カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

お金も、名誉も、小さく霞んでしまう‐1615‐

 会社に宅急便が届いた時は、必ず「どこからの荷物ですか?」と聞くようにしています。

 時々間違いもありますし、強盗である可能性もないではありません。

 「知らない物は受け取らない」くらいの気持ちで出るようにといつも言っているのです。

 配達の人が「○○様からです~」というと、妻は梨と気づいたようで、軽いフットワークで受け取りに行きました。

「千葉の家」のクライアントから、『しろい梨』が届きました。

 「お気持ちだけで十分です」と何度かお伝えしたのですが、今年も頂いてしまいました。

 竣工してもう6年になるのに、本当に有り難いことです。

 子供たちは早速かぶりついていると思います。

 その長男は、この夏のシアトル行きで、マグカップをお土産に買ってきてくれました。

 スターバックス1号店の限定品らしく、15ドル程だと言っていたと思います。

 シアトルはマリナーズがあるくらいですから港町です。

 また、私の想像よりはるかに大きな都市のようです。

 マイクロソフトの本社もすぐ近くで、見学に行ったそうです。

 スターバックス1号店は海のすぐ近くにあります。

 4店舗しかなかった町のコーヒーショップを、ハワード・シュルツは世界的規模にまで発展させました。

 1号店だけが、昔のロゴを使っているらしく、凄い人気で、1時間並んで買ってくれたとのことでした。

 これはコーヒー豆でできた豚?

 写真は全て本人撮影ですが、あまり良く分かっていませんでした。

 保存しておこうか?と聞くと「別にいいよ」と。

 私は海外の街並みを見ているだけで、ときめくのですが、若いということは、写真を必要としないということかもしれません。

 物も嬉しいですが、やはりその背景にある物語、気持ちが、物を物以上の何かにしてくれるのだと思います。

 昨日、もうひとつ嬉しいプレゼントが届きました。

 7月初めに住宅誌の取材で伺った「回遊できる家」のゲラが上が、先日上がってきました。

 その確認を奥様としている際に「3年後の感想」も送ってくれたのです。

 ご本人から「文章におかしなところがあれば、守谷さんが校正、継ぎ足しして下さいね」と言って貰いましたが全く不要でした。

 これだけ臨場感のある文章は、苦労の過程、また気持ちが入っていないと書けないと思います。

 お金も、名誉も、感謝の気持ちの前では、小さく霞んでしまいます。

 時々、こんなご褒美を貰えるから、何があったとしても頑張ることができるのです。

 多少私に気を使って貰っていたとしても、この仕事とこの作品を心から誇りに思うのです。

【3年後の感想-回遊できる家-】

 リフォームして、ちょうど3年が経ちました。

 設計をお願いした頃は2人だった子どもも、今は4人になり、4番目の息子は3歳なりました。

 長男はお友達が呼べるこの家をとても気に入っています。多い日では、お友達が12人も来たこともあります。

 次男はプラーレールのレールを部屋いっぱいに広げることができるこの家が好きです。

 長女はおうちの中でかくれんぼをするとこが大好きです。

 三男は、この家が生家となりました。

 何十社ものリフォームプランを見て、どうしても納得いくプランが見つけられなくて、でも諦められなくて、1度建築家さんの話を聞いてみてから、それでもダメだったら諦めようというところまできている時でした。

 私たちの理想は、30個以上あったと思うのですが、全部叶えて下さいました。勿論、予算の関係で実現不可のものもありましたが、必ず代替え案を考えて下さいました。

 夢に少しずつ近づいていったあの日々が懐かしく、今でももう一度体験したいほど楽しい日々でした。

 3年が経ち、子どもたちの落書きが増え、物も増えましたが、リフォームをして本当によかったと思っています。

 当初暑さ寒さの問題で、吹き抜けを心配していましたが、エアコンの効きもよく、気密性の高いおうちにして頂いて感謝しています。

 明るさも南の窓と天井のガラスの瓦から光が届き、夜以外電気をつけることがなくなりました。

 子どもたちは、回遊できるこの家で、毎日走り回っています。この三年間ほぼ毎日走り回っていて、回遊できるおうちにしてよかったです。

 3年住んで子どもたちの遊びも高度なものになり、今は家の中でお祭りごっこ、屋台ごっこ、お店屋さんごっこなど、レパートリーは無限です。

 その日々新しい遊びを考えるこの子たちとこれから5年、10年と月日を重ねていきたいです。

 

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送

■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

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【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

Right Away=直ちに‐1612‐

 多くの会社は、土曜日からお盆休みでしょうか。

 昨日の日曜日、渋滞はありませんでしたが阪神高速湾岸線も結構な交通量でした。

 長男がシアトルから帰ってくるので、関空までお迎えに。

 昨年の台風で損壊した連絡橋も復旧済。あっという間に1年が経ちます。

 関空のターミナル1はレンゾ・ピアノの設計です。

 イタリアの国民的建築家と言ってよいと思いますが、確か指名コンペで勝ち取ったはずです。

 妻と娘を先に下して、初めて展望ホールに上りました。建物のフォルムがよく分かります。

 1994年の開港なので25年が経ちますが、グライダーの翼をイメージしたというフォルムは全く古さを感じさせません。

 離陸を眺めていると、3分間隔のよう。

 文字通り、飛行機が列を成して待っています。

 200~300mは離れていると思いますが、凄いエンジン音が響いてきます。

 ふわりと機体が浮かぶまで、およそ40秒。

 すぐにでも飛んで行ってしまいたい気分になるのです。

 航空機のデザインも多種多様になりました 。

 こちらは中国東方航空。

 機体の大きさがインバウンド客の多さをそのまま表しています。

 この派手な機体は香港エクスプレス。

 キャセイパシフィックの子会社で、格安航空会社(LCC)のようです。

 Lionの前にThaiの文字が見えます。

 こちらもタイのLCCのよう。

 MONGOLIANの文字が見えるのでモンゴルの航空会社なのでしょう。

 急に離陸が止まったと思ったら、海上保安庁の航空機が同じ滑走路に着陸してきました。

 すぐ目の前に海上保安庁があったのです。

 私が見ている間でも、ピーチは2度の離陸がありました。

 LCCが増えているのは時代を感じますが、最も目をひいたのもこの濃桃の機体でした。

 送れて行くと、到着ロビーはごった返していました。

 すでに長男達は手続きを済ませたよう。

 子供の世界があるはずなので、少し離れて待っていました。

 ひとつ約束を破ったので、厳しく叱るとへそを曲げていましたが、そんなことは関係ありません。男と男の約束は絶対守るものなのです。

 しかし、無事に帰ってきてくれてほっとしました。

 デルタ航空に乗っていたのですが、当日のネットニュースで「デルタ」の文字がでたので、一瞬身構えてしまいました。

 「成田を撤退して、羽田に集約」というニュースだったのですが。

 最近海外へ行けていないので、秋の連休に近場の香港へ行ってみることにしました。

 チケットと宿は全て妻任せなので「航空会社は?」と聞くと「キャセイパシフィック」と。

 長男はデルタで、私は香港エクスプレスかと勘ぐったのですが良かったです。

 LCCが駄目と言っている訳ではありませんが、一応親ですので。

 それより、今日もデモで全便欠航となっていました。

 主義主張は自由ですが、3日も帰ってこれない可能性があるなら、行くことさえためらってしまいます。

 空港に来れば、やはり米米CLUBの「浪漫飛行」。

 いつかその胸のなかまでも くもらぬように Right Away

 「Right Away」の意味が分かっていませんでした。「直ちに」だったのです。

 「迷ったら即行動」は故・星野仙一元監督の座右の銘。

 チャンスがあればいつも「Right Away」なのです。

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ブランドの盛衰とリアル無印‐1609‐

 今日から8月です。

 全国的にも暑い日が続きます。

 入道雲を見ると、やはり海へ行きたくなるのです。

 旧暦で言えば、落ち葉が舞い落ちるから葉月。

 旧暦と新暦ではズレがあるので、新暦なら葉が青々として葉月でしょうか。

 心斎橋筋商店街は、大阪で最も人の密度が高い場所のひとつです。

 娘の服を探すのに、心斎橋から難波まで歩きました。

 心斎橋側の入口横にはユニクロの旗艦店があります。

 2010年の完成で、設計は藤本壮介。同年代の建築家で、やはり刺激になります。

 ファーストリテイリング社の柳井さんへプレゼンテーションした際、即決だったとありました。

 新聞に流通業界の売り上げランキングが載っていましたが、イオン、セブンアンドアイに次いでユニクロ要するファーストリテイリング社は3位。

 三越伊勢丹を抑えてで、このブランドがどれだけ日本に浸透しているかが分かります。

 ここは小売の甲子園とも言える場所なので、勢いのあるブランドを感じることもできます。

 学生時代は沢山あったDCブランド等は、撤退しているところもありました。

 ドンキホーテの観覧車もすでに道頓堀名物。

 50年以上この場所を死守しているグリコにも、反対の凄みを感じるのです。

 この鞄屋さんも全く変わらずでした。

 高島屋前まで1.5kmくらいでしょうか。

 高島屋前で90度東に向きを変え、なんば南海通りに入ります。

 少し進めばなんばグランド花月。

 新喜劇座長の酒井藍とすっちーが居ました。

 いずれも着ぐるみですが。

 角の「たよし」も40年以上前からあると思います。

 時期が時期だけに、あちこちでカメラが回っていました。

 笑福亭仁鶴、中田カウス・ボタンから、大木こだま・ひびき、そして矢野・兵頭、テンダラーまで。
 
 吉本新喜劇ともに、揺れに揺れる、吉本ブランドを長年支え続けてきた強者たちの金看板が並びます。

 ブランドの語源は、自分の家畜を見間違わないよう押した焼き印、「Burned」からきていると言われます。

 そこから派生して、銘柄を表す「brand」となりました。元の意味にブランド=高品質は含まれていません。

 しかし、「ブランド=過去への信頼」と言う事はできそうです。

 当社にも、軽い感じで「ブランディングしますよ」のような電話が掛かってきます。

 私の知らないこともあるでしょうが、食べ物ならいくらブランディングしても、美味しくなければ見放されてしまいます。

 面白くない芸人など論外。戦略の前に質があるのは間違いないでしょう。

 若いということは、反発することに等しく、世間という実態の分からない巨人と戦ってきたという感はあります。

 面白いことに、建築という極めて高価なものだからこそ、実績の無い私にもチャンスがあったような気がします。

 比率で言えば少数派でしょうが、これは実感としてあるのです。

 それを20年以上続けてきた今、自社がブランドを目指しているのか、あくまで少数派でよいと思っているのかは微妙です。

 建築には「定礎」という物があります。大きなビルなどの基礎部分に「○○年○月竣工 設計○○ 施工○○」などの記載がある石板がそれです。

 それらが美しさを損なうなら、不要だと私は考えてきました。

 となれば、やはりブランドは目指していないのでしょう。

 ただ、あの建築の設計者は誰なんだとなったとき、見つけて貰えるくらいの発信力は必要です。

 言うなれば無印良品のタグを外した、本物の無印良品を目指すことになるのです。

 そのハードルが高いことは承知していますが、そんな気持ちが心の底のほうにあるから、モチベーションが落ちることがないのだと思います。

 暑い夏。更に情熱を込めて。

 暑苦しいのは承知の上なので、ご容赦下さいませ。

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うつりこんで横浜‐1606‐

 謦咳に触れるという言葉があります。

 立派な人なら、咳ばらいでも聞く価値があるという意味です。

 7月18日(木)は、稲盛塾長最後の講和を聴くために横浜に居ました。

 今年いっぱいでの解散が決まっている「盛和塾」

 京セラを創業、一代で一兆円越えの企業へと成長させた稲盛和夫さんに学びたい人たちが集う場所です。

 2007年に入塾させて貰い、ほぼ毎年参加してきた世界大会ですが、人数が増え2008年からパシフィコ横浜が会場となりました。

 インターコンチネンタルホテルの左にあるのが、会場となる国立大ホール。

 ホールはいつも熱気が溢れていました。

 今年は、約4800名の塾生が世界各国から集まりました。

 私の席は、端ではありますが前から12列目。直接塾長が見える距離で講話が楽しみです。

 毎年の恒例行事でもあるので、横浜の建物も見て回りました。

 当時は日本一高かったランドマークタワーです。

 横浜球場の後ろに見えるのは横浜市庁舎。

 1959年の完成で村野藤吾の設計です。

 階段を大切にした村野らしいディティールです。

 飴色になった木の手摺が妖艶でさえあります。

 しかし新市庁舎が建設中で、来年の6月には移転の予定。

 始まりがあれば、必ず終わりがあるのです。

 87歳となった稲盛塾長は体調がすぐれずで、残念ながら欠席となりました。

 講話は代読となりましたが、その中で「経営について、私の考えは語りつくしたという気持ちが強い」とありました。

 もう十分に教えて貰ったので、これからは自分の足で立ち、歩いていかなければなりません。

 私が最も印象に残ったのは次のような行です。

 世界中を塾生の皆さんと一緒に旅をし、酒を酌み交わしたことが思い出として残っています。

 皆さんのおかげで、素晴らしい人生を送ることができました。
 
 それは塾生の皆さんが私に与えてくれたのです。

 人はここまで謙虚になれるのかと思います。

 塾長の言葉に全く嘘がないことは、直接薫陶を受けた人なら誰もが分かるのです。

 反対に言えば、ここまで謙虚でなければ、ここまで心を高めることはできないのだとも思います。

 寂しくもありますが、新たな闘志をもって、横浜から帰ってきたのです。

 翌7月19日の日経新聞にも、記事がでていました。

 記事は「盛和塾が幕を閉じても、一人でも多くの人を幸せにするという経営者の使命に変わりはない」と結ばれていました。

 このアングル、どこかで見たことが……

 探してみると、一番左下に居ました。

 自分の記事ではないので、喜ぶつもりはありませんが記念にはなりました。

 稲盛さんは言います。

 舗装された歩きやすい道は、エリートが歩いて行く。そうではない者が、前に行きたければ、ぬかるんだ道を行くしかない。

 泥んこになっても、靴が脱げてしまったらそれを何とか引っこ抜いてでも、行くしかない。

 何度も聴かせて頂いたので、骨の髄までしみ込んでいます。

 何があろうと、ネバーギブアップの精神で前に進んで行く覚悟です。

 最後におまけです。

 日曜日に、友達から「再放送みてるよ」とメッセージがありました。

 『大改造!!劇的ビフォーアフター』の私の担当回が、BSで再放送されていたようです。

 プライベートサイトの情報ですが、全300回以上ある中で、2番目に多く再放送されているようです。

 やっぱり「本当は大賞だったんじゃないか」と思っているのですが、それでは謙虚さが足りないか。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
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墨田区でジャポニスムを感じる‐1605‐

 今日は9:30amに両国駅に到着しました。

 大阪から大きな段ボール箱をもって、キッズデザイン賞の審査会場までやってきたのです。

 会場は、墨田川を都心側に渡ってすぐの所にあります。

 育成中だった芝も立派に育ってくれました。

 移動中に動いてしまった家具や人間を修正します。

 2階にある「あおぞらえほんしつ」と「もりのひみつきち」には、本物の材を貼り付けました。

 おなじく「こもれびひろば」にも。

 建築は本物を持ち込む訳にはいかないので、模型を任意で提出できます。

 物創りが好きでこの仕事を始めたので、模型の質、スピードともに自信はあります。

 しかし、私が模型を作っていたのでは仕事が滞ってしまうので、スタッフまたはオープンデスク生などに作って貰います。

 現在は人手不足で産休中の田辺さんに、育児の合間をぬって手伝いに来て貰いました。

 躯体は概ね組み上げてくれたので、最後の仕上げを私がしました。本格的に模型を触ったのは15年振りくらいでしょうか。

 出発の前夜、深夜まで作っていましたが、これは仕事というよりは趣味寄りだなと思っていたのです。

 審査会場は入らせて貰えずで、スタッフの人が内部に搬入してくれました。

 両国駅だけにこんなものが飾られていました。

 目の前が両国国技館ですが、その隣には……菊竹です。

 江戸東京博物館は菊竹清釧の設計で、1993年の完成。彼らしい思い切った提案です。
 
 しかし、完成した当時から賛否両論でした。

 今回が初訪問ですが、九州国立博物館を思わせる大きさと奔放さです。

 いわゆる名建築は「意外と小さいな」と感じることが殆どですが、菊竹は例外です。

 北九州博物館も、吉野ケ里遺跡のゲートも、小倉の競輪場も「大きい」のです。

 だから名建築ではないと言う訳ではありませんが、江戸東京博物館は一目瞭然の建物でした。

 これだけの1枚スラブが持ち上げられている建物を私は見たことがありません。

 最上階は巨大な一室空間。

 もうプランも何もなく、単純明快。その思い切りが菊竹らしいのです。

 江戸の街並みを再現した模型が人気でした。

 双眼鏡が置いてあり、それでみると江戸時代をのぞき見しているような気分になります。

 こちらの籠は、雅という言葉がしっくりくる籠。

 江戸から近代東京まで網羅しているこの館はなかなか見応えがありました。

 江戸東京博物館から、少し東に行くと「すみだ北斎美術館」があります。

 北斎がこの地に暮らしたからですが、2016年の完成です。

 設計者は、SANAAとしてプリツカー賞も受賞している妹島和世。

 外壁に切り込んだ開口部がいくつもあり、色々な方向からアプローチできます。

 開かれた館を目指しているのですが、コンセプト通りに多くの人でにぎわっていました。

 思い切った形に反して、光はとても柔らかい。

 1階ホールは出入りが自由で、外国人観光客ものんびり過ごしていました。

 特にこのスリットが印象的でした。

 4階の常設展だけのぞいてきました。

 展示室が撮影可なのは、空間を観に行っている私としては嬉しいところです。

 先の江戸東京博物館にも、北斎の家を再現していましたが、リアリティはこちらの比ではありませんでした。

本当に人かと思う程の仕上がりで、正直、ちょっと気持ち悪かったのです。

 北斎と言えば富岳百景です。

 その分かりやすくダイナミックな浮世絵は、印象派の巨匠たちの心をとらえました。

 いわゆるジャポニスムです。

 モネ、ゴッホ、ゴーギャンが学んだと聞けば日本人として誇らしくもあります。

 2つの館は設計者が違うので比較になりませんが、四半世紀経ち、日本の建築はこうまで変化しました。

 妹島の洗練された美しさは、妖艶であり清潔です。プリツカー賞受賞は伊達ではありません。

 しかし、菊竹のダイナミズムも忘れてはいけないものかもしれません。

 展望室からはエキスパンドメタル越しのスカイツリーが見えました。

 確か、SANNAがニューヨークで手掛けた出世作も、アルミエキスパンドメタルで覆われていたはずです。

 建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞は今年の磯崎新の受賞もあり、この10年で4人の日本人が受賞しています。

 現代におけるジャポニスムと言ってもよいかもしれません。

 同じ仕事をするものとして、とても誇らしいですが、私は妹島ではありません。

 もしプリツカー賞を取りたいなら、全く規模の違うアワードですが、それでも一歩ずつ歩を進めていくしかありません。

 久し振りに気合十分で作成した模型ですが、本物を貼り付けた、小さな仕掛けを審査員の人が気付いてくれれば……

 発表は8月23日。吉報が届くとよいのですが。

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雨のち曇り、そして青天井‐1601‐

 前回は、芦屋の「谷崎潤一郎記念館」と谷崎が暮らした「富田砕花旧宅」を訪れたところまで書きました。

 更に谷崎の足跡をたどるべく、阪神電車の魚崎駅まで移動してきました。

 住吉川の左岸を走る六甲ライナーに沿って、北に5分程歩いたところにあるのが「倚松庵(いしょうあん)」、別名『細雪』の家です。

 明治、大正、昭和を生きた文豪、谷崎潤一郎の代表作『細雪』の舞台となった旧宅です。

 六甲ライナーの工事のため、150m南の敷地から移築されたのが1990年(平成2年)のことです。

 阪神間では13件もの家に住んだ谷崎ですが、昭和11年から18年と、最も長く住んだのがこの家です。

 3人目の妻、松子は前夫との間に恵美子という娘が居ました。

 また、次女だった松子には三女、四女がおり、この倚松庵で一緒に暮らすことになります。


大阪船場の旧家、蒔岡家には美しい四姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子がいました。

 幸子は、貞一郎を婿養子に迎えて芦屋に分家しているが、堅苦しい本家を嫌って雪子と妙子は、芦屋に居つきます。

 なかなか縁談が決まらない雪子、自由奔放に生きる四女の妙子らの、優雅な日常を、船場言葉で描いたのが『細雪』です。

 谷崎自身が貞一郎のモデルで、家族の日常をほぼそのまま描いた物語なのです。

 名作は一通り読んでいるつもりでしたが、未読だったようです。

 早速購入したのですが、読み始めから谷崎の世界に引き込まれていきます。

 文章が美しく、読みやすい。

 例えるなら、口当たりのやわらかい上質のワインのよう。芳醇といった言葉が、自然に浮かんでくるのです。

 この歳になって、大谷崎の筆力に感激したのです。

 エントランスを入るとすぐにあるのが応接室。最も登場場面が多い部屋でしょうか。

 谷崎は洋風好みだったようで、マントルピースがあり、ステンドグラスも見えます。

 隣合に食堂も机と椅子。

 一脚だけが当時のままとありました。

 反対に浴室は五右衛門風呂。

 祖父の家には五右衛門風呂が残っていたので、かろうじて現役経験者なのです。

 台所には面白いものがありました。

 これも当時の物で、冷蔵庫だそう。上の部屋に氷を入れる原始的なものです。

 管理の女性は65歳くらいでしょうか。

 「昭和40年くらいまでは、氷屋さんが毎日配達してくれたものですよ」と言っていました。

 私が生まれる少し前まで、そんな暮らしがあったのでしょうか。

 2階南東角の部屋は、三女雪子の部屋。

 一番奥にあるのは、奔放な人生を歩む四女妙子の部屋です。

 これは1階最奥にある和室の地窓。

 作品中でも、陽と陰を描き分けています。

 先に寄った「谷崎潤一郎記念館」では、生前の松子夫人のビデオが流れていました。

 かなりの年齢だったと思いますが、そのきりっとした話しぶりに品格と知性がにじみだしているようでした。

 エントランス脇の床に掛かる文字は、彼女の直筆とのことでした。

 自らの名にある松を、とても好きだったそうです。

 それで門の脇にはおの大きな松の木が植えられたのでしょう。

 奈良の志賀直哉旧居も素晴らしいなと思いましたが、私の中では双璧です。

 最終的には70歳の時、1956年(昭和31年)に京都の家を売却し、関西での生活を終えます。

 37歳、1923年(大正12年)の関東大震災でやむを得ず関西にやってきた谷崎は、当初関西を嫌っていたとも言います。

 しかし、食べ物の美味しさ、山と海を臨む阪神間を気に入り、作家として最も充実した時期を過ごすことになりました。

 『細雪』に至っては、場所と共に家まで作品にとって重要な役割をはたしています。

 建築と街に関わるものとしては嬉しくありますが、ピリッとした気持ちにもなります。

 ノーベル賞候補に何度もあがった文豪の半生を、2回に渡って勝手に分析しましたが、スケールが全く違うというのが実感です。

 巨匠、文豪はいつも興味の対象です。

 どんな世界でも青天井であるのは同じです。大雨のち曇りの、とてもモチベーションが上がった一日だったのです。

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噂の文豪の、危ない関係‐1600‐

 昨日は「災害級の大雨」という記事をみて、遠出はやめることにしました。

 九州南部では、残念ながらその通りとなってしまい……

 熊本は2016年の震災のあと、建物の危険度判定活動に参加しました。「水の国」を実感したのですが、今回の大雨もそろそろ終息に向かってくれれば良いのですが。

 阪神電車に乗って、芦屋までやってきました。

 阪急電車と共に、芦屋川の上に駅があります。

 南東へ歩いて10分程のところに「谷崎潤一郎記念館」はあります。

 絵でも観に行こうかなと探していると、あまりにもセンセーショナルなキャッチコピーに目を奪われたのです。

 1886年(明治19年)、東京の日本橋に生まれた谷崎潤一郎は、東京帝国大学に在学中の24歳のときに「刺青(しせい)」を発表。

 あまりに過激な描写で、なかなか注目されなかった作品でしたが、当時の流行作家・永井荷風に激賞され、一気にスターダムの階段を上って行きます。

 1923年(大正12)、37歳のとき箱根で関東大震災にあい、そのまま関西へ移住。

 その風土を気に入り、その後の21年の間に阪神間で13回も引越しを繰り返しました。

 京都にも別荘を持ち、この館の庭もそれをイメージしたものだとありました。

 『スキャンダル~噂の文豪~』のポップに全く恥じず、その私生活は凄いの一言でした。

 3度の結婚、人妻、妻の妹、息子の嫁と、女性への欲望を隠そうとしませんでした。むしろ、それらが執筆の原動力だったという切り口です。

 大谷崎とまで言われた、何度もノーベル賞候補になった文豪に失礼ですが、それよりもその私生活に興味深々でした。

 谷崎により興味が湧き、実際に暮らした家が近くにあると分かり、更に10分程東へ歩きました。

 ひとつ大阪よりの打出駅との間に、富田砕花旧居はあります。

 現在は芦屋市が管理しているとのこと。

 静かな住宅街に突然小振りな瓦屋根の家が見えてきました。

 詩人・富田砕花は岩手県の出身ですが、縁あって1984年に亡くなるまでこの家で暮らしたそうです。

 自然派の作家らしく、庭もあまり手を加えていません。

 母屋は戦争で焼失し、建てなおしたものとのことでした。

 それでも、昭和の雰囲気が色濃く残っています。

 もとは社会の先生だった方が、色々と教えてくれました。

 門の右にあった棟を角屋と呼んでいるそうですが、1階は砕花の資料展示室となっています。

 この角屋だけが戦火を免れたそうです。

 谷崎は、1934年(昭和9年)から1936年(昭和11年)までこの地に暮らし、この2階で「潤一郎訳源氏物語」を執筆したそうです。

 私が建築設計をしていると言うと、普段はみれないんだけどと、2階も案内してくれました。

 天井に引戸があります。

 それをスライド。

 のぞかせて貰いました。

 「窓がここしかないので、あの下で執筆していたのでしょう」と。

 好意に感謝し、ここを後にしたのです。

 谷崎の初めの妻、千代は従順な女性でした。しかし妹せい子は対照的に、奔放で小悪魔的な性格。せい子にのめりこんで行きます。

 谷崎の親友で詩人の佐藤春夫は千代に同情を寄せ、それが愛情へと変わって行きます。

 谷崎はそんな佐藤に、千代を譲るといいます。しかし結局せい子とは破局。佐藤との約束は反故にされ、絶交します。

 これが世に言う「小田原事件」ですが、形ばかりの夫婦に戻った谷崎は、自分たち仮面夫婦を題材とした「蓼食う虫」を執筆します。

 作品の完成後、千代は佐藤春夫と結ばれるという結末を迎えますが、「妻譲渡事件」と世間を騒がせたのでした。

 佐藤春夫の代表作「さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか」は千代への思いから生まれたものだと知りました。

 谷崎の「陰影礼賛」は建築の世界でも名著として知られています。

 軒の深い日本家屋の奥深くで、金襖や金屏風がほのかに光るさまに、谷崎は日本の美を見出だしたのです。

 陰があってこその光。人の人生も、光だけでは立体的に捉えることは難しい気がします。

 それでも昭和の文豪たちは、全くレベルの違う危ない関係だったのです。

 この日はここまでと思っていたのですが、「細雪」の舞台も訪れることにしました。

 続きは次回に。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
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『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
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『houzz』4月15日の特集記事
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大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

その小説、傑作につき‐1599‐

 昨日、関西もようやく梅雨入りしました。

 ここまで遅れたことによって、私の現場は随分助かりましたが、そんな事だけを言っている訳にはいきません。

 日本が日本であるための恵みの雨。

 アジサイも待ちくたびれていたでしょうから。

 朝一番に「うえだクリニック」の現場から戻ってくると、阪神高速は通行止めの表示がでていました。

 アナウンスされていたG20の影響ですが、丁度会社のある平野からの通行止めでした。これらも現場に響かなければ良いのですが。

 池井戸潤の小説を初めて読んだのは2年前でした。

 この頃は経済小説の名手、高杉良の作品ばかり読んでいました。「ザ・ゼネコン」という小説を購入すると、amazonでお勧めにでてきたのです。

 「鉄の骨」という同じくゼネコンの話でしたが、なかなか面白かったので、長男が持っていた「アキラとあきら」も読みました。

 こちらはドラマ化されてから文庫化されたそうですが、ジェフリー・アーチャーの「ケインとアベル」よろしく、恵まれた御曹司と、ハングリー精神で上り詰めて行く2人の人生が交錯する様を描いています。

 そして、「下町ロケット」を読み終えました。

 十年に一度の傑作小説だと思います。

 ドラマ化もされているので、周知の作品なのだと思いますが、2011年直木賞受賞作品は伊達ではありません。

 楽しみを奪いたくないので、最小のあらすじだけ書いてみます。

 主人公は佃製作所という小さな精密機械工場の二代目社長です。

 佃航平は大学をでたあと宇宙科学開発機構の研究員となりますが、革新的なロケットエンジンの開発者でした。

 そのエンジンのトラブルで、ロケットの打ち上げは失敗。責任を取って佃製作所に戻ります。

 父を継ぎ経営者となるのですが、その技術を持った零細企業の屈辱と、忍耐と、努力と逆転の痛快物語です。

 ライバル関係にある上場企業から戦略的に訴えられ、耐力差からの兵糧攻めにあいます。

 国産ロケットを開発中の大企業、帝国重工業の社内のパワーゲームに翻弄され、ありとあらゆる屈辱を味わうのですが、このあたりの描き方が抜群に腹立たしい。

 それが、最後に溜飲を下げさせてくれる度合いを最大値にしてくれるのですが。

 上質なエンターテイメント映画を見た後のような読後感で、これだけページの先を急いだのはいつ以来だったかと思っていました。

 「子供の頃、アポロ計画に憧れて」という、ありふれたスタートからここまで描き切るのですから、その筆力は凄いの一言に尽きます。

 前回、日曜日にミナミへ行ったと書きました。

 高島屋の北西、御堂筋に面して建っていた歌舞伎座が、酷いことになっていました。

 元の歌舞伎座は、大阪が誇る建築家、故・村野藤吾の代表作です。

 その上に、こんなホテルを乗っけるとは!


 
 現代の法規制が厳しいのは分かりますが、村野なら絶対そこは貼りものにしません。

 もう呆れるレベルなのですが、何の発言力もない自分に腹が立つのです。

 宮本輝の代表作「道頓堀川」に、川下から愁いを秘めてミナミの街を眺めるシーンがあったと思います。

 それを読んでから、この辺りからミナミを見るのが好きになったのですが、新戎橋南詰には出世地蔵尊があります。

 頭を垂れて、成長、成功をお願いするのです。

 仕事を始めてからは、自分なりに精一杯生きてきたつもりですが、勿論のこと下に見られること、屈辱を受けることもあります。

 安藤忠雄とて、屈辱を受けることはあるでしょうが、もし私が、せめて関西で一番なら、例えば歌舞伎座上のホテルに関しても、少しは発言できたかもしれません。

 全ての結果は自分の責任で、誰のせいでもないのです。

 ただ文字の配列だけで、これだけ人に元気を与えたり、涙を流させたりできるのですから、作家はいつまでたってもの私の憧れの仕事です。

 やる気を出すのに、遅すぎるということはないはずです。もっと言えば、今が最速です。

 液体酸素と、液体水素は十分注入して貰いました。下半期のロケットスタートを確実に決めなければなりません。

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目指せ、下町のプリンス‐1595‐

 昨年の夏季休暇は、広島県の尾道愛媛県の大三島を回りました。

 大三島は大学時代の後輩の家を訪ねたのですが、先日、第一子が誕生したと聞き、ささやかなお祝いを送ったのです。

 不要だと伝えていましたが、内祝いが返ってきました。

 本人曰く「和歌山人の魂の味」抹茶アイスでした。

 和歌山、吹田、京都、鹿児島、ハワイを渡り歩いた彼が選んだものなので間違いないはず。

 早速、コーヒーブレイクに頂きましたが、和歌山人の魂を、ひしと感じたのです。

 大変美味しゅうございました。

 彼らが暮らす大三島の周辺環境は、素晴らしいの一言に尽きます。

 私なら毎日釣りをして、仕事にならないでしょうが、子供さんはのびのびと育つでしょう。

 あまり小さい時は負担になると思うので、3歳くらいになった時を狙って、また押しかけてみたいと思います。

 我が町「平野」は間もなく夏祭りシーズンです。

 私は海外へ出かけるのも大好きですが、働き、暮らす場所としての下町は気にいっています。

 アーケードのある商店街。

 肉屋の手造りコロッケ。

 細々とですが(失礼!)、まだ釣具屋も残っています。

 

 こちらの模型屋さんは、シャッターを見ると微妙な感じ。

 こんなショーウィンドウに張り付き、お年玉でプラモデルを買ったものです。

 下町の特徴を一言で表せば「外に開いている」ということでしょうか。

 職住一体となっている場合が多いので、町行く人にアピールしなければならないからです。

 大学時代の後輩が、芦屋の六麓荘に住んでいました。

 家に泊めて貰ったことがあるのですが、六麓荘の中でも一番山手の方で、間違いなく関西一の高級住宅地です。

 広い庭があり、塀で囲まれ、プライバシーが確保されていますが、高台なので各住宅からの眺望も申し分ありません。

 竹中工務店出身の建築家・永田祐三さん設計の煉瓦造りの作品がすぐそばにありました。当たり前ですが、建築雑誌で見た街並みそのままだったのです。

 それに比べると、町工場まで混在し、同じ日本かと訝りたくなりますが、職と住が近い良さもあります。

 働く姿を真近でみれるのは、最も良い点でしょう。

 閑静な住宅街では普通ないものが、道端に転がっています。

 これは車軸でしょうか。

 こんな車の部品でも使えるのか。

 何しろ工場があると重機があるので、閑静な住宅街にはないことが起るのです。街に動きがあるのも下町の特徴でしょう。

 離島が良い、閑静な住宅街が良い、下町が良いという単純な話ではありませんが、子供は環境を受け入れ、活かし、成長していかなければなりません。

 そして、自分が大人になった時、どこで暮らすのかを決める時がやってきます。

 そう考えると、私もこの下町を離れる選択肢もありました。

 子供が小さい時は両親の助けが必要でしたし、現在のように急にスタッフが足りなくなると、妻にも店番をして貰わなければなりません。

 また、遅い時間まで仕事をしたければ、家が近いに越したことはありません。

 創業は天王寺だったのですが、会社を平野に移転したことで、多少下に見られることは理解しています。

 大メーカーの営業マンなどの応対を見れば明らかです。

 しかし、それでも多くのクライアントがこの下町まで足を運んでくれたことが、私のプライドなのです。

 おそらく子供が独立するまではこの地で暮らすでしょうが、会社は市内の中心へ出ていく気持ちはあります。
 

 かなり年老いたネコに見えますが、何故ここに暮らしているのだろうかと考えます。

 首輪がないところを見ると、どこで暮らしても良いはずです。

 もし話すことができたらこう言うに違いありません。

 「住めば都だニャア」と。

 今、自分が暮らす場所こそが、自分にとっての都そのもの。それ以外の人生は、今現在ありません。

 何と深く、前向きな言葉だったのかということが理解できました。

 積極的理由ではないにしても、下町で暮らすという選択をしたことに悔いはありません。

 名コメディアン東八郎の次男、東孝之はTake2のボケ担当。相方が女優・田中美佐子の旦那さんと言った方が分かりやすいでしょうか。

 東孝之の「下町のプリンス」というニックネームが私は大好きです。

 我が家の長男にも、下町のバイタリティは吸収し、かといって下品でない「下町のプリンス」を目指して欲しいと思っているのです。

 これは私の目標でもあったのですが。

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桑名でくわな‐1593‐

 前回、6月2日(日)に養老を訪れたところまで書きました。

 昼前、孝子伝説と瓢箪の街をでて桑名に戻りました。

 養老鉄道で45分程です。

 朝一番の近鉄特急で桑名に到着したので、一度ここで乗り換えをしています。

 この駅は、近鉄、JR、養老鉄道が同じ駅舎の中にあります。

 通路の端々に、乗り換え用の改札があるのが見えるでしょうか。

 ここにタッチするだけで乗り換え出来るのです。

 桑名の街は、関西で言えば枚方くらいの雰囲気でしょうか。

 乗り継ぎ駅なのでぶらぶらしようと思っていましたが、「六華苑」という近代建築があることだけ分かっていました。

 鹿鳴館の設計でも知られる、イギリス人建築家、ジョサイア・コンドルの設計です。

 駅から20分程掛けて歩いていくと「本日イベントの為休業」とあります。

 聞くと映画の撮影だそう。

 仕方なしに六華苑と隣り合う庭園、「諸戸氏庭園」だけのぞいてきました。

 諸戸家は、米の仲買で財を成し、明治にこの庭園を手に入れました。

 目の前で揖斐川と長良川が合流し、東海道唯一の海路、七里の渡し跡も残っています。

 交通と流通の要所だったことが分かります。

 この煉瓦造りの米蔵も明治期のもので、文化財に指定されています。

 菖蒲池を中心とした回遊型の庭園で、その名の菖蒲が満開です。

 白に淡い紫。

 濃い紫と、緑のスラッとした葉に良く映えます。

 推敲亭という草庵がポツンと建っています。

 この時代の豪商は、何とセンスが良いのかと思います。

 現代なら、秀吉よろしく2、3割は金ピカになっていそうなものですが。

 横にある織部灯篭は古田織部考案と言われ、下部に見える人型の彫が見てとれます。

 キリシタン禁制の時代、信者が用いたものが、茶庭の趣のひとつとして残ったとも言われているそうです。

 昼を少し回りましたが、駅前まで戻り昼食をとることに。

 満席の餃子屋があり、かなりいい感じだったのでのぞいてみると「今、満席」と、とりつくにべもなし。

 いくら美味しくても、その感じはノーサンキューなので他の店をのぞきます。

 懐かしのドムドムがありました。

 昔、近所にあったので良く行きました。しかしハンバーガーもパス。

 客入りの差がかなり激しく、一番入っている店にしました。

 蕎麦と中華そばがメニューにあり、若干いぶかりながら入ったのですが、これが大正解でした。

 ラーメンではなく中華そば。

 出汁がしっかり効いており、あっさりにも関わらず味はしっかりで、とても美味しかったのです。

 無駄なお金を使いたい人は居ません。客の入りとはつくずく正直なものです。

 名物という「安永餅(やすながもち)」も頂きました。

 寛永の時代につくられた旅人のお菓子ということで、餡子入りの餅。

 江戸時代から売れ続けている訳で、間違いのない味でした。

 電車で出掛ける時は、ジョギング用のスニーカーを履き、歩きに歩きます。

 一日歩きまわって、行き帰りの電車で本を読んで、ちょっと美味しいものを食べて。

 昔仕事を一緒にしたコピーライターの人が、「趣味はお出掛け」と書いていました。

 私の場合は「遠出」でしょうか。遠ければ遠い程、ときめくのです。

 大阪もインバウンド効果で潤っています。その時に、一番心象を左右するのは、人だということは、肝に銘じておいた方が良いと思います。

 観光客がお金にしか見えていない店主のあなた。

 ばれていないと思っているのは、本人だけなのですよ。

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