カテゴリー別アーカイブ: 01 旅・街

キンダイだけが継続した60年‐1524‐

 クロマグロの完全養殖を世界で初めて成功させた近畿大学。

 キンキという音が、英語では好ましくないので、KINDAIブランドに統一するというニュースもありました。

 よって近大がほぼ正式名称。私の母校でもあります。

 受験者数日本一の称号も手に入れましたが、近鉄長瀬駅の風景は昔のまま。

 今回は、人材募集の件でキャリアセンターを訪ねました。

 駅前のレトロな感じも全く変わらず。

 古本屋。

 雀荘。

 これらは大学通りの風物詩。

 混一色(ホンイツ)という言葉を聞いたのはいつ以来か。

 萬子、筒子、索子のどれか1種類と、字牌だけで作る役のことで、面前で3飜、鳴いても2飜。あまり伸び難い手です。

 麻雀をしない人はスルー下さい。

 駅から1km弱。大学通りの突き当りにあるのがレンガ造りの西門です。

 希望大学を沢山落ち、近大に拾って貰ったのですが、残念ながら愛着はほぼないのです。

 西門をくぐると、キャンパス内は大きく変わっていました。

 木造にガラス張りの英語村E3[e-cube]。

 網代をイメージしているのか、東南アジアのリゾートカフェのような雰囲気です。

 ここでかわす会話は全て英語。面白い試みです。

 目的のキャリアセンターも真新しい建物でした。

 この外壁がなかなか。

 多くの新学舎に木が使われていますが、その端材でコルク栓のようなものを大量につくります。

 それらを、エキスパンドメタルで作った薄い箱に詰め込んで、パネル状に組み、ルーバーのような役割を与えているのです。

 内部からみると、適度に光を遮り、面白い景色が演出されています。

 キャリアセンターの方と話しましたが、この売り手市場の中、完全に「学生様」的な感じでした。

 しかしマンパワーは必須です。結果を残し、環境を改善し、一緒に働きたいと思って貰うしかありません。

 キャリアセンターとつながるのが漫画図書館。

 物凄い規模でした。

 内部にはCNNのニュースが常に流れるカフェ。

 もうひとつ別のカフェもあり、受験者数日本一は伊達じゃないなと感じます。

 「落ちてくる」のでなく「望んでくる」学生がかなり増えているとのことでした。

 そこまで変わったんだと驚きましたが、近大マグロにしろ、英語村にしろ、この2万2千冊の漫画図書館にしろ、全ては努力の賜物のようです。

 高槻高校もそうですが、自分が卒業したあと、評価がぐんぐん上がることは、卒業生にとっては誇らしい限り。

 完全に他力本願ですが。

 先日の台風で、養殖中のクロマグロが逃げたりで、数億円の被害が出たというニュースもありました。

 クロマグロの養殖は、熊井英水教授の手によって、32年を掛けて成功したと知られますが、実際には60年前から研究はスタートしていたそうです。

 多くの大学、企業が撤退する中、世界初の偉業は学長の号令の元、60年の時間を掛けて成し遂げられてました。まさに継続こそが力なのです。

グランフロントにある「近畿大学水産研究所」にも初めて行ってきました。

 近大マグロと選抜鮮魚のお刺身御前。

 イシガキダイとブリが選抜されていました。

 この湯飲みに書かれているものは全て近大が養殖に成功しているものですが、イシガキダイとは渋いセレクトです。

 勿論、天然ものが理想ですが、十分に美味しく食べられるレベルにはあると思います。

 世界的には資源が減り、人口が増え続けるなか、食を生み出すことは最重要課題のひとつでもあります。

 これだけの成果を出していることが誇らしくもありますが、開店前から人が並び、すぐに行列となりました。

 これだけ認知され、ブランド化できたなら、数億円の痛手もすぐに取り戻せるでしょう。

 記憶通りだった、西門前の食堂「カロリー」。

 名前も良いし、このメニューも最高です。昔の記憶があっという間によみがえってくるのです。

 「早慶近」を目指すという近大。

 勿論、容易なはずはありません。しかし、絶対無理ではないはずです。

 誰かに頼らず生きて行きたいと思っていたつもりが、大学に自分の実力以上のブランドを求めていたことが、劣等感や愛着の無さにつながっていったのでしょう。

 心を入れ替えてます。

 自分が近大をさらに知って貰う存在になれるよう、身を粉にして働く所存です。そうなれば、とめどなく愛着も沸いてくるはず。60年掛かっても達成する覚悟です。

 地球が動いている限り、宇宙が膨張している限り、この世に不変はないはずです。

 そう言えば今日は体育の日。やはり、心と体が健康が全ての源です。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm

「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<&lt;/a&lta</

人は違う。でもそんなに変わらない。‐1517‐

 大阪近辺での打合せなら、阪神高速を使う確立が高くなります。

 首都高速程ではないにしても、通勤時刻は結構混むもの。

 会社近くを通るのが14号松原線ですが、駒川入口あたりも渋滞ポイントです。

 それで、早めの出発を心掛けていますが、1号環状線ををぐるっと回るだけでも、名物建築が色々見れます。

 松原線に乗るとすぐに見えてくるのが、あべのハルカス

 高さ300mは現在日本一。

 そのまま、なにわのエッフェル塔・通天閣のすぐ東を通り抜けます。

 高さは103m。

 環状線は、時計回りの一方通行。JRの環状線の更に内側にあります。

 その1号環状線と14号松原線が合流するあたりにあるのが湊町リバープレイスです。

 八角形の建物内には、FM大阪もはいっています。

 御堂筋と交差する位置からは、ナンバ・ヒップス。

 昨年、食事を2度ご一緒させて頂いた高松伸さんの作品です。

 環状線は大川を越えるあたりから、右に大きくカーブ。

 北に見えているのが梅田エリアです。

 高層ビル群の先駆けとなったのが大阪マルビル。高さは約124mで、1976年の完成です。

 東に向きを変えた環状線は、中之島の北を走ります。

 民の町・大阪のシンボルは中央公会堂。その存在感は、やはり抜きんでているのです。

 この日は12号守口線で、北へ向かいました。

 ついでにと言えば怒られますが、分岐点あたりにあるのが、私が設計した「seiundo」の入る、北浜一丁目平和ビルです。

 扇町には、キッズプラザ大阪の入るこの建物。

 大阪市環境局舞洲工場の設計で知られる、フンデルト・ヴァッサーの設計です。
 
 阪神高速、大阪建築ツアーはいかがだったでしょうか。

 12号守口線の城北インターで降り、さらに地道を北上すると、阪急電車が見えてきました。

 京都線の上新庄駅と相川駅の間で、神崎川の上を通過しています。

 中学・高校の間、この橋の上からずっとこの川を眺めていました。

 小学校から上がったばかりの頃、「いつか相川駅で降りて、釣りに行ってみたいなあ」などと思っていたのです。

 6年間も時間があったのに、それは一度も叶いませんでしたが。

 日々というものは、まさに電車に乗っているようなもの。「降りてみたい」と思ったら、すぐに行動しなければ、実現することはありません。

 また、角度、方向が違うと全く違う場所に見えるものです。

 私が毎日毎日見ていたあの場所だと、初めは全く気付かなかったのです。
 
 見る人の視点によって、全く違う景色があることを、今ならようやく理解できます。

 反対に、自分だけが特別な訳はないので、相手、他者も同じような、期待や不安を持っていることも、何とか想像できます。

 この相反する単純な真実が、未来をイメージする上で、とても重要だと考えています。

 こんなことを、学生に熱を入れて話していると、多くの学生は目が泳ぎ出します。それで「ああ、言い過ぎたんだな」と分かるのですが。

 人は違います。でもそんなに変わらない。

 これは私の人生哲学ですが、それぞれをフォーカスすると、それは間違っているという言い方もできるのです。

 なので、目的の「ある」「なし」が大切です。

 それがあれば、哲学はそこへ向かう道具となります。それが無ければ、間違い探し、出来ない探しを始めるネタでしかなくなると思うのです。

■■■9月16日(日) 9:00am~12:00pm 高槻中学・高校文化祭にて
「頼れる卒業生」による無料相談コーナーに参加します■■■

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<&lt;/a&lta</

讃岐うどんの名店Ⅶ、そこまでセルフ‐1513‐

 前回、香川での墓参りを終えたところまで書きました。

 昼食のため、快晴の讃岐平野を移動します。

 地元では「讃岐富士」と呼ばれる飯野山(いいのやま)。

 まさにオニギリをポンと置いたようなフォルムです。

 その脇を、申し訳程度に流れるのが土器川。

 香川で唯一の一級河川ですが、年に200日も水の流れない日があると、ブラタモリでも紹介されていました。

 その土手を超えたところに、「釜たま」の名店「なかむら」があります。(「釜たま」は、釜揚げうどん+たまごの意味)

 映画等にも登場するこの店を伝説としたのは、味は勿論として、「そこまでセルフ」というストーリーです。

 自分でダシを入れる、麺を温めるのは勿論、畑にネギを抜きに行き、自分で切っていたそう。

 人手不足でそうせざるを得なかったそうですが、更なる繁盛店になり、そのサービス?は現在なくなってしまったのです。

 この日は11時半頃の到着で、15人待ち程度。

 思ったほど混んでいませんでした。

 私は「釜たま」の特大に、もう1つ卵を追加。

 卵は自分で軽く混ぜ、ゆであがりを待ちます。

 レジで自己申告するのですが、天ぷら2つを加えて700円くらいだったでしょうか。 

 店内は清潔で広め。

 気候がよければ屋外席も気持ちよさそうです。

 この日はとても暑く、子供たちは冷やしうどんやぶっかけうどんを頼んでいました。

 麺は細目で、いわゆる讃岐うどんほど腰はありません。

 「長田」もそうでしたが、釜あげの名店は、麺がモッチリしている傾向にあります。

 熱い麺と卵を混ぜると、半熟のような状態になります。そこにうどん醤油をくるっと掛けて頂きます。

 特大は3玉入っていますが、のど越しが良く、いくらでも入って行く感じ。

 ねぎ、しょうが、ごまで味を変えながら楽しみました。

 子供達もみな大や特大を完食。その事実がこの店の味を雄弁に語っています。

 大変美味しゅうございました。

 昼頃になると、続々と車も増えてきました。

 あっという間に行列が伸びていきます。

 この長さなら1時間半くらいは掛かるでしょうか。

 帰り際、主人か若主人だろうと思い、少し話を聞いてみました。

 最近では良く混んでいるほうだそうです。

 「じゃあ今日は、良い日になったね」と言うと笑っていました。

 飲食、観光という産業は、難しいものだと思います。

 多くの人が常時訪れれば、天狗になるからか疲弊からか、客を雑に扱う店が増えてきます。

 しかしそんな応対を受けたことを人は忘れません。いずれその店、観光地は衰退して行きます。

 そうなってから、過去の栄光を取り戻すのは難しいでしょう。

 美味しいから繁盛する。それは素晴らしいことですが、また違った意味での試練がまっているのです。

 経営の神様、松下幸之助はこんなことを言っていたと思います。

 「失敗は、成功への過程。成功は、失敗の要因が蓄積している状態にすぎない」

 成功もまた試練。仕事とは終わりのない成長ゲームと言えるのです。

 しかし、このサービス過多の時代に、「なかむら」が支持されるのは面白いところです。私は、お客さん扱いで遠ざけられるより、もう少し立ち入ってみたいので「なかむら派」なのかもしれません。

 最後に、讃岐うどんの名店も整理しておきます。あくまで「私の」なので、雰囲気、混み具合等も合せてⅠの「やまうち」を推しておきます。

讃岐うどんの名店Ⅰ ひやあつの「やまうち」
讃岐うどんの名店Ⅱ 元祖ぶっかけの「山下」
讃岐うどんの名店Ⅲ 釜揚げの「長田」
讃岐うどんの名店Ⅳ 元祖しょうゆうどんの「小懸屋」
讃岐うどんの名店Ⅴ 純手打ちうどん「 よしや」
讃岐うどんの名店Ⅵ かまたまの「山越えうどん」
讃岐うどんの名店Ⅶ そこまでセルフの「なかむら」

■■■9月16日(日) 9:00am~12:00pm 高槻中学・高校文化祭にて
 「頼れる卒業生」による無料相談コーナーに参加します■■■
■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<&lt;/a&lta</

身近にあった真備。「ではない探し」ではない人生を‐1512‐

 8月も最終週に入りました。娘は今日から小学校に行っています。

 9月1日世代にはピンときませんが、休みが多すぎるよりは良いでしょうか。

 夏休み最終日の昨日、岡山、香川へ墓参りに帰っていました。

 まずは父方の郷里、倉敷へ。

 倉敷市は比較的大きな市で、倉敷川となまこ壁で知られる美観地区から、海沿いまでを網羅しています。

 その海を臨む墓地に守谷家の墓はあります。

 瀬戸内海式気候の夏は、雨が少なく本当に暑い。

 しかし、ここは眺めがよく目には涼やかです。

 中学生になった長男2人は、共にクラブで欠席。

 曾孫に打ち込みたいことが出来たなら、祖父母も喜んでいるでしょう。

 暑い中、一番下の女の子2人が墓掃除まで頑張ってくれました。

 次は、瀬戸大橋で香川へ移動します。

 母方の墓地は、金比羅山の見える田んぼの真ん中にあります。

 小さい頃から何度も目にしてきたこの景色ですが、日が強く、緑が本当に鮮やかです。

 稲穂も徐々に頭を下げ出していました。

 子供達も、蒸せるような夏草を香りを、いつか思い出す時がくるでしょう。

 父方の郷里が倉敷の海沿いと書きましたが、この辺りの住宅では、焼き杉板が結構使われています。

 倉敷と書いていますが、昔から我が家でも児島(こじま)と呼んでいます。

 昔は学生服の街、また現在では国産ジーンズ発祥の地としても知られる繊維の街なのです。

 近くにタコ漁で知られる下津井等もあり、なかなかに活気のある街だったようです。

 材木商だった祖父は、商いでは成功していたようで、墓地の裏には結構な規模の山を所有していました。

 そういえば、代々の墓も最も見晴らしの良い場所にあります。

 その祖父に続いて、数年前に父の兄も他界してしまったのですが、伯母は健在で少し話をしました。

 先月の豪雨では、倉敷市の真備地区で高梁川が氾濫し、多くの犠牲者がでてしまいました。

 伯母の姉がこの地区に住んでいたことを昨日初めて聞きました。

 親族が暮らしており、ぎりぎりのところで非難していたと聞いて、より豪雨の災禍を身近に感じます。

 先週、広島、愛媛を回った際も、多くの土砂災害跡が残っていました。

 思わずカメラを背けてしまいましたが、山肌にある墓地はかなりの確率で被害を受けていました。

 墓石が流されている景色は、何とも表現しがたい景色だったのです。

 伯母の姉の家も、2階まで完全に水に浸かってしまったのですが、近所の方が強い調子で連れ出して下さったそうで一命をとりとめました。

 しかし、家の中には土砂が流れ込み、乾き、とても住めるような状態ではないと言います。

 昨年、こんなたとえ話を話を聞かせてもらいました。

 もしあなたが「今、ソマリアの難民キャンプで、毛布が不足している」と聞いたらどう答えるでしょうね。

 「それは可哀想だな」で終わるかもしれません。

 この話を、安部首相が聞いたらどう答えるでしょう。

 「それは、日本として何か支援をしなければなりませんね。すぐにどんな援助ができるか検討して貰えませんか」と、しかるべき担当者に指示を与えるかもしれません。

 これが、視野の違いです。

 あくまで例えですが、その通りだと思いました。

 日本人ではない、知合いではない、親族ではない、家族ではない、自分ではない……

 どこまでも、「ではない探し」をしている人と、そうではない人の、どちらが人生において成長するのか。その答えは明らかです。

 大阪北部地震、西日本豪雨と、直接何かの援助ができている訳ではありません。

 まずは、精一杯自分の仕事に打ち込み、喜んで頂き、感謝の対価を頂き、しっかり税金を納めることが一番です。

 しかし、伯母の姉の話しを聞き、ではない探しをしていた自分がいたことを、はっきりと認識します。

 何度か書いた、讃岐うどんの名店めぐり

 今回は初めての店を訪れてたのですが、ちょっと内容がそぐわないので次回にします。

 「ではない探し」ではない人生を送る。

 何度も、何度もそう決意しなければならない程、人はやっぱり弱いのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<&lt;/a&lta</

しまなみ海道をめぐる<大三島で暮らす編>‐1511‐

 尾道をでて、ようやくしまなみ海道をめぐります。

 向島、因島と渡りますが、橋がそれぞれを地続きにしてくれました。

 一昨年、「村上海賊の娘」を読みました。

 その舞台を見て回りたいと思ったのもきっかけにあります。

 村上海賊の資料館、因島水軍城に立ち寄りました。

 その潮流の早さに驚き、島並の美しさに息をのみます。

 この豊かで、温暖な島々を牛耳っていたのが村上海賊でした。

 しまなみ海道の丁度真ん中あたり、大三島(おおみしま)に入りました。

 小さな集落の最奥。

 後輩が暮らす、築50年の民家は小高い丘の上にありました。

 この島で奥さんも迎えたと聞いたので、そのお祝いもしたかったのです。

 ただ、お祝いの品を家内が全て家に忘れてくるという大失態でしたが。

 チワワを飼っていることも聞いていました。

 イヌと暮らしてみたいという娘の希望も叶えることができたのです。

 両親の郷里が岡山と香川で、小さい頃、夏休みは田舎で過ごしました。

 その経験は、私にとって大きな価値があったと思います。

 決して豊かではないけれど、ゆったりした時間の中で、人にとって何が大切なのかを、私なりに体感していました。

 夕食は、瀬戸内海を望むカフェを予約して貰いました。

 新婚夫婦の写真を1枚。

 しかし、ちょっとふざけたこの写真が、彼の本質をよく表しています。

 アコウ、アジ、イカ、タコ。

 魚にはうるさい娘も大満足です。

 大人に一番人気だったのは、ハモシャブ。

 軽く皮を浸し、さっとダシをくぐらせるのがよいそう。

 美味しく、楽しい時間はあっという間に過ぎて行きます。

 遅くまで、久し振りの会話を楽しんだのです。

 翌朝、島豆腐などと一緒に、ミカンジュースが食卓に並びました。

 奥さんが生産したもので、皮は一緒に絞らないタイプで、甘く、とても柔らかい味わいでした。

 様々な職業を経験した移住組の穏やかな奥さん。美味しいミカンを沢山生産されることを楽しみにしています。

 ようやく仲良くなった頃、帰路につかなければならないのが旅の理です。

 最後の昼食は、「ファミリーレストランよし川」へ。

 大阪のファミリーレストランとは、随分趣きが異なります。

 海鮮丼を頼み、もう思い残すことはありません。

 大三島と言えば、伊東豊雄ミュージアムもあります。

 スティールハットの隣に建つのは、氏の自邸を再現したシルバーハット。

 大三島の美しさに惚れこんでこの地を選んだそうですが、今回はほぼ素通り。

 その訳は、私が多くの仕事を持ちこんでいたからです。

 昨年の夏季休暇、仕事が追いつかずで全ての旅行をキャンセルしました。

 しかし今年は「滞在中に仕事をしていても、彼なら許容してくれるだろう」という気持ちもありました。

 食事以外の時間は、奥さんの書斎を借りて仕事をさせて貰いました。

 2人と別れてから、子供たちにはちょっと海に浸かってもらい、海を望む図書館で仕事。

 旅先図書館も、我が家では定番です。

 夕刻になり、大三島を後にしました。

 愛媛の東予港を夜に発ち、月曜日の早朝、大阪南港に帰ってきました。

 船旅の終わりにはいつも思います。

 少し海は汚れているけれど、ここが私の戦う場所だと。

 2学年下の彼は、私が結婚したと知り、お祝いに湯飲み茶わんを持ってきてくれました。

 もう10年以上前のことです。

 私は、手土産はできるだけ食べ物など、無くなるものにしています。

 人の好みは様々だし、押しつけがましいのは嫌だなと思うからです。

 しかし、この湯飲み茶わんは絶妙でした。

 適度な厚み、風合い、品格を備え、そしてそこまで主張が強くない。

 ひとことで言えば「センスがよい」となるのですが、その審美眼を常に磨いていると感じるのです。

 彼は、日本各地、また海外でも、自分の職能で生計を立ててきました。

 この大三島で暮らすにあたって、日本各地をめぐった上で、人の温かいこの地を選んだそうです。

 ひなびた温泉地なども回っていましたが、そんな観光資源に恵まれた地は、総じて斜陽の雰囲気をもっていたそうです。

 聞けば納得できますが、本質を見抜くのは簡単ではありません。この話は妻越しに聞いたのですが、彼らしい選択だと感じました。

 人間は自由なものとして生まれたが、いたるところで鎖につながれている。

 フランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソーの言葉ですが、人は自由を求める一方で、アンカーのようなものも求めています。

 そのアンカーとは、家族だったり、仕事だったり、人それぞれです。

 逆説的に言えば、だからこそ自由を求めるのだと思います。

 そういえば、母方のルーツを探っていくと、愛媛県にたどり着きます。私の中のDNAには、この海が含まれているかもしれません。

 祖父母が皆亡くなった今、勝手ながらこの地を第三の故郷とすることにしました。

 私は自由をこよなく愛すると書きましたが、彼ほど自由の風を感じさせる人はいません。

 矢付き、槍折れた時は、自由の風と、潮風に吹かれに行きたいと思います。

 何より、この地なら娘が喜んでついてきてくれるのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<&lt;/a&lta</

しまなみ海道をめぐる<尾道編>‐1510‐

 週末は、後輩を尋ねてしまなみ海道をめぐりました。

 まずはスタート地点の尾道へ。

 この地を訪れたのは7年振り。某脱走犯が泳いで渡ったという尾道水道です。

 狭い所は200mだそうですが、もっと狭く感じます。

 それが、山、海、街のコントラストを強調し、極めて美しい風景を演出しています。

 尾道の背景ともいえるのが千光寺山。

 宿はその頂上付近にあり、尾道水道を見下ろします。

 あたりには、まだまだ豪雨の爪痕も残っています。

 この付近では、10日間の断水があったそう。

 仲居さんも、やはりトイレが一番苦労したとのことでした。

 純旅館という感じの宿で、部屋食でした。

 日が高いうちから食事をするこの贅沢。

 海の幸は、タコ、シマアジ、マダイがとても美味しかったのです。

 子供たちはダイヤル電話を面白がり、フロントへの電話が取り合いになっていました。

 翌朝、尾道商店街へ。

 南の路地をのぞけば海。

 北をのぞけば、山陽本線越しの千光寺山。

 この日は気持ちのよい気候で、坂道も歩きました。

 貿易の拠点として栄えた尾道は、急な斜面に張り付くように家が密集しています。

 敷地に対して無駄がないよう、法面に張り出した住宅。

 石の梁によって支えられていました。

 今風に言えば昆構造です。

 極めて細い路地は、神戸の外国人居留地などにも見られますが、より日本の風土を感じさせます。

 斜面に張り付く生き物が、手足を伸ばすかのよう。

 やや不安感はありますが、素晴らしい景色でしょう。

 急斜面での暮らしの中で、最も困難なのが水の確保。

 二階井戸は文化遺産に登録されています。

 海沿いまで戻ってきました。

 フェリーの往来をみているだけで飽きません。

 水の近い暮らしは、変化に富んでいるのです。

 夜、光を写す尾道水道。

 そして朝の尾道水道。

 「池を望む家」を設計したのが10年前でした。

 水というものは本当に無限の変化を見せてくれると知りました。

 生命の源である水を愛でるのは、ごく自然なことなのかもしれません。

 足掛け10年を掛けて、家族で47都道府県制覇の旅を終えたのが昨年の12月。

 切迫感こそなくなりましたが、折角旅にでるなら、子供たちにも何かを感じて欲しいと思います。

 今回は大三島に移り住んだ後輩を訪ねるのが目的でしたが、尾道だけで長くなってしまいました。

 「大三島で暮らす編」は、木曜日にUPしたいと思います。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

日本橋で見る狭小住宅‐1495‐ 

 中学に入学して、一番うれしかったのは定期を持ったことだったかもしれません。

 梅田、なんば、天王寺で自由に乗り降りできる、まさにゴールデンチケットでした。

 この3駅以外で、一番降りた駅はおそらく日本橋です。

 千日前通と堺筋が交差するのが日本橋1丁目。通称「日本一」。

 マクセルのカセットテープ、UDⅡが1円でも安い店を探して「小鉄」という友人と、このでんでんタウンを何往復もしました。

 当時面影を残す店も残っています。

 しかし、現在はネット社会となり、小売店舗は減小。

 ゲーム・アニメ・コスプレカフェなどサブカルチャーで知られる「西の秋葉原」となりました。

 でんでんタウンの西にあるこの通りは、通称「おたロード」と呼ばれるようです。

 たしかにメイド?のコスチュームで客引きする女性も。

 愛着のある街なので、寂れるよりは……と微妙な気分ではあります。

 この界隈に、有名な狭小住宅が2軒あります。

 いつ「美園」がなくなったのでしょうか。

 ただの「ユニバース」を通り過ぎます。

 1軒目は、安藤忠雄設計の「日本橋の家」。

 1994年の完成の個人邸ですが、現在はギャラリーとなっています。

 1979年に個人住宅で初めて日本建築学会賞を受賞した「住吉の長屋」が最も有名ですが、それより更に間口は狭く2.5mとのこと。

 しかし、この日は閉館日だったのか、入館できませんでした。

 また機会を改めます。

 もう1軒の「日本橋の家」は岸和郎の設計で1992年の完成です。

 日本建築家協会新人賞を受賞した作品で、氏のサイトによるとこちらの間口も2.5mとあります。

 外壁は鉄骨にセメント成形版を直接取り付けてあります。

 そのディティールは何度も住宅誌で見ましたが、本物を見たのは初めてでした。

 現在も個人邸だと思うので、写真はここまでにしておきます。

 4階に住居部分があり、それがふわりと持ち上げられています。

 何と言えばよいか「これは本物だな」と感じました。


 
 狭小住宅で言えば、「住吉の長屋」が西の横綱でしょう。

 対して、東の横綱は東孝光の自邸、1966年完成の「塔の家」でしょう。

2008年の3月に、表参道を雨の中ひた歩き見に行きました。

 すでに日が暮れていましたが「これこそが本物」という迫力でした。

 建築家として生きたいと思ったのは、学歴をものともしない安藤忠男の活躍があったからです。

 仕事をしていて、時には理不尽なことも起ります。

 そんな時「僕は安藤じゃない」と自分に言ってきかせます。

 誰もが認めてくれる所までたどり着けてないという意味です。

 人は誰もが同じではありませんし、価値観も違うと言えます。しかし、一番は一番です。

 その道のりの遠い事……

 しかし、その足跡をたどって歩いた時、「まだまだ」という気になります。

 可能性がある限り、すべてを振り絞って働くだけだと吹っ切れるのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

大名古屋と小名古屋‐1491‐

 先週の日曜日、CSでビフォーアフターの再放送をしていると、中高の大先輩が教えてくれました。

この建物を、6年の間に何度紹介して貰ったかと考えると、多くの時間とエネルギーを投入して良かったと思えます。

 梅雨入り後ですが、今日も気持ちの良い朝でした。

 縁側の掃き出し窓をあけると、「チリーン、チリーン」と涼しげな音色。

 休みの日に、娘が風鈴を作ってきました。

 学校も元気に行っています。担任の先生がとても熱心で、週に何回かは放課後にまで勉強を見てくれるそう。

 こんな話を聞くと、まだまだ日本も捨てたものじゃないと思うのです。

 先週末は名古屋へ出張でした。

 大阪で進めている住宅のフルリノベーション計画ですが、クライアントは名古屋在住です。

 その打合せに、今回は私が伺うことにしました。

 名古屋駅周辺の建築は3月に回りました。スパイラルタワーズをはじめ、個性的なものが沢山あります。

 JRセントラルタワーズは名古屋駅の上に建つ高層ビルで1999年の完成。

 一時は、世界一規模の大きな駅ビルとしてギネスブックに載っていたそうです。

 JR名古屋駅の改札前に、沢山の人が待ち合わせをしていました。

 大阪で言えばBIG MAN前といった所でしょうか。

 少しは早めに着いて、味噌煮込みうどんの山本屋本店エスカ店へ。

 注文すると、先に漬物がでてきてこちらはお代わり自由。

 隣のおじさんは、まずは焼き鳥と漬物で一杯やっていました。

 仕事でなければ、あやうくビールを頼んでしまうところでした。

 グツグツと煮立って出てきました。

 エビ天を入れて1600円程。大阪の人間からすると、うどんがちょっと粉っぽいのですが、地域の食べ方なら納得できます。

 味、店員さんの応対も含めて十分満足できました。

 名古屋名物で言えば残すは、手羽先、エビフライ、モーニングでしょうか。

 いずれも楽しみです。

 その後、名古屋駅の向かいにある大名古屋ビルヂングへ。

 2015年の完成です。

 旧ビルも同じだったようですが、なかなか思い切った名前です。

 ここにショールムームが集まっており、TOTO、YKK、タカラスタンダードと回りました。

 高層階からは名古屋城を見下ろします。しかし、濃尾平野はとにかく広い。

 トイレ等のTOTOは福岡のイメージでしたが、前身の会社は名古屋で創業されたと知りました。

 1876年、森村市左衛門が東京の銀座で貿易商社を起こしました。

 その後、海外で人気の高い陶磁器を早く調達するため、瀬戸、美濃の近い名古屋に、「日本陶器合名会社」を設立。

 1904年のことです。

 ここから「東洋陶器株式会社」が生まれ、後に「TOTO」となります。

 ノリタケカンパニー、日本碍子なども同じ源流をもつ企業のようです。

 便器に関しては、やはりTOTOのクオリティは高いものがあります。

 「世界最大級のセラミックス集団」という言葉に、迫力と納得を感じます。

 詳しくは書きませんが、あるショールームでアテンドしてくれた女性の言葉が少し気になりました。

 そういったことは、はっきり言わせて貰うので、何も腹に残っているものはありませんが、やはりビッグエンタープライズにこういった傾向は強いと思います。

 現在の成功は、これまでの偉大な先人、先輩の努力の賜物です。

 そういった会社に入るには、多くの競争があるのでしょうが、それは仕事のスタートに過ぎません。

 そこに居る人が偉いと勘違いしてしまう人を時々見かけるのです。

 その中心にあるのは「あなただけがお客さんじゃない」という思想だと思います。

 多くのシェアがあるので、ある意味そうとも言えます。しかし、それを公言しても求めてくれる人はどのくらい居るのかなとも思うのです。

 現実は大名古屋。心構えは小名古屋。そんな姿勢が、繁栄を生み、持続を生むのだと思うのですが……

 名古屋はあくまで例えですので、誤解なきよう。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

ギリギリ険道酷道‐1487‐

 昨日、今日と雨が続きます。

 今朝、食卓にイチゴがでていました。

 小振りだなと思って聞いてみると、「地物のいちごはこんなものよ」と。

 小振りで甘さ控えめ。近頃の果物は、どれもびっくりする程甘いので、これくらいが丁度良いのかもしれません。

 先日、車で現場を回っていると、燃料タンクのガソリンが底をつく寸前に。

 足りると計算していたのですが、走行可能距離が「1km」に。

 ガス欠は後が面倒と聞いていたので、まずはエアコンを切り、赤信号ごとにエンジンをストップ。

 ドキドキしながら、ガソリンスタンドに滑り込みました。

 街中なら何とでもなりますが、肝を冷やしたことがあります。

 20年程前、和歌山県の最南端にある、七川ダムへ妻とキャンプに出掛けました。

 高速が今ほど伸びておらず、大阪から4、5時間掛かったでしょうか。人は少なく、秘境と言って良い場所でした。

 大阪へ帰るには、海沿いの国号42号線に出たあと、2つのルートがあります。

 1つは西に回って、和歌山市を目指すルート。もう1つは、東へ回って熊野まで行き、紀伊半島中央を169号線で北上。吉野へ抜けるルートです。

 この時はお盆だったので、すいているであろう東回りを選択しました。更に、念には念をいれ、出来るだけ山側を抜けて、まずは新宮市を目指したのです。

 カーナビはありましたが、この辺りに来ると調子の悪いことが多く、この日も駄目でした。

 一本山側を走るだけなので、間違うこともないだろうと行くと、小さな村が見えてきました。

 通過する時、道端で話をしていたお爺さん達が、私の車を不思議そうに見ていたのです。

 以下のようなルートを通っていたのだと思います。

 ボートを積んでいたので「この辺りでは珍しいのかな」とか妻に言いながら通り過ぎました。

 少し行くと「車幅1.7m以上は通行不可」とありました。山道とは言え5、6kmのつもりだった私は、「大げさに書いているんだろう」くらいの気持ちでやり過ごしました。

 道幅が徐々に狭くなり、肌寒くなってきました。

 標高が上がったなと思っていると、道路の真ん中にコケが生えているのが見えました。初めて、道を間違っていることに気付いたのです。

 変わった滝があったので、その景色を覚えていたのですが、後で調べると「滝の拝(はい)」でした。

 日記の写真は自分で撮ったものと決めているのですが、当時の写真がなく……

 逆向きのルートでしたがこちらのサイトから拝借してきました。

 また、通過した集落は小川という村だったと思います。

 一旦止まって地図を確認すると、山中を北に向いて走ってきたようです。

 先は山の尾根を走る九十九折の道でしたが、瀞峡 のほうに抜けています。

 戻るという選択肢もありましたが、ガソリンが半分位になっており、そのまま行くしか帰る方法はないと判断しました。

 道は更に狭くなります。

 曲がりくねっていて、もうUターンできるような場所は一切ありませんでした。

 当時乗っていたハイラックスサーフは車巾が1.8m。

 確かに道幅は1.7m程で、冗談抜きでタイヤが路肩からはみ出していました。何度も、何度も降りて確認したのです。

 一台だけ出合ったバイクとは、あわやぶつかりそうになってバイクが転倒。

 起こしてあげると、逃げるように行ってしまいました。今思えば、一刻も早くここを抜けたかったのでしょう。

 断崖絶壁のがけにも係わらず、ガードレールが無かったり、岩盤が崩落した後の大きな岩が転がっていたり。

 夕暮れが迫り、更にガソリンは減り、道は細く、深いカーブの連続。

 もう神聖というより、薄ら寒いというか……

 間もなく国道168号線というところまでくると、ようやく景色が開けてきたのです。

 3時間くらい掛かって国道に出たとき、ブレーキを踏む右足はパンパンに張っていました。

 こちらの写真は昨年ですが、20年前はもっと悪路だったと思います。

 あの村で、お爺さんの顔を見たとき、どうして立ち止まれなかったのかと、何度悔やんだことか。

 もうガソリンが無くなるというタイミングで国道169号線に出ました。

 時刻は19:00頃。もう閉めようかというところで、この時程ガソリンスタンドに感謝したことはありません。

 調べていると「険道」「酷道」という言葉があるようです。

 和歌山県道43、44、45号線は、ちょっと知られた「険道」でした。

 また、紀伊半島の中央を、御坊から十津川温泉へ抜ける国道425号線は「日本三大酷道」のひとつだそうです。

 この道もハイラックスサーフで走っことがありますが、「国道だからって信用できないな」と思ったのです。

 今年、国道を169号線を走っていると事故渋滞につかまりました。

 少し戻れば、天川村を抜ける国道309号線があります。

 「待ってるくらいなら、少々険しくてもUターンして行ってみるか」と思っていると、車列が動き出しました。生来のギリギリ、険道、酷道好きなのでしょう。

 しかし命あってこそ。ほどほどにしなければと自戒しています。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a

革命は小より起こる‐1485‐

 昨日の雨で、葉には雫が残っていました。

 清々しい朝でした。

 長男は奈良の中学校へ通っているので、朝7時前には家をでます。

 私は休みの半分を奈良の南部で過ごすので、なにかしらの縁があるのかもしれません。

 海に面しない古都奈良。○○ビーフなどあまり似合わないと思うのは私の思い込みでしょうか。

 三輪素麺の老舗「池利」も古いスキーの仲間ですが、これぞ奈良の名産品と言った趣きです。

 また、柿の葉寿司も名産品のひとつ。

 川上村にある柿の葉寿司の「松屋」

 吉野川が大きく蛇行する169号線沿い、川上村の大滝という所にあります。

 この辺りには柿の葉寿司を売る店が何軒か並びます。

 5月前半に立ち寄った際は、70歳前後の気さくなご夫妻がでてきてくれました。

 「進物でなければ上に置いてあるものが安いですよ」と。 柿の葉寿司、11個入りが1,100円です。

 話をしていると、「明日、テレビ朝日の取材があるんですよ。何でも、外国人の方が食べてみて、日本一美味しいと評価してくれたそうで……」と。

 いつも前を通過するのですが、時間帯が合わずで食べるのは今回が初めて。

 チェーン店のものは何度か食べましたが、流石は日本一の柿の葉寿司。

 柿の葉の香りがよく、塩がしっかり効いた〆サバと甘めの酢飯が絶妙。各段に美味しかったのです。

 地ものだというので、干し椎茸もかってみました。

 これもゴールデンウィークのことですが、長男のクラブがあり、それ終わりで橿原まで迎えに行きました。

 買い物をしていると、向かいに海苔専門店がありました。

 長男が「買物をしている間、店に誰も入らなかった」と言うのです。

 で「可哀想だから何か買ってあげよう」と。

 なかなか高級そうな店ですが、子供達にはそんな事は関係ありません。2人とも海苔が大好きなのです。

 店内の雰囲気は、なかなか好感がもてます。

 溌剌とした店主に聞くと、主に寿司屋さん等の専門店に卸しているそう。

 店構えというのは正直なものです。仕事に困っていたら、ここまで手を掛けることはできないでしょう。

 上手くいっているんだろうと想像はしていましたが、ほっとしました。

 いやいや、明日は我が身と思い、心配して貰わなくて済むように、日々頑張るだけですが。

 有明産とのことで、娘は塩のりを購入。

 長男はこちらの梅のり。

 そこそこのお値段でしたが、美味しかったようです。

 「松屋」のある川上村のwebサイトに、「2045年の人口は270人になると予想され、その減少率は全国で一番高い」とあります。

 村長は続けてこう語っています。

 それにしても、あえて御幣を恐れずに言うと、今回の「報道」そのものに違和感を覚えます。もちろん報道の使命もその役割も十分認識していますが、今回この結果を報道することで「地方創生に水をさす結果にならないか」「その地で〝今〟を生きる人たちの希望はどうなるのか」等々、あまり好ましくない影響を与えるように思えてなりません。

 都市計画のある説で、「自然災害で壊滅的なダメージを受けた都市と、そうでない都市の10年後は、前者のほうが発展を遂げる」というものがあります。

 海のない奈良に美味しい柿の葉寿司があり、こだわりの海苔を売る店が立派に商いをしています。

 データやマーケティングを無視するつもりはありませんが、それが全てなら、いつも有利なものが必ず勝つことになります。

 しかし、人にはバイタリティや意思があります。少々の困難は、むしろ発奮材料。〝今〟は、過去とも未来とも違うのです。

 中国のことわざに、「革命は小より起こる」というものがあります。

 主流派ではなかった者のたわごとかもしれませんが、生きるということはそういう事だとも思っています。

 頑張れ栗山村長。本当に陰ながらですが応援しています。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【Events】
■4月1日「トレジャーキッズたかどの保育園」開園

【News】
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<</a