カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

目指せ、下町のプリンス‐1595‐

 昨年の夏季休暇は、広島県の尾道愛媛県の大三島を回りました。

 大三島は大学時代の後輩の家を訪ねたのですが、先日、第一子が誕生したと聞き、ささやかなお祝いを送ったのです。

 不要だと伝えていましたが、内祝いが返ってきました。

 本人曰く「和歌山人の魂の味」抹茶アイスでした。

 和歌山、吹田、京都、鹿児島、ハワイを渡り歩いた彼が選んだものなので間違いないはず。

 早速、コーヒーブレイクに頂きましたが、和歌山人の魂を、ひしと感じたのです。

 大変美味しゅうございました。

 彼らが暮らす大三島の周辺環境は、素晴らしいの一言に尽きます。

 私なら毎日釣りをして、仕事にならないでしょうが、子供さんはのびのびと育つでしょう。

 あまり小さい時は負担になると思うので、3歳くらいになった時を狙って、また押しかけてみたいと思います。

 我が町「平野」は間もなく夏祭りシーズンです。

 私は海外へ出かけるのも大好きですが、働き、暮らす場所としての下町は気にいっています。

 アーケードのある商店街。

 肉屋の手造りコロッケ。

 細々とですが(失礼!)、まだ釣具屋も残っています。

 

 こちらの模型屋さんは、シャッターを見ると微妙な感じ。

 こんなショーウィンドウに張り付き、お年玉でプラモデルを買ったものです。

 下町の特徴を一言で表せば「外に開いている」ということでしょうか。

 職住一体となっている場合が多いので、町行く人にアピールしなければならないからです。

 大学時代の後輩が、芦屋の六麓荘に住んでいました。

 家に泊めて貰ったことがあるのですが、六麓荘の中でも一番山手の方で、間違いなく関西一の高級住宅地です。

 広い庭があり、塀で囲まれ、プライバシーが確保されていますが、高台なので各住宅からの眺望も申し分ありません。

 竹中工務店出身の建築家・永田祐三さん設計の煉瓦造りの作品がすぐそばにありました。当たり前ですが、建築雑誌で見た街並みそのままだったのです。

 それに比べると、町工場まで混在し、同じ日本かと訝りたくなりますが、職と住が近い良さもあります。

 働く姿を真近でみれるのは、最も良い点でしょう。

 閑静な住宅街では普通ないものが、道端に転がっています。

 これは車軸でしょうか。

 こんな車の部品でも使えるのか。

 何しろ工場があると重機があるので、閑静な住宅街にはないことが起るのです。街に動きがあるのも下町の特徴でしょう。

 離島が良い、閑静な住宅街が良い、下町が良いという単純な話ではありませんが、子供は環境を受け入れ、活かし、成長していかなければなりません。

 そして、自分が大人になった時、どこで暮らすのかを決める時がやってきます。

 そう考えると、私もこの下町を離れる選択肢もありました。

 子供が小さい時は両親の助けが必要でしたし、現在のように急にスタッフが足りなくなると、妻にも店番をして貰わなければなりません。

 また、遅い時間まで仕事をしたければ、家が近いに越したことはありません。

 創業は天王寺だったのですが、会社を平野に移転したことで、多少下に見られることは理解しています。

 大メーカーの営業マンなどの応対を見れば明らかです。

 しかし、それでも多くのクライアントがこの下町まで足を運んでくれたことが、私のプライドなのです。

 おそらく子供が独立するまではこの地で暮らすでしょうが、会社は市内の中心へ出ていく気持ちはあります。
 

 かなり年老いたネコに見えますが、何故ここに暮らしているのだろうかと考えます。

 首輪がないところを見ると、どこで暮らしても良いはずです。

 もし話すことができたらこう言うに違いありません。

 「住めば都だニャア」と。

 今、自分が暮らす場所こそが、自分にとっての都そのもの。それ以外の人生は、今現在ありません。

 何と深く、前向きな言葉だったのかということが理解できました。

 積極的理由ではないにしても、下町で暮らすという選択をしたことに悔いはありません。

 名コメディアン東八郎の次男、東孝之はTake2のボケ担当。相方が女優・田中美佐子の旦那さんと言った方が分かりやすいでしょうか。

 東孝之の「下町のプリンス」というニックネームが私は大好きです。

 我が家の長男にも、下町のバイタリティは吸収し、かといって下品でない「下町のプリンス」を目指して欲しいと思っているのです。

 これは私の目標でもあったのですが。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

桑名でくわな‐1593‐

 前回、6月2日(日)に養老を訪れたところまで書きました。

 昼前、孝子伝説と瓢箪の街をでて桑名に戻りました。

 養老鉄道で45分程です。

 朝一番の近鉄特急で桑名に到着したので、一度ここで乗り換えをしています。

 この駅は、近鉄、JR、養老鉄道が同じ駅舎の中にあります。

 通路の端々に、乗り換え用の改札があるのが見えるでしょうか。

 ここにタッチするだけで乗り換え出来るのです。

 桑名の街は、関西で言えば枚方くらいの雰囲気でしょうか。

 乗り継ぎ駅なのでぶらぶらしようと思っていましたが、「六華苑」という近代建築があることだけ分かっていました。

 鹿鳴館の設計でも知られる、イギリス人建築家、ジョサイア・コンドルの設計です。

 駅から20分程掛けて歩いていくと「本日イベントの為休業」とあります。

 聞くと映画の撮影だそう。

 仕方なしに六華苑と隣り合う庭園、「諸戸氏庭園」だけのぞいてきました。

 諸戸家は、米の仲買で財を成し、明治にこの庭園を手に入れました。

 目の前で揖斐川と長良川が合流し、東海道唯一の海路、七里の渡し跡も残っています。

 交通と流通の要所だったことが分かります。

 この煉瓦造りの米蔵も明治期のもので、文化財に指定されています。

 菖蒲池を中心とした回遊型の庭園で、その名の菖蒲が満開です。

 白に淡い紫。

 濃い紫と、緑のスラッとした葉に良く映えます。

 推敲亭という草庵がポツンと建っています。

 この時代の豪商は、何とセンスが良いのかと思います。

 現代なら、秀吉よろしく2、3割は金ピカになっていそうなものですが。

 横にある織部灯篭は古田織部考案と言われ、下部に見える人型の彫が見てとれます。

 キリシタン禁制の時代、信者が用いたものが、茶庭の趣のひとつとして残ったとも言われているそうです。

 昼を少し回りましたが、駅前まで戻り昼食をとることに。

 満席の餃子屋があり、かなりいい感じだったのでのぞいてみると「今、満席」と、とりつくにべもなし。

 いくら美味しくても、その感じはノーサンキューなので他の店をのぞきます。

 懐かしのドムドムがありました。

 昔、近所にあったので良く行きました。しかしハンバーガーもパス。

 客入りの差がかなり激しく、一番入っている店にしました。

 蕎麦と中華そばがメニューにあり、若干いぶかりながら入ったのですが、これが大正解でした。

 ラーメンではなく中華そば。

 出汁がしっかり効いており、あっさりにも関わらず味はしっかりで、とても美味しかったのです。

 無駄なお金を使いたい人は居ません。客の入りとはつくずく正直なものです。

 名物という「安永餅(やすながもち)」も頂きました。

 寛永の時代につくられた旅人のお菓子ということで、餡子入りの餅。

 江戸時代から売れ続けている訳で、間違いのない味でした。

 電車で出掛ける時は、ジョギング用のスニーカーを履き、歩きに歩きます。

 一日歩きまわって、行き帰りの電車で本を読んで、ちょっと美味しいものを食べて。

 昔仕事を一緒にしたコピーライターの人が、「趣味はお出掛け」と書いていました。

 私の場合は「遠出」でしょうか。遠ければ遠い程、ときめくのです。

 大阪もインバウンド効果で潤っています。その時に、一番心象を左右するのは、人だということは、肝に銘じておいた方が良いと思います。

 観光客がお金にしか見えていない店主のあなた。

 ばれていないと思っているのは、本人だけなのですよ。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

養老の滝‐1592‐

 昨日は、朝一番の近鉄特急に乗って、養老へ。

 桑名まで2時間程。ここで養老鉄道に乗り換えます。

 ローカル線のひとり旅は、何より贅沢な時間。

 のんびりと本でも読みながら……

 と思っていると、縦揺れがかなり凄いのです。

 検札に来た車掌に聞くと「いやあ、赤字路線なので済みませんねえ」と。

 線路の下に敷く砂利は、定期的に突き固めればしっかりするが、その予算がないとのこと。

 また線路幅が狭いのもその理由だそうです。

 もとは近鉄電車の一部だったのが、10年前くらいに切り離されたとも言っていました。何とも微妙な感じもするのですが。

 それでも、のんびりした風景を眺めながら45分程で養老駅に到着しました。

 駅のホームにも瓢箪。

 店先にも瓢箪でしたが、その理由は後で触れてみます。

 一番の目的は、養老天命反転地

 一説によると日本一危険とも言われるこのがこの公園です。

 荒川修作+マドリン・ギンズの作品ですが、プリツカー賞を受賞した磯崎新との共作、奈義美術館は紹介しました。

 案内にはこうあります。

 荒川修作+マドリン・ギンズは現在の世界の絶望的な状況を希望有る未来へ転換させるようとしています。
  
 そのためには「死」を前提とした消極的な生き方を改め、古い常識を覆すことが必要だと言っています。この死へいたる「宿命(天命)」を反転することを使命として荒川+ギンズは活動を続けてきたのです。

 現在が絶望的で、死を前提とした生き方が消極的かは置いておいたとして、「身体感覚の変革により意識の変革が可能だと考えた」という論理には納得できます。

 水平垂直を極力排除し、人のもつ平衡感覚や遠近感に揺さぶりを掛けるという目的は、完全に達成されていました。

 団体で来ていた一行のリーダーが「皆が歩けるルートを探さないと……」と困っていました。

 しかしよくこの大胆な試みが実現したなと思います。

 子連れの若い夫妻は、子供を制するのに懸命でした。

 それはよく分かります。大人の私が、正直、身の危険を感じるくらいの斜面でしたから。

 すりばち状の園の底にあるのは「宿命の家」。

 床のガラス部をのぞくとイスがありました。

 そしてこれは「もののあわれ変容器」。

 正直、何が何だかさっぱり分かりませんが、平衡感覚が乱れるのは事実だし、転んでしまう人が続出という記事も読んだこともあります。

 なかなか機会がなかったので、訪れておいて良かったと思います。

 できれば晴天で写真を撮ってみたかったという悔いはありますが。

 こちらは天命反転地の手前にある「極限で似るものの家」。

 立体迷路になっています。

 エントランスに最も近い位置にあるのが「養老天命反転地記念館」。

 一番初めに入った時は、面白いなあと思いましたが、それが序の口だったと後で分かったのです。

 ここの面白さを、写真と文章で伝えるのはかなり難しいので、気になる人は是非訪れてみて下さい。

 小学校くらいのお子さんが居る家庭には、かなりお勧めします。

 「養老の滝」と聞けば、私の世代なら「養老乃瀧」を思い出すと思います。

 私が18歳の頃、初めて行った居酒屋は「養老乃瀧」十三店だったと思います。

 もしかすると京都の「百番」だったかもしれませんが、あまり自慢できた話ではないので、このくらいでスルーさせて下さい。

 なぜ「養老の滝」からその屋号を取ってきたのか、行ってから知りました。

 源丞内(げんじょうない)という貧しい若者が山で薪を拾い、それを売って目の悪い老父に米や酒を買っていました。

 ある時苔むした岩から滑り落ち、気が付くと酒の香りが。泉から酒が湧いているようです。

 これを瓢箪に入れて持ち帰り、父に飲ませると目が見えるようになりました。

 717年、この話が時の天皇の耳に入り、天が親孝行な若者を助けたのだろうと褒めたたえたというのが、養老の滝、孝子伝説です。

 現在も名水百選に選ばれている菊水泉。養老神社脇にあります。

 大変美味しかったのですが、少し持って帰り、視力が落ち気味の娘に飲ませれば良かったと思いましたが後の祭りでした。

 源丞内が瓢箪に入れて持ち帰ったことから、この地のシンボルとなったようです。

 大量に消費されるペットボトル問題の解決法がここにありました。

 まさか、今の時代に簡単に瓢箪に戻れるとは思いませんが、方法としては「無し」ではないかもしれません。

 「瓢箪から駒」のことわざ通り、何かコミカルで可愛げです。

 人ごととしてでなく、ちょっと奮発して瓢箪を買い、菊水泉を詰めて持って帰るくらいのユーモアと余裕を持たねばと思ったのです。

 帰りに寄った桑名編はまた次回に。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

頼れるエースはアンダースロー‐1587‐

 ゴールデンウィークに熊野本宮大社に訪れたと書きました。

 駐車場は熊野川の河原にあります。

 兎に角広い!

 明治22年の大水害まで、なんとこの河原に熊野本宮大社はありました。

 広大で、神々しい景色な訳です。

 河原を歩くと、石とはなんと様々なものかと思いますし、タモリが夢中になるのが少し分かりました。

 白い石はやや軽め。石灰岩でしょうか。

 青い石はかなり重い。

 安山岩でしょう。

 傷だらけの石。

 これは堆積岩系か花崗岩系か。

 こちらは鉄が含まれている感じ。

 石にぶつけてみると簡単に割れてしまいました。

 川と石を見ると、子供達はな今水切りに夢中です。

 投げ方を教えてみました。

 低い位置から、スピンを効かせて投げれば、娘でも5、6回は水面を跳ねさせるようになりました。

 石も重要です。

 何と言っても中学野球部。

 本職はショートでしたが、リリーフですがピッチャーをしたこともあります。

 バッティング投手をするのが好きだったのですが、変化球ばかり投げていました。

 エースが剛速球投手だったので、サイドスローの変化球投手という位置づけで、その役を楽しんでいました。

 10回ほど水を切ると、子供達も歓声を上げていました。

 元投手でもあるのですから当然です。

 練習試合でスタメンを外された時、1回限りの登板でしたが。

 小学生の頃だったか、売り出し中の明石家さんまが、「悲運のアンダースロー」小林繁の形態模写をよくしていました。

 それがガスファンヒーターのCMに起用され、コピーが「頼れるエースはアンダースロー」だったはずです。

 速球投手はオーバースローが大半ですが、中には阪急ブレーブスのエース、サブマリンと言われた山田 久志のような本格派アンダースロー投手もいます。

 また、劇画の世界なら「ドカベン」の里中智もアンダースロー。同じく水島新司原作の「野球狂の詩」には、左投げのアンダースロー投手、水原勇気が登場します。

 日本初の女性プロ野球選手という設定でしたが、ともにウイニングショットは変化球でした。

 ピッチャーをするなら、誰もが松坂大輔、大谷翔平のように剛速球を投げたいものです。

 しかし、足の速さと同じように、球速というものはかなり天性に左右されるもの。

 その中で勝ち残るために、様々な策を練るのですが、アンダースローが終着駅と言われるのは、ある意味腑に落ちます。

 ストレート一本で真っ向勝負は魅力的だし、男のロマンです。しかし、野球の目的が勝利だとするなら、それはエゴに過ぎません。

 ゴルフで「全力でスイングしたから、悔いは一切ありません」と言えば、笑われるでしょうから。

 先のコピーを思い出し、少し調べると小林繁さんはすでに亡くなっていました。

 江川選手との「空白の一日」事件が蘇ってきます。

 「怪物」江川卓と「悲運のアンダースロー」小林繁とは、昭和の何とも絵になる風景でした。ご冥福をお祈りします。

 中学時代は、サイドスローの変化球投手。今もあまり変わっていないかもしれません。

 東大の理一をでた訳でもありませんし、MIT(マサチューセッツ工科大学)へ留学をしたことがある訳でもありません。

 160km/hのボールを投げなれなくても、努力と改善で何とか社会から求めて貰うことができる。そのことを、毎日2年生君に、必至で伝えているのですが。

 水原勇気の決め球は「ドリームボール」。左投げの女性アンダースロー投手が、豪打のバッターを抑えます。

 あくまで劇画の世界ですが、夢があるし、絶対に無いとは言えないと思うのです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

ごめんなさい文化‐1586‐

 昨日はクライアントとショールームを回っていました。

 グランフロント大阪が完成して6年。

 住宅建材メーカーのショールームは、かなりの数がこちらに移動しました。

 以前は問屋街だった本町に集まっていまいたが、大手が動くと、雪崩式に他社も動くという構図です。

 朝の10時から昼の1時ころまで3社のショールームを回ったのです。

 会社へ戻る前に、ぱっと昼食をと思いますが、日曜日の昼時はどこも混んでいます。

 大阪駅前第3ビルまで下ればそうでもないだろうと歩いていると「めん次郎」が店を開けていました。

 元は大阪駅前第4ビルにあったのですが、ある日閉店し、かなりがっかりしていたのです。

 久し振りに、ゆずおろしゴボウ天うどんを食べました。

 ここの冷たいうどんはかなりいけます。

 梅田での移動時は、阪神のスナックパーク、めん次郎、梅田新食堂街の潮屋が重宝するのです。

 以前は、日曜日が休みだったので子供達も1、2度しか連れて行ったことがありません。

 店長に聞くと当面は日曜日も営業しようと思っているとのこと。

 梅田行きの楽しみが増えました。

 現行プロジェクトのクライアントは、半分くらいが小さなお子さんがいるご家族です。

 昨日は天気も最高で、ショールーム回りは、休みの両親を取られることになります。

 少しでも楽しんで貰えるよう、グランフロント大阪のタワーAなら、南西角の席をキープします。

 もうすぐ3歳になる彼も、再開発工事中のクレーン車と、大阪駅に入ってくる電車を見つけ、少しだけ楽しんでくれました。

 折角の日曜日にごめんなさい、なのです。

 今日の朝刊に「ごめんな祭」という記事がでていました。

 高知県南国市に後免(ごめん)町があったことにちなみ、「ごめんなさいPROJECT」という団体が主催しているとのことです。

 「ごめん文化」を定着させる事により、賑わいの場を形成する事で地域活性化に繋がるようにしていくのが目的の団体です、とあります。

 2014年のゴールデンウィークは高知、愛媛を回りました。

 何とか「家族で47都道府県制覇」をと、長期休暇は必ず遠出していた頃です。

 高知出身の先輩に聞いてみると、「僕たちもまずはひろめ市場へ行くかな」と。

 その、高知の中心街にある「ひろめ市場」で食べた鰹のたたきのまあ美味しかったこと。

 塩で頂くのですが、今まで食べたものとは、全く別次元の美味しさでした。

 今こうして書いていても、あの脂ののった味が蘇ってくる程です。

 この前日に泊まった宿が「後免駅」のすぐそばでした。

 ガレージの2階にあるような、かなり変わった宿で印象に残っていますが、大体が旅先では妻と揉め事が起ります。

 折角旅に出たなら、少々お金を払ってでも、色々な経験をさせてやりたい私と、極めて合理主義の妻とでは、概ね意見が食い違います。

 勿論、私の稼ぎがそれなりなので、妻が言うことが最もなのですが、体験はお金に変えられないというポリシーもあります。

 たかだか5年前ですが、私も若く、今より更に融通が利かなかったので、もめ事はエスカレートしていくのです。

 妻もこれまでの人生で、私程頑固な人間に会ったことが無かったのだと今は分かりますが(今頃分かったのですが)、この日も何が理由だったか忘れましたが、私はかなり怒っていました。

 何でも同じですが、頭に血が上り、冷静を欠くと判断力は鈍ります。

 移動中、車から「後免駅」の看板が見え、これは面白い画だなと。

 撮っておかねばと思うのですが、怒りもあり「明日の朝でもいいか」と先送りし、結局撮り忘れたのです。

 いつか後悔するだろうな……と思っていたのですが、それが今日という訳です。

 webサイトには、ごめんなさい5カ条というものがでていました。3条は以下の通りです。

 意地を捨てて言う心の余裕、ごめんなさい。

 そこまでの余裕はまだありませんが、まずは、クライアントのお子さんへ。

 お父さん、お母さんをいつも長時間拘束してごめんなさい。

 そして家族へ。

 いつも仕事だけでごめんなさい。(最近はそこまで求められていませんが)

 更に。

 たまの休みは湖へいってごめんなさい。(居ないほうが家族円満かもしれませんが)

 2条は以下の通り。

 言った人の勇気が光る、ごめんなさい。

 自分で言うな、との声が聞こえてきますが、謝ることを文化と捉えるほうが、他国との違いが分かりやすいかもしれません。

 また、やはり謝るということは勇気に他ならないとも思うのです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

この世に無駄なことはない、ただ……‐1585‐

 前回は、5月5日(月)ゴールデンウィーク最後の宿に到着したところまで書きました。

 妻が見つけてきた「熊野倶楽部」。なかなかに面白い宿でした。

 広大な敷地に、1棟建ての宿泊棟がいくつも建っています。

 私達が泊まった棟は、2部屋で1棟でした。

 1室空間ですが、内部はゆったりしています。

 1棟であるメリットは、3方から光と風が取り込めることでしょう。

 高低差のある敷地を活かし、景色もよいのです。

 小物にも、なかなかに配慮が行き届いています。

 提灯は、浴室棟に向かったりするときに使うもの。

 敷地を活かし、全てがゆったりしているのです。

 地元の杉でしょうか。木材はふんだんに使われていました。

 食事も良かったのですが、一番好感がもてたのは外構が芝生でないこと。

 あたりは野草で埋め尽くされています。

 ある程度雑草は抜いているでしょうが、優しい景色になっている一番の要因だと思います。

 熊野倶楽部を後にし、世界遺産の熊野本宮大社へ向かいました。

 私も初めてかもしれません。

 最果ての地と言えば叱られそうですが、山間部に突如として現れる広い平地は、確かに神聖なものを感じます。

 急な石階段を上ると社殿が見えてきます。

 偶然ですが、令和の初詣でが熊野神宮大社となりました。

 ただ、神社建築は撮影禁止が多く、建築に関わるものとして残念ではあるのです。

 その後、紀伊半島の中央を貫く168号線を北上。

 ここも昔はよく来た二津野のダムを通過します。

 十津川温泉郷といったほうが分かりやすいかもしれません。

 子供達は多少山道に酔ってしまいましたが、最後は日本一の谷瀬の吊り橋。

 高い所が大嫌いな私はパス。

 高い所を苦にしない娘も、54mのスカスカ足下は怖かったようです。
 
 最終日ということもあり、渋滞もなく夕方6時には大阪に戻りました。

 娘が受験を控える今年は、かなり短めのGW旅行でした。

 ヒナにエサをやる燕。

 タンポポ。

 そしてワタボウシ。

 子供にはいつか巣立って貰わなければなりません。

 それでもなのか、だからこそなのか、出来る限り多くの体験をさせてやりたいとは思います。

 この世に無駄なことはない。

 ただ、無駄な人が居るだけだ。

 どこで聞いたのか忘れましたが、イギリスあたりのアイロニックジョークでしょうか。

 皮肉も悲観も嫌いです。しかしこの言葉は至言かもしれません。

 社会に求められる人になって欲しいと思うなら、まずは自分がそれを体現する必要があります。

 これだけ休ませて貰ったなら、ゴールデンウィークボケなどしている暇はないのです。

 草木は青々とし、虫たちも動き出すこの季節。色々なオファーを貰う季節でもあります。

 18歳までの昭和を「成長」、48歳までの平成を「修行」とするなら、令和は「実り」としたいと思うのです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
■『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

子供は鏡で未来‐1584‐

 ゴールデンウィークというのに、家族がまったく出てこずでした。

 長男は後半2日のみクラブが休み。娘は大好きな卓球を休むことに気が乗らず。

 皆のスケジュールを調整し、最後の3日だけ家族で出かけていました。

 ゴールデンウィークの真ん中2日は大阪で仕事をし、再び七色ダムに戻ってきました。

 この時期、山上湖ではまさに恋の季節。

 体が小さい個体がオス。大きなメスをビッグママと呼んだりします。

 カマキリなどは、用が済めばオスはメスに食べられたりしますから、自然界ではレアケースではありません。

 5月4日、新緑まぶしい169号線を橿原公苑まで戻ります。

 長男の卓球の試合があり、そこに妻と娘が応援にいっています。試合終わりでピックアップ。再び七色ダムに戻るのです。

 昨年もこのスケジュールでしたが、里山風景の広がる大和路を走るのはとても楽しいもの。

 レンゲ畑が目に優しいのです。

 試合はベスト8まで進んだようで、下北山村に戻ったのは8時前。

すぐに火をおこし、焼肉晩御飯です。

 今年も奮発してステーキですが、子供達はタンや赤身のほうが好みとのこと。

 親が喜ぶと思うことと、子供が喜ぶことには、大体ズレがあるものです。

 よその子供さんほど釣りを楽しみにしている訳ではありませんが、湖面を滑走する時間は楽しみにしています。

 「風で髪の毛が抜け飛んでしまうから、手で押さえとき」と言った後の図です。

 かなり短い時間ですが、親としては何とか1本獲らせたいところ。

 ここ、と踏んでいたダムサイトへ向かいました。

 幸先よく、すぐに娘に1本。

 30cmがらみのアベレージサイズでした。


長男も何とか手にすることができました。

 2人とも、自分で投げて自分でとりこめるようになりました。

 昼は河原に戻っての昼食。

 このゴールデンウィークは、食事を作り続けてきた感じです。

 しかし、基本料理が好きなので全く苦にはなりません。

 むしろ、よりスピーディに美味しくつくる、改善ゲームだと思っているのです。

 実際、子供が一番喜んでいたのは、水切りができるようになったことでした。

 7人のゲストを乗せて、湖上を駆け回ってくれた愛艇を引き上げます。

 野外には水もなければ火もガスコンロもありません。

 その中で、ゲストに大自然を満喫してもらい、食事、釣りの準備をし、かつ自分が楽しむ。

 これこそが野外で遊ぶ魅力だし、この準備片づけを繰り返すことで、先にイメージを作ることの大切さを覚えたと思います。

 遊び疲れた子供達は後部座席で爆睡の中、熊野灘まで抜けてきました。

 海岸には鯉のぼりの群れ。

 宿のエントランスにも折り紙の鯉のぼり。

 自分が成長することが、人生の第一義ですが、その次にあるのは子供の成長でしょうか。

 勿論、自分の子供が一番前ですが、ひとの子供に対してもほぼ同じだとわかりました。

 また来年のゴールデンウィークはバンガローを抑えておきます。

 子供に大自然を満喫させたいという人は遠慮なくご連絡下さい。ガイドとしての腕を磨いておきます。

 やはり、子供は社会の鏡だし、人類の未来であることは間違いないからです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

憧れのパリ‐1579‐

 休耕田なのか、菜の花が満開でした。

 街中に広がる黄色いじゅうたんです。

 関西が生んだ巨匠、司馬遼太郎。

 彼がこの野花をこよなく愛したのも、分かる気がしてくるのです。

 ゴシック建築の傑作。ノートルダム寺院の尖塔が焼け落ちる映像は、ショッキングなものでした。

 初めての海外行きにフランスを選んだのは、やはり憧れの存在だったからです。

 1995年、24歳の時ですが、1社目をクビになると失業手当がでました。それを元手に海外へ行こうと思いたちます。

 ル・コルビジュエ設計、ロンシャンの礼拝堂を是非見たかったのです。

 沈黙がうなるとでも表現したくなる、あの空間を今でも忘れることはありません。

 しかし、それ以上に刺激的だったのが初めて目にする海外の街でした。

 パリの街は灰色にも関わらず、極めて美しいものでした。

 パンをかじりながら、ただただ歩き回っていたのです。

 アールヌーボーの旗手、ギマールのガラス屋根に感激。

 ルーブルにも足繁く通いました。

 そして、I・M・ペイのガラスのピラミッドに対峙したのです。

 「漂えど沈まず」それがパリなのです。

 当時は、近代、現代のアートへの興味が9割で、ノートルダム寺院の写真は1枚しか残っていませんでした。

 その一枚が尖塔を横から見たもの。

 もう四半世紀前のことで、その時の気持ちを覚えていないのですが、極めて美しい写真です。

 24歳の私も心動かしたのでしょう。

 この繊細な木細工に火が付いたなら防ぎようはないと思います。

 反対の言い方をすれば、火災を防ぐことを第一に考えればこの尖塔は存在しません。

 火災は人の命を奪う可能性があります。

 よって、最大限の予防をする必要がありますが、現行法規の下なら、ノートルダムの尖塔も、ミラノのドゥオモも、法隆寺も存在しなかったと思います。

 美とは通常ではないからこそ美なのです。

 フランス国民は、悲哀にくれていると思います。

 形あるモノは必ず壊れます。しかし、人が望めばモノは必ず再現できます。

 自由・平等・博愛を表すというトリコロール。

 建築家・白井晟一は「青は希望の色」と言いました。

 希望を持ち、いつまでも憧れのパリであって欲しいと思うのです。

■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

鴨も鯉も恋の季節‐1575‐

 昨日、現場を回るルートを考えていると、真ん丸の古墳があるのをみつけました。

 アップでみると「雄略天皇陵」とあります。

 ちらと立ち寄ってきました。

 埼玉県稲荷山古墳で出土した鉄剣の銘にある「ワカタケル大王」は雄略天皇を指すとされます。

 『古事記』『日本書紀』ともに、その御陵が羽曳野の高鷲にあるとされているのです。

 日経新聞を読んでいる方は気付いたと思いますが、朝刊の連載小説「ワカタケル」の主人公その人です。

 5世紀から6世紀に築かれたものとされ、諸説あるようですが、雄略天皇丹比高鷲原陵(たじひのたかわしのはらのみささぎ)として治定されています。

 案内の看板には空撮がありました。

 その特異な形状がよく分かります。

 住宅地に突然大きなお濠が現れ、その真ん中に円墳が浮かぶ姿は壮観です。

 現在の都は東京ですが、この地が間違いなく日本の中心だったことが分かります。

 案内にはこうも記されていました。

 『日本書紀』には「雄略天皇に仕えていた隼人が、悲しみのあまり物も食べずに泣き続け、7日目についに死んでしまったので、その墓を御陵の北に造って葬った」という物語が記されています。

 マップに「隼人塚古墳」とでていたので、北の住宅街を探します。

 これがなかなか見つけられずで……

 近所の人に教えて貰い、ようやくたどり着きました。

 最後の路地は幅90cmくらいでした。

 住宅地にかこまれた小さな墳丘の上に石碑がみえます。

 「忠臣隼人之墓」と読み取れます。

 雄略天皇は強大な権力を持った君主だったとされます。

 その人と比べるのがおかしいのですが、私が亡くなったとして、せめて1日でも泣いてくれる人などいるのかなと思ったりもします。

 人は亡くなった時に本当の価値が分かるとも言います。

 しかし、亡くなった時にはこの世に居ませんから、真の価値を知ることはありません。

 ほっとしたのか、残念なのか……

 寒かった昨日までとはうってかわって、今日は20度くらいあったでしょうか。

 お濠をつがいの鴨が泳いでいました。

 浅瀬の鯉もつがい。

 春は恋の季節でもあります。

 鳥にも、魚にも、人にも。素晴らしい出会いがあるに違いありません。

■■■『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
「トレジャーキッズたかどの保育園」
地域情報サイトに掲載されました
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

吉野に、悲運の天皇を訪ねる‐1569‐

 大阪なら、ちらほらと桜が開花しだしました。

 関西も桜の名所は多々ありますが、規模で言えばやはり「一目千本」の吉野山です。

 「下千本」を一望しますが、満開の景色は格別でしょう。

 全くの開花前ですがふと立ち寄ってきました。

 吉野山は尾根道に沿って、門前町が広がります。

 その入り口にある黒門をくぐり、緩やかな坂道をのぼって行きます。

 この閑散期、お土産店の人も時間を持て余しています。

 「4月中頃の平日に、朝6時頃一番上まで車でいかれたらよろしい。朝靄がかかった景色は、それはもう素晴らしいから!」と。

 何とか時間を捻出して、再訪したいものです。

 門前町の高台にある仁王門。

 金峯山寺は修験道の総本山で、この仁王門は大阪、京都からの信者を迎えるため、北を向いているそうです。

 そのすぐ南にある金峯山寺蔵王堂は世界遺産。

 写真ではもどかしいくらいその迫力が伝わらないのですが、総檜皮葺きでこの規模のお堂はなかなかありません。

 東大寺大仏殿に次ぐ木造大建築とありました。

 道中、見事な枝垂梅だけはみることができました。

 娘が歴史で「南北朝時代」を習っているようで、その南朝があったのがこの吉野です。

 それで、ふと訪れてみたいと思ったのですが、当時天皇家には2つの統がありました。

 交互に皇位についていましたが、相続をめぐる争いが続きます。

 京都を制圧した足利尊氏は、持明院統の天皇をたて、大覚寺統の後醍醐天皇に譲位をせまります。

 有能で政治力もあった後醍醐天皇はこの地までのがれ、吉野朝廷をおこしたのです。以来、2つの朝廷が並び立ったのが南北朝時代です。

 室町幕府は、15代義昭を信長が追放するまで240年続きました。

 後半100年の戦国時代を含め、動乱の時代でした。

 しかし、南朝を中心とするこちらの世界は比較的安定していたようです。

 修験道を中心とした戦力もあり、この地から天皇家を中心とした平和な世界を創り上げるという旗印のもと、結束は固かったようです。

 しかし、南朝は57年で消滅しました。

 日本最長の歴史書と言われる「太平記」は、この地で生涯を閉じた後醍醐天皇を悲運の天皇として描いています。

 山川出版の「日本史」を引っ張り出すと、僅か2ページの内容です。

 なのに、何か心に引っ掛かるものがあります。

 情報を独占するIT企業の躍進。生活にはなくてはならなくなった?コンビニチェーン。

 コンビニのオーナーは、命を落としてでも契約を守らなければならないのか。勿論そんなはずはありません。

 勝者と強者だけが常に正しい訳ではありません。

 判官贔屓かもしれませんが、だからこそ、太平記では敗者とも言える後醍醐天皇や楠正成を熱心に描くのだと思います。

 大和魂。

 そんな言葉が頭に浮かぶのです。

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【News】
大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記