何とか世の役に立てる人にしてお返しする。

 それが親としての究極の理想だと私も思います。

 長男の身長が160cmになり、足のサイズは私を超えました。

 中学2年生と言えば14歳になる歳です。大学で家をでるなら、一緒に暮らすのはあと5年弱。

 預からせて貰う時間も、終盤に入りました。

 力みすぎるでなく、達観するでなく、自分にできることをしたいと思うのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日(日)「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売に「回遊できる家」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売に「阿倍野の長家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

いちばん小さな海‐1479‐

 前回は、仕事のことを書きました。

 今回、次回はゴールデンウィークモードでいきたいと思います。

 久し振りに父の船で釣りに行ってきました。

 大阪湾と友ヶ島の間にある紀淡海峡。潮流が速く、魚も豊富です。

 岸和田から出船し、1時間程かけてやってきました。

 今回は、父、私、娘、弟、甥っ子の5人で釣行です。

 小5の子供が2人なので、いわゆるファミリーフィッシング。

 確実に釣れる、根魚狙いです。

 娘も釣りは久し振りですが、早速ベラを釣り上げました。

 ベラ、ガシラが飽きない程度にポツポツと上がってきます。

 甥っ子は子供たちの中で一番の釣り好き。マイロッドまで持っていました。

 2人で楽しんでくれたなら何よりです。

 今回一番大きい魚は私の釣ったアジ。

 40cmくらいでしょうか。

 で、夜の食卓へ。

 船上で父が〆てくれたので、身が引き締まって歯ごたえが別次元。

 娘はアジの刺身が何よりも好物で、その歯ごたえを満喫していました。

 ガシラとベラは、から揚げに。

 淡白な白身に旨みが増すので、私この食べ方が一番好き。

 開高健は「顔のヘンな魚ほどうまいものだよ。人間もおなじ。醜男、醜女ほどおいしいのだよ」といいました。

 こんなことを書くと、ガシラとベラが夢にでてくるかもしれません。

 肉より、魚のほうがいい年齢になりましたというか、なってしまったというか……

 これも豊かな海の恩恵です。

 生命はこの海から40億年前に誕生しました。最後は、ちょっとロマンティックに締めたいと思います。

 なみだは人間の作るいちばん小さな海 -寺山修司-劇作家

 全ての源である母なる海。ひととき波間を眺め、心静まるのを待ちます。

 私の体の中にも海があるのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日(日)「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売に「回遊できる家」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売に「阿倍野の長家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

男のロマンⅡ‐1474‐

 普段、アトリエmのwebサイトは100~250回の閲覧があります。

 土曜日の放送後は、900回以上の閲覧がありました。

 やはりテレビの効果は大きいものです。

 私も一視聴者として楽しませて貰いました。

 ものおじしない奥さんなので、テレビも絶対大丈夫だろうなと思っていましたが、自然体で「羽曳野の家」の特徴をあますことなく語ってくれました。

 ご主人、お子さんも活き活きと楽しそうで、本当にご紹介して良かったと思います。

 なぜかメールが上手く届かなったので、この場でお礼しておきます。

 週末は、雨予報で撮影が中止に。急遽、奈良県の池原ダムまで行っていました。

 20代前半から、海、湖へ行く時は車の上にボートを積んで運びました。これを「カートップ」と言います。

 私は四駆一筋なので、普通車に比べるとかなり高い位置に積むことになります。ギックリ腰になること3回。

 10年前くらいから、牽引でボートを運びたいと思っていました。

 先日、ようやく牽引登録を済ませ、バスボートに乗り換えることにしました。バスボートとは、ブラックバス釣り専用のボートです。

 家族には、「家を建ててから」と言ってきたので、勿論全員が反対。

 しかし、10年間自問自答してきました。

 「贅沢過ぎる? 分不相応? 分とは? 贅沢とは……」

 十分に蓄えはできた。しかし95歳になった。これでは意味がありません。

 今がその一点だという結論に至りました。全て言い訳ですが。

 スロープでは、スタッフがボートをおろしてくれます。

 ボートをおろして10分くらいで、幸先よく42cmの1匹目。

 この岬は、22年前の5月4日、当時日本記録級を釣った場所です。

 その対岸にある、小さな張り出しについて居ました。

 バス釣り専用のボートなので、魚群探知機もそれ用にセッティングされています。

 その10分後、今回最大の魚を仕留めました。

 50cm1.6kg。

 沖の立ち木に、6匹ほど群れていた鼻先に、水面に浮くルアーを投げました。

 ピクピクと動かすと、奪い合うような動きになりフックアップ。

 狙い通りの釣り方で、今回の中でも会心の1匹でした。

 バス釣りは、持って帰ったり、食べたりしないので、大きさと共に、釣り方に拘る人が殆どです。

 その過程を楽しむ遊びと言ってもよいでしょう。

 その後、小さい魚も釣れましたが、もう1匹50cmがらみを釣り上げました。

 澄んだ湖の上で、自分の思う場所へ移動し、魚を求める。

 ハンティングのような遊びなのです。

 エンジンも大きくなり、かなりスピードがでます。

 ちょっと怖いくらいなので、私は安全運転ですが。

 ゴールデンウィークの前半限定ですが、是非と言う方は2、3日中に連絡下さい。

 池原ダムのバックウォーターまでご案内しますので。

 2013年の5月、「男のロマン」は土間だと書きました。

 広辞苑で「ロマン」をひくとこうあります。

① 近代にロマンス語で書かれた、伝奇的要素の多い散文物語。

② 一般に、長編小説。

③ 夢や冒険への憧れを満たす事柄。

 私にとっての夢と冒険への憧れを満たす、物語の第2章が始まりました。

 「男のロマンⅡ」はボート(趣味)だとします。

 ロマンシリーズはⅢ部で完結します。「男のロマンⅢ」は今冬にUPしたいと思います。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日(日)「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売に「回遊できる家」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売に「阿倍野の長家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

さらば、LOWEの14フィート‐1440‐

 先週の月曜日は、湖での話を書きました。

 今日は海の話です。

 このボートが我が家にやってきたのは1988年、私が高校2年生の時です。

 父が購入したもので、船名を「MGⅡ」といいます。会社の屋号「守谷硝子店」からとったもの。

 ちなみに先代の「MGⅠ」はエンジン付きでゴムボートでした。

 およそ30年、海に湖にと付き合ってもらいましたが、ついに廃船することになりました。

 スクラップ工場へもちこむと、再生できる金属として引き取っとくれるのです。

 ようはアルミ屑となってしまう日。

 重量が約80kg。

 90円/kg、7千円ほどで引き取られていきました。

 舳先が曲がっているのは、クレーンから落とした痕跡で、それによって亀裂が入ったところは、アルミ溶接で修理してもらいました。

 まさに満身創痍だったのです。

 計量を終えるといよいよ解体棟へ。

 フォークリフトは言ってみれば霊柩車。

 「最後のお別れをしてください」という場面です。

 LOWE(ロウ)は、アメリカのブラックバス釣り用のボートです。

 持ち運びがしやすいので、海にも使っていました。

 しかし、約10年前から船底にクラックが入りだし、海専用にしました。補修を繰り返しながら使っていたので、寿命は全うしたと思います。

 海の思い出は、ほぼこの船とともにあります。

1992年9月1日

 大学生になってからは、毎夏フル稼働。

 こんな小さな船で海にでる体験はそうないはずなので、皆が喜んでくれたのだと思います。

 クルマは初代のハイラックスサーフ。

2007年9月22日

 2歳の長男といつも船を下す港の主、Sおっちゃん。

 私の最年長の友人です。

2008年9月14日

 Sおっちゃんは、父の古い友人です。

 海でのマナー、海での遊び方を教えてもらいました。

 この日は2人で痛飲。

2009年8月23日

 娘も1歳半になり、浜遊びができるように。

2009年9月13日

 ここがSおっちゃんの海での家。

 車は2代目のハイラックスサーフに。

 この船があったおかげで、磯で魚を突いたり、タコを獲ったりできたのです。

2012年7月29日

 娘も4歳になり、船遊びの楽しさも少し分かるように。

 長男が釣ったアコウ。

 とても美味しい魚です。

 長男は7歳になり、沖で潜りはじめた頃。

2009年9月2日

 従兄弟たちと。

 海の中は、いつも極彩色です。

 子供達に一番見せたかったのは、その景色だったと思います。

 獲物の基本は、小物のガシラですが。

2014年9月14日

 沖からみる海は、いつも本当に美しいものでした。

 車は初代ディスカバリーに。

 長男は、1人で潜るようになりました。

 家族で乗ったのは、この日が最後になりました。

 荷物を満載した車4代とともに、夏の相棒でした。

 80kgある船を引きずり回しながら、積み下ろしするのが私の夏でした。

 準備は大変でしたが、それが無くなると思うと、正直寂しいものです。

 心残りは、子供2人が中学生になるまで、このボートで遊べなかったことでしょうか。

 クルーザーは持てなかったけど、海面が近いこのボートで日本海に出るのが好きでした。

 車や船が去っていく時、言葉が尽きることはありません。

 形あるものはいつか壊れる。命あるものはいつか尽きる。

 分かってはいますが、30年も私に仕えてくれて、今は感謝の気持ちしかありません。

 さらば、LOWEの14フィート。

 今は次の船をイメージできないのです。

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました■■■

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

趣味を仕事にする‐1438‐

 芸術家・岡本太郎は「私は趣味などという卑劣なものをもたない」と言いました。

 さすがは岡本太郎、といったところです。

 私の趣味は釣り。

 岡本太郎の域には達していないことになりますが、1年のうちの10日間、湖上に浮いている時間はやはり幸せです。

 妻に「休めそうなので釣りに行こうかと思う」と言うと、「この寒いのに?」と。

 確かに、明け方は氷点下。山頂部には冠雪も見えていました。

 しかし、好きや趣味に寒さは関係ないのです。

 奈良県下北山村にある池原ダムに魅せられて20年強。

 1988年、村が中心となりブラックバスを観光資源として放流しました。

 美しい大自然と共に、村が釣り客を歓迎してくれるのも、ここに通う理由です。

 放流されたのがフロリダバスという種で、 日本でも最大級の魚が釣れることでも知られます。

 そのひとつの基準が60cmオーバー。通称、ロクマルです。

 水面まで上がってきた時、久し振りに「超えたか?」と思いました。

 が、測ってみると57cm、2kg。

 残念ながら60(ロクマル)には届きませんでした。

 春、夏、秋に比べ、数が釣れない冬は基本大物狙い。

 若干濁りがあったこの日は、特大を狙って20cm以上ある巨大スプーン(ルアーの種類)でスタートしました。

 水温は低いものの、新鮮な水が流れ込んでくるエリアにいる、体力のある個体を狙いました。ここまで読みが当たるとまさに爽快。

 湖で食事をしていた時、スプーンを水中に落としてしまい、それに魚が食いついてきたのがその名の由来です。

 ルアーフィッシィングの始まりともいわれ、その後スポーツフィッシングとして、欧米で社会に浸透していきました。

 バスフィッシングにはプロの試合があり、それらに参加するのがバスプロです。

 サッカーにJ1、J2があるように、バスプロの世界にもクラスがあり、最上位のカテゴリーをTOP50と呼びます。

 昨年まで、このカテゴリーで活躍していた北山睦プロと、昼食が一緒になり、その世界での話を聞かせてもらいました。

 ちなみに、2015年に長男へルアーをプレゼントしてくれた山岡計文プロは下北山村の出身で、今年は年間3位の活躍。まさにトッププロとなりました。

 北山プロはTOP50の権利を持ちながら、諸事情で一旦撤退したそうですが、その話がとても面白かったのです。

 トップカテゴリーに参加するのにはいくらの費用がかかる、1位の賞金は数百万円で、6位は微々たるもの。

 また「この時期ならどの場所で、どんな深さを、どんなルアーで、どのようなコースを通すかで釣果は変わってくる。釣れる人と釣れない人の差があるとすればそれくらい」と。

 帰り際も、更に釣りの話を聞かせてくれました。

 トッププロだけあって、極めて論理的。聞いているだけで釣りが上手くなる気がします。

 この閑散期にやってきた甲斐がありました。

 年末年始もここで過ごすそうで、本当に釣りが好きなのだと分かります。

 サッカー少年がJリーガーになるように、好きが仕事になるのは理想的です。しかし、その道が楽であるはずがありません。

 スポーツとはそもそもが遊びや娯楽なので、行為自体に楽しみがあります。娯楽を仕事にする訳なので、もちろん競争は激しいものになります。

 また、それ自体に生産性がある訳ではないので、この大量消費社会、高度情報化社会であるからこそ、職業たりえるのです。

 「職業に貴賎なし」が大原則なので、軽んじるつもりは全くありませんが、はっきり言えば無くなったからと言って、生死に直接の影響はありません。

 若者が車を持たないなど、バスフィッシングも2000年あたりをピークに、どちらかといえば衰退傾向です。

 北山プロにしても、山岡プロにしても、そのあたりを分かっているので、裾野のファンを大切にするのです。

 大相撲の問題をみると、全く反対の印象を受けます。

 私の年代で、相撲ファンを見つけるのは相当に困難です。あまりにも低い道徳観と、世間とのギャップをみると、怒りに近いものを感じます。

 国鉄や郵便の民営化よろしく、国技という冠を外して欲しいとさえ思うのです。

 この類の話しを長男にしたとき、「建築家がいなくなっても、誰も死なないじゃない」といわれました。

 全くその通りです。だからこそ、違いを求める人達に選んで貰えるよう、仕事に打ち込むしかないのです。

 私の釣り自慢から少し話がそれました。

 元監督の野村克也は、タニマチの存在が一時、阪神の選手を駄目にしていたと言っていました。

 タニマチは相撲用語。甘やかす、は全ての巨悪の根源なのです。

 相撲協会は、勇気をもって極めて厳しい判断をしてもらいたいと思います。

 でなければ、未来はないというところまで来ていると思うのです。

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

けいこ不足を、幕はまたない‐1432‐

 土曜日の夜、娘と大阪を発ちました。

 助手席で寝ているあいだに、奈良県下北山村に到着。

 日曜日は1月並の寒波到来で、寒い1日になりました。

 早朝は2度くらいだったでしょうか。

 娘と2人で釣りにやってきましたが、防寒対策はスキーウェア。

 こんな中でも付き合ってくれるのです。

 日中は晴れ間が広がり、良い天気になりました。

 奈良県下北山村は常緑樹が多いのですが、ところどころにあるヤマモミジが真っ赤に染まっています。

 釣りのほうは、何とか午前中に1匹手にすることができました。

 しかしこの時娘は休憩中。

 朝は一緒に出船したのですが、やっぱり寒いからと一旦車に戻っていました。

 休憩時は本を読むんだと、沢山の本を持ち込んでいます。

 寝袋に入り、サンルーフのシェードを開け、青空を見上げながらの読書タイム。

 本当に本好きで、飽きることなく読んでいるのです。

 折角ここまで来たのだからと、昼食後、再び一緒に出船しました。

 で、何とか1匹釣りあげました。

 外道(狙っていた対象ではない魚)のニゴイでしたが、これが45cmの大物。

 娘は大満足で、これにてストップフィッシング。帰路についたのです。

 帰り道は2時間半のドライブですが、いろんな話をしました。

 とても成長したなと思ったり、小学4年生もなかなか大変だなと思ったり。

 面と向かい合って話すより、流れる景色を見ながらのほうが、気楽だし話が弾むものです。

 1983年、梅沢富美男の「夢芝居」という曲がヒットしました。

 けいこ不足を 幕はまたない

 恋はいつでも 初舞台

 恋だけでなく、子育ても同じです。

 娘の父をするのは初めてですし、もし次女がいたとしても、次女の父をするのも初めてです。

 子供は2人目ですが、全くパーソナリティが違います。

 そう考えれば、何事も全て初めてとも言えそうです。

 初めてなので、間違ったり、正解したりしながら親子とも生きていくのです。子には申し訳ないのですが、全問正解はないのです。

 仕事においても、フレッシュな目で見たほうが、よりよい判断ができるのではと最近思うようになりました。

 経験から経験を捨てることを学んだような気がします。

 「夢芝居」の作詞作曲は小椋桂でした。

 けいこ不足を 幕はまたない

 これぞ小椋節。いい詞だなと思うのです。

静寂は幸せへのキーワード‐1422‐

 今週は秋雨前線が停滞するようです。

 明日は地鎮祭があるので、式典中だけでも止んでくれると嬉しいですが。

 昨日は、丸1日休みだったので、奈良県下北山村の池原ダムへ行ってきました。

 冷たい雨が降る中、レインウェアを着て一日湖に浮いているなど、正気の沙汰ではありません。

 しかし、そんな変わり者がこれだけ。

 遠くは名古屋ナンバーもありました。

 惚れて通えば千里も一里。雨が降ろうが矢が降ろうが、各地から集まってくるのです。

 状況は厳しめでしたが、かわいいサイズの魚は顔をだしてくれました。

 岩場を悠々と歩くニホンザル。

 繁殖期はアピールもあって、特に赤くなるそうです。

 立派な体躯は堂々としたものでした。

 仕事がら、いつが休みになるのか分からないので、私の遊び相手は専ら家族かモノ。

 小さくはありますが、この愛艇のおかげで自然を満喫できるのです。

 車も同じ。

 当たり前ですが、文句も言わず付き合ってくれます。

 モノですが、それ以上の愛着をもっているつもりです。

 ある音楽家が、「車を運転する時間は耳を休める時間なので、音楽をかけないんですよ」と言っていました。

 それを聞いてから、何もつけない時間をとってみることにしました。

 風をきる音だけが聞こえ、ただ山道に合せてハンドルをきる時間。それが意外に心地よいのです。

 モノの本質は沈黙にあります。だった、と言ったほうがよいかもしれません。

 給湯器が「お湯張りが終わりました」と喋るようになりました。

 そのうち冷蔵庫が「牛乳の賞味期限がきれています」と教えてくれるようになるそうです。

 人工知能が発達し、モノ発信でトラブルを回避してくれるようになります。

 しかし、問題が少ないことと、幸せは必ずしも一致しない気がするのです。

 情報が洪水のように押し寄せてくる時代です。

 静寂は幸せへのキーワードなのだと思うのですが、それは好みによるものなのでしょうか。

おもしろおかしく‐1407‐

 私のジョギングコースに、細長い公園があります。

 大阪市平野区には、以前チンチン電車が走っていました。

 西成区の今池と平野を結ぶ南海平野線です。

 1980年に開通した地下鉄谷町線が、ほぼ真下を走ることになり、廃線となりました。

 公園は終点の平野停留所跡です。

 平野は中世から綿の貿易で栄えた、環濠都市でした。

 神社仏閣も多く残りますが、今朝は地蔵盆の準備がなされていました。

 地蔵盆は街角にあるお地蔵さんにお供えをするもの。

 主に関西の風習のようですが、子供の安全を祈念します。

 平野も決して上品な街ではありませんが、辻地蔵があり、線香の香りの立つ風景は、やはりよいものです。

 暑い暑いといっているうちに8月24日。

 学生たちの夏休みも間もなく終わりです。

 現在、オープンデスクに3名の学生が参加しています。

 朝のミーティングでは、1日のスケジュール確認、そしてフィロソフィー勉強会にも参加してもらいます。

 勉強会といっても、皆のモチベーションを上げる時間なので、できるだけ分かりやすく、元気のでる話をするようにしているつもりです。

 社是が「おもしろおかしく」の堀場製作所。2015年になくなった創業者・堀場雅夫さんはこういいました。

「成功の道は、おもしろい仕事をするか、おもしろく仕事をするか」

 まさに至言です。

 「おもしろい」は心で感じることなので、多分に本人の意思に影響をうけます。しかしこう続きます。

 「人間は好きな仕事なら2、3日寝なくとも平気だが、イヤな仕事なら1、2時間でダメになる。どちらが効率が上がるかは自明の理。そういう状態に労働者を置くのが経営者の役割」

 「おもしろおかしく」社員が働いていないなら、それは経営者の責任だということなのです。

 30歳の時なら「そんな殺生な」といったと思いますが、やはりその通りなのだと思います。

 まずは、どんなことでもリーダーが楽しもう、面白がろうとすることだ大切なのだと思います。親が楽しそうに掃除をしていたら、子供は掃除機を奪い合うかもしれません。

 仕事も同じです。

 最後は、ビートたけしも敬愛した、指パッチンで知られたあのひとの言葉で締めたいと思います。

 ドーランの 下に涙の 喜劇人 
 - ポール 牧 - コメディアン

おおいなる野外へ‐1396‐

 今日は海の日で祝日。

 今年も恒例の釣り合宿でした。

 奈良の最南端、池原ダムへ。

 長男と釣りにくるのは昨年の海の日以来。実に1年振りです。

 小6と中1では身長も随分違います。大きくなりました。

 暑いのは人も魚も一緒。

 水の冷たい最上流部からチェックします。

 かなり小さくはありますが、狙い通りの1匹を釣り上げました。

 釣りは自然が相手なので、いつも同じとはいきません。

 季節、天気、水温などの情報から、魚の居場所を想像し、釣りなが絞り込んでいきます。

 サイズを測ってリリースするだけですが、自分の仮説が正しかったとき、何とも言えない満足感と、清々しさを感じるのです。

 長男がテニスもしたいと言い出しました。

 高校のとき2、3ヵ月テニス部に属していただけですが、子供の相手くらいなら何とかなります。

 嫌というほど汗をかいて、夏の1日を満喫しました。

 野外好きは小さい時からで、中学生になると電車に乗って遠出するようになります。

 中2の夏、リュックにテントを詰め、釣り道具をもって4人で淡路島へ出掛けました。

 適当な浜にテントを張り、釣ってきた魚を調理し、それなりの食事をつくって2泊くらいしたでしょうか。

 ひもじそうにみえたのか、近所のおばさんが、飲み物や食べ物を差し入れてくれたのです。

 夜はすることもないので、ずっと流れ星を探していました。

 高校1年の夏、兵庫県の香住でテントを張って寝ていると、急に豪雨になりました。

 近くの高級そうなカニ旅館に駆け込み、1人2千円で食堂に雑魚寝させてもらったこともありました。

 翌朝は、少しカニ飯をサービスしてくれたのです。

 社会人2年目だったか、広島の山奥にあるダムがよく釣れると聞き、3人で向かいました。

 スロープから船を下ろして1日釣りをしたのですが、確かによく釣れるのです。

 釣りの最中、岸から半島のように張り出し、平坦な所がある場所を見つけました。

 元々どこかで野宿するつもりだったので、ここに泊まれば、夜も朝もいくらでも釣りができると思い、上陸してテントを張ることにしたのです。

 思う存分釣りを満喫し、食事をつくりビールを飲んで、大の字で寝ていたのですが、深夜に揺り起こされました。

 「いっぱいの目がこっちをみてる」と。

 テントから顔をだしてみると、真っ暗闇の中、無数の獣の目だけがこちらを見ているのです。

 こんなこともあろうかと持参していた「かんしゃく玉」を足下に叩きつけると、夜露に濡れたか蚊の鳴くような音。

 結局、追っ払えたのかも忘れてしまったのですが。

 昨今の熊情報を聞くとゾッとしますが、今こうして生きているので、全て笑い話で思い出です。

 ダラダラとした休日の午後。どんよりとした屋内ほど苦手なものはありません。

 野外へ出かければ何かしら問題が起こり、それなりに解決し、笑い話になり、少しの充実感を得る。間違いなくそうなるのです。

 開高健はこう書きました。

 木のように立ったままで私は頭から腐っていく。

 部屋の壁が倒れかかってくるように感じられる瞬間がある。

 白い紙が鋼鉄の罠に思えてくる。

 空白と沈殿で指一本持あげることもできなくなる。

 指紋で意識が混濁し、萎えきってしまう。

 そんなときである。

 だからだ。おおいなる野外へ出ていくのは。

-開高健- 『オーパ、オーパ!! 国境の南』より

 私も感性の錆を落とし、心の澱を洗い流すのが習慣になりました。

 そう、おおいなる野外へ。

壁は扉に変わらない‐1366‐

 4月に入り、新年度が始まりました。

 現在進行中の計画で、釣り好きのご主人が2人います。

 ともに「忙しくて、全く行けていない」と聞いているので、ちょっと書きにくいのですが、七色ダムへ行ってきました。

 七色ダムは奈良と三重の県境にあり、大阪から2時間半ほど。

 随分道もよくなりました。

 山桜は一番進んでいるもので7分咲きくらい。

 来週には満開になりそうです。

 すぐ北にある池原ダムとともに20年通っていますが、七色というくらいなので、本当に色鮮やかな湖です。

 これらの写真を撮ったことで、私の目的は半分が達成されているのです。

 残り半分の釣りですが、ボートの数はさほど多くありませんでした。

 寒い冬から春に向かい、水温が上がりはじめるこの時期。

 三寒四温と温度の変化も激しく、なかなかに釣り辛い時期でもあります。

 一昨年、昨年と、年初めの1匹を釣るまでに、2、3回の釣行を要しました。

 例年の反省も踏まえ、最も条件が良いと思う場所で徹底的に粘るというプランをたてました。

 めぼしいところをチェックした後、決めたのはダム最上流部から初めに大きく曲がっているエリア。

 春を意識した魚が、ユラユラと行き来するのが最も多く見えた場所です。

 今日はこの場所で心中と決めたのです。

 朝の10時頃、確かな生命感がロッドに伝わってきました。

 慎重にとりこんだのはコンディションのよい35cmのブラックバス。

 気が向いた時に来れば、いつでも私と遊んでくれる唯一の親友です。

 手を離せば、急いで水中に帰って行きますが。

 「春は最上流部」はバス釣りの鉄則です。

 このエリアをフラフラと動き回るのですが、水温が低いので目の前にルアーを持っていかなければ食べてくれません。

 私が心中と決めたのは、岸から3mほどにある大岩が沈むポイント。

 この岩が魚の回遊ルートを狭め、かなり限定してくれると考えました。

 また、大岩の後ろにボートをつけることで、こちらの気配も消すことができます。

 岸と大岩の間にルアーを置き、回遊してくる魚をとことん待つと決めたのです。

 釣りなど全く興味がない、という人がここまで読んでくれることは無いかもしれませんが、バス釣りの面白さが少しは分かっていただけたでしょうか。

 扉に変わるかもしれないという、勝手な希望にとらわれて、壁をたたき続けていてはいけません。
 
 -ココ・シャネル-

 現実の情報が、願望によって曲げられているケースは、仕事の場面でも、遊びの場面でもよくみられます。

 色眼鏡でみる、という表現もある通り、現実をできるだけ正確に、透明な目でみることは、全てにおいての第1歩です。

 シャネルをトップブランドに押し上げた要諦なのかもしれません。

 また、孤児院で育ったココ・シャネルにとって唯一の願いだったのではとも想像するのです。