カテゴリー別アーカイブ: 04 建築

いえをつくるのじょうずだね‐1527‐

 先週日曜日は、「中庭のある無垢な珪藻土の家」の取材でした。

 ある機関紙の巻頭8ページの予定です。

 以前には「池を望む家」「イタウバハウス」を取材して貰いました。

 なかなか葉がつかなかったヤマボウシも、元気を取り戻しています。

 木々の変化は、折々の表情を家に与えてくれるのです。

 制作会社の担当者2人と伺い、2時間程の取材でした。

 「取材時は是非サポート下さい」と言っていたご夫妻でしたが、全くの杞憂でした。

 インタビューが始まると、家づくりの物語りが次から次へとでてきます。

 おそらくそうなるだろうと私は想像していました。

 打合せの際も、疑問、質問などがいつも非常に分かりやすく、明快でした。

 ご夫妻と話しをしていて、話が途切れることはまずないし、ご主人と四方山話しをしていたら2時間くらいはあっという間なのです。

 写真は以前のものを使うことにしました。

 実際の暮らしが始まったあとに撮影するのは、本当に大変です。

 この春に撮影したカットですが、お姉ちゃんはお絵かき、弟くんはパワーショベルで遊んでいる間に撮ってもらいました。

 こういったカットを写真家は「奇跡の一枚」と言います。

 大げさに聞こえるかもしれませんが、全てがかみ合うカットは、なかなか撮れないものなのです。

 5歳になったお姉ちゃんは、担当者と私を色々と案内してくれます。

 将来の子供部屋にはダンボールの家が。

 中には新聞紙で作った箒と塵取りまでありました。

 ものづくりがとても好きなのはお母さん譲りでしょう。

 インタビューは土地購入の経緯から始まり、おのずとキッチン周りのこだわりの部分へ移っていきます。

 ゴミ箱上にある、ゴミ袋のストック置場。

 何でもないものに見えるかもしれませんが、通路側を向いているので来訪者からは見えません。

 また、ゴミ箱の蓋の軌道をかわした位置にあるのです。

 キッチンからつながる、2.5畳の和室は様々な機能を併せ持ちます。

 洗濯物を畳む、雨の日の物干し、お子さんの昼寝等など。機能面での見せ場です。

 更に、その和室と洗面脱衣が繋がるのがこの収納。

 和室で畳んだものが、洗面脱衣室側からとることができるのです。

 インタビューの冒頭に、お姉ちゃんがこんな可愛いものを私に手渡してくれました。

 シールをはがすと私への手紙がでてきました。

 まだ逆さ文字が混じっていますが、本人が読んでくれました。

 「もりたにさん いえ つくるの じょうずだね」

 前の晩に、自ら書いてくれたとのことです。

 建築をつくるのが仕事ですが、「じょうずだね」と言って貰ったのは初めてです。

 多くの創り手がいる中で、もし誇れることがあるとしたら「一緒に物語をつくる」ということに尽きる気がします。

 取材に行く前に、8年前の「池を望む家」の巻頭特集に少し目を通しました。

 こちらの計画も、池の横にある土地と出会うところから、家づくりの物語が動き出します。

 その物語の舞台監督を私に任して貰えるなら、ドラマティックにダイナミックに、そして必ず楽しいものにしてみせます。

 それが私の生きる道なのです。

 この機関紙は無料で貰えるので、発刊の日時が決まればまたお知らせしたいと思います。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm「回遊できる家」放映

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから11月27日出版
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『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

メディア掲載情報

◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記<&lt;/a&lta</

台風から瓦を守るのは誰‐1522‐

 台風21号の爪あとがいまだに残るなか、昨晩の24号は和歌山に上陸しました。

 関西、東海、関東を縦断しましたが、今回は関東での影響が大きかったようです。

 今日の大阪は台風一過の晴れ空。

 生駒山がくっきりみえていました。

 唐突ですが、日曜日の産経新聞に、私の名前がでていたと、何人かの方から連絡を頂きました。

 『広がる「喫煙者不採用」の動き 導入企業は好評価 「差別」の懸念も…』という記事で、先週中ごろに取材を受けました。

 約15年前から喫煙者を採用していない大阪の一級建築士事務所「アトリエm」の守(もり)谷(たに)昌紀代表(48)は、現場の防火も理由のひとつとした上で、「役に立つための仕事で、人に迷惑をかける可能性があることはしてはならない。顧客に引き渡す商品の場ではなおさら」と話す。

 たったこれだけの部分ですが、それでも15分から20分くらいは記者の方と話をしました。

 このあたりが新聞の凄さだと思いますし、時々彼らの目に留まるのは嬉しいことだと思っています。

 スタッフ不足の真っ最中で、微妙な気持ちもありますが、嘘はつけないので仕方ありません。

 今日から10月で、すでに稲穂も頭を垂れはじめています。

 関西の農家の方は、24号の風害が少なかったことは何よりだったでしょう。

 我が家も停電に備えて、手動発電ライトを試験点灯。

 すべて取り越し苦労に終わりましたが、嬉しい誤算でした。

 とはいえ、屋根、外壁、板金、電気工事などは、未だ追いついていないのが現状です。

 瓦屋根が減小する中での天災で、需要が供給を大きく上回ります。

 私の仕事においても、瓦屋根の作品はこれまでに1軒だけです。

 「境内の中の家」は、2008年にフジテレビのスーパーニュースから、200日に及ぶ密着取材を受けました。

 文字通り、神社の中にある神官のお家で、軒先は一文字瓦ですっきりと仕上げました。

 もしかすると、私たちが瓦最後世代になるかもしれません。

 最近の瓦は、下地に桟をうち、そこに引っ掛けてクギで固定します。

 従来の瓦は土で固定しているだけ。

 最上部にある「のし瓦」は銅線もしくはステンレス線で固定されますが、それでも21号の時は、多くの瓦が吹き飛ばされました。

 こちらの建物は、築50~60年だと思うので、おそらく土での固定です。

 密集して建っている場合、古い工法だったとしても、そこまで被害を受けていないことが多いのです。

 反対に、ポツンと立っている建物は風の影響をダイレクトに受けます。

 こちらの住宅は、屋根上のアンテナがかなりの風圧を受けたでしょう。

 根元の屋根部分がかなりのダメージを受けており、早々に手を入れてあげたいところです。

 周辺環境は変わるので、どうすることもできませんが、街並みを意識するということは、景観以外の恩恵があると言えるのです。

 先程の被害が見えなかった住宅ですが、屋根の上に面白い飾りが載っていました。

 調べてみると「鍾馗様(しょうきさま)」と言うようです。

 道教の神様で、中国では鬼を退治したという逸話から、厄除けに飾るよう。

 向かいの家が「鍾馗様」を飾ると、同じようにお向かいが飾る習慣があるらしく、微笑み返しとして「おたふく」を飾ることもあるそうです。

 よくみると、凛々しく、また可愛らしい顔をしています。

 厄の中には、もちろん台風も入っていたでしょうが、最後は神頼みなのです。

 オリジナリティ、個性が尊重される時代です。

 過去の慣習を踏襲することが全て良い訳ではありませんが、自身の経験外のことが起こることは多々あります。

 そんな時、街並みという歴史に学ぶことは沢山あると思うのです。

 頭を重くした細い稲穂が、一本で植わっていたなら。

 台風がくればひとたまりもないでしょう。

 それぞれが自分で立とうという意識は大切ですが、人にしろ、植物にしろ、よりそって生きなければならない場面は、意外に多いのかもしれません。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

 鉄血宰相、ビスマルクの言葉を、警句として聞きたいと思うのです。

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社長なんて盲腸と同じ‐1519‐

 一昨日の朝、会社に向かう途中に「気持ちいいなあ」と思わず声にだしてしまいました。

 今日は生憎の雨ですが、本当に過ごしやすい季節になりました。

 カレンダーをみると彼岸の入り。

 各現場も天災に振り回されてはいますが、何とか前に進んでいます。

 完成までには、多くの職人が現場で働きますが、一番長い時間を過ごすのが監督と大工チームです。

 この日は棟梁とその後輩という2人が、テキパキと仕事を進めていました。

 下地の石膏ボードを張ったあと、開口部をカットしている場面です。

 まずは上のボード。

 そして下の部分も。

 光が差し込んでくると、景色は劇的に変わるのです。

 先端部は刃がなく、根元のみが切れるのようになっている電動ノコギリです。

 監督も、「このやり方が一番きれいにいきます」と言っていました。

 監督は現場の総責任者なので、すべての職人が彼らの指示で動いています。

 この現場での打合せには、2人も監督が参加してくれます。

 手前に立つのは、私と同じ世代でこの現場の監督です。

 奥の監督は私より一回り上で、この現場ともうひとつの現場を担当してくれています。

 総監督のような立場で、実質的には上司にあたるはずですが、この方は役職が一切ありません。

 私と同世代の従兄弟が起こした建築会社に合流し、担当物件に関しては全ての判断権限を持っていますが、役職で言えば平社員なのです。

 「社長とか専務とか、そんな役柄に興味がないんです。役柄があろうがなかろうが、やることはやりますので」と。

 世の中には、「社長」という言葉が大好きな人が沢山いるなかで、かなり稀有な人だと言えそうです。

 そういう私も、そのうちの1人でしょうか。一応役柄で言えば代表取締役ですが、「社長」とは誰にも呼んでほしくありません。

 また、クライアントにも「先生」と呼ぶのだけはご勘弁下さいとお伝えします。

 何と表現すれば良いのか難しいのですが、個々の関係性より、役柄が上回ることは意味がないし、それではより深い関係は築けないと思っているのです。

 ただ、学生君に「守谷君」と言われるのはさすがにムカッとくるので、社内では「所長」で統一して貰っていますが。

 本田宗一郎はこう言いました。

 社長なんて偉くも何ともない。

 課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。

 要するに命令系統をはっきりさせる

 記号に過ぎない。

 一丁両断。切れ味最高です。

 盲腸なので、居なくても問題ないのです。

 社長をバカにしている訳ではなく、目的を達する為だけに存在するのだという事を、笑わせながら教えてくれます。

 言葉の感覚も、まさに神様レベルなのです。

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困難克服ゲーム‐1515‐

 台風21号が通り過ぎ、2日が経ちました。

 関西では風速50m/sを越えた所もあり、大きな傷跡を残して行きました。移動が速かったのは不幸中の幸いだったと思います。

 私が設計した建物でも、室外機が飛んでしまった、剥がれた大きな屋根が飛んできてバルコニーに落ちてきたなどの連絡を貰いました。

 こちらは、連絡を貰った訳ではないのですが「Ohana」のシンボルツリー、オリーブが倒れてしまったとfacebookで知りました。

 店主で、カメラマンの石井さんの写真を拝借しています。

 今から9年前、2009年の9月「古川庭樹園」へ行きました。

 畑と言われる、樹木を育てるエリアを、石井さんと探してまわったのです。

 その中から、この一本をみつけました。

 私の車で持って帰り、自分達で植えたのです。

 竣工時はこの大きさ。1.8mくらいでしょうか。

 私が最後に会ったのが今年の6月。BBQの時でした。

 軒下までが6.8mなので、およそ7mにまで成長しました。

 本当に立派になったなあと、思っていたのです。

 形あるものはいつか壊れます。生き物なら、いつか必ず息絶えるのです。

 関西は大変だと言っていたら、北海道で震度7の地震が発生しました。

 自然の驚異を前にしたとき、ただ頭を低くして、行き過ぎるのを待つだけしかできないのです。

 人生は困難克服ゲームです。

 RPG(ロール・プレイング・ゲーム)と例えてもよいかもしれません。

 敵と出くわさなければ、また戦わなければ経験値が上がることはありません。

 ゲームならその戦いを楽しめるが、現実なら逃げたくなるのは何故なのか。

 ゲームは気に入らなければやめることが出来ますし、必ず解決できると知っているからだと思います。

 ならそう決めるまです。

 絶対にやめない、必ず解決すると決める。なかなかできませんが、これが人生を困難克服ゲームにするコツのはずです。

 何が起っても、人は死なない限り生きます。

 それなら、前向きに生きるだけです。

 今日も、明日も困難ばかり。それこそが、成長の源ですから。

■■■9月16日(日) 9:00am~12:00pm 高槻中学・高校文化祭にて
「頼れる卒業生」による無料相談コーナーに参加します■■■
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女房と○○は古いほうが良い‐1507‐

 10年程前から、カメラはCanonのEOS 5D Mark Ⅱというモデルを使っています。

 竣工写真は写真家に撮って貰うのが理想ですが、時間がない時、また私でなければ獲れないタイミングもあったりします。

 主にはその時に使うため購入したものです。

 また、建築用の広角レンズは画角が広いため既存建物の調査にも欠かせません。

 海外へ行く時も、5D Mark Ⅱを持っていくので、私にとっては「本気モード」の際のパートナーです。

 しかし、今年の5月、トレジャーキッズたかどの保育園へ、写真を撮りに行った頃から少し調子が悪く、気になっていました。

 6月初めの、スタッフの結婚式でも全自動モードしかシャッターが切れなくなってしまいました。

 Canonはwebサイトからの修理申込を勧めているので、そこから依頼すると9万円弱の見積りメールが。

 後継機種の 5D Mark IVが26万円くらいなので、買い替えも視野に入れていましたが、苦楽を共にしてきたカメラなのでひとまず修理を依頼しました。

 それから10日。

 ようやく戻ってきたのですが、伝えていた問題が解決していないのです。

 ここからのやりとりは、メールでは時間が掛かりすぎると判断し、肥後橋にあるサービスセンターへ直接持っていきました。

 この周辺、以前はプロラボに現像をだしに来ていたので、それなりに土地勘があります。

 土佐堀川沿いに建つのはTORAYのロゴが入る中之島三井ビルディング。

 あべのハルカスも設計した、シーザー・ペリの設計です。

 フェスティバルホールの外壁は、なじみがあります。

 それらを残して、高層ビル化されたのが2013年。

 保存をベースにすることは良いことだと思いますが、この継ぎはぎを私は好きになれません。

 しかし、今生の別れになる可能性もあると思い、全自動モードで辺りを撮りまくったのです。

 その向かいのビルにCanonのサービスセンターはありました。

 初めは若い女性が応対してくれましたが、中から主任のような人がでてきて、丁寧に謝ってくれました。

 買い替えという選択をした方が良かったかなと相談すると、

 「スポーツ写真等を撮るプロカメラマン様なら別ですが、このクラスのカメラは、修理しながら使って頂いている方の方が多いです。私もそちらをお勧めします」と。

 責任を持って修理しますので、もう少し時間を頂きたいですとのことでした。

 ついでに、普段分かり難いISOことや絞りのことを尋ねると、親切に教えてくれました。

 自社の製品が好きで、プライドを持っていることが伝わってきます。

 そして、無事修理が済み、健康体になって戻ってきました。

 今日はフルリノベーションの現場調査でしたが、広角レンズをつけて、全部屋を撮影してきました。

 蔵の2階の小屋組みを撮ったものですが、やはり長年の相棒、5D Mark Ⅱに限ります。

 女房と鍋釜は古い程良い

 カメラ、建築もあわせて、ひとまず古いほうが良いとしておきます。

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深夜0時、食卓で事件は起きる‐1504‐ 

 鬼門は中国から伝わってきたものと言われています。

 表鬼門に対して、南西の裏鬼門も、玄関や水回りを避けたほうが良いとされます。

 最も日差しが強い、モンスーンや台風の強風が吹き込み屋根を吹きとばされる、その風によったカマドの火の粉が入ってくる等がその理由です。

 週末の台風12号は、真東から日本列島を横断しました。裏鬼門も再考の余地がありそうです。

 その雨の中、北浜の「五感」本店へ寄ってきました。

 この界隈は「生きた建築ミュージアム」に選ばれている建物がいくつかあります。

 「五感」の入る新井ビルもそのひとつ。

 1922年(大正11年)に銀行として建てられました。

 少し南に下ると高麗橋野村ビルがあります。

 大阪瓦斯ビルで知られる、 安井武雄の設計で、1927年(昭和2年)の完成です。

 柔らかい曲線は、大阪瓦斯ビルでも見られます。

 更に南に下ると「生駒ビルヂング」。

 時計店らしく、大きな時計が目印。1930年(昭和5年)の完成です。

 大大阪時代の建物がずらりと並んでいるのです。

 新井ビルは何度か訪れていますが、店舗に入るのは初めて。

 看板も建物を尊重したもので、好感がもてます。

 店内は1年前に改装したそうで、真新しい感じでした。

 目的は、米と和三盆で作られたこのバームクーヘン。

 今年の6月にスタッフが結婚したのですが、その引き出物の中にありました。

 当日の式が終わり、家に帰って晩酌をしていると家族は10時頃には、2階へ上がって行きました。

 もう少し1人で飲んでいたのですが、キッチンへ行くとこのバームクーヘンが4つに切られて置いてありました。

 1つ食べて寝るか、と思ったところまでは覚えているのですが、その後の記憶がなく……

 翌朝、下に降りると、娘が「お父さん、また私のデザート全部食べたやろ~」と。

 「また」と言うのは、5年くらい前に娘のお気に入りだったハイチュウ(いちご味)を、私が夜に全て食べてしまったという一件を指しています。

 元々、甘党でもない私が、ハイチュウをそんなに食べるはずもないのです。

 ウィスキーを熟成させる過程で、幾分量が減ってしまうことを「天使の分け前」と言うそうですが、甘い物好きの天使が分け前を求めたのかもしれません。

 そんな言い訳をしていると必ずバチがあたります。

 晩酌は、一日おきと決めているので、それなりに節制しているつもりですが、眠い時に甘いものを食べ出すと、たまにストッパーが壊れてしまう時があるのです。

 午前0時を過ぎたあたりからの甘いものは絶対的に要注意。

 週末に誕生日を迎えました。天命を知る50歳まであと2年。夜中にハイチュウを食べている場合ではありません。

 天使が応援してくれるよう、また、悪魔にとりいられないよう、規則正しい生活をおくれる48歳でいたいと思います。

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日本最強の城で、開高の言葉を思う‐1502‐ 

 埼玉県熊谷で41.1℃を上回り、日本最高記録を更新したとありました。

 クーラーがなければ生命の危険さえあるという時代になってしまいました。

 普段の暮らしで我慢する必要はないと思いますが、今回の天災時のように、電気の供給がままならない事もあります。

 夏の光は最小に、冬の光は遮らない。風が流れやすい開口部を切る。建築に関わらせて貰う以上、これらは常に探求していかなければならないと感じます。

 「日本最強の城」というノボリをみつけ、奈良県の高取城址へいってきました。

 山道に入った途端に道が狭くなり「もしや険道か」と一瞬思いましたが、何とか到着。

 高取山(583.9m)の山頂付近にあり、日本最強をうたう山城が高取城です。

 城内は約10,000㎡、周囲約3km。

 広大な城内は、山頂付近の3,000坪にも及びます。

 壺坂口門から、木漏れ日が落ちる山道を500m程登ります。

 山頂付近の3,000坪が全て城。

 急峻な山肌の至るところに石垣が築かれています。

 ただ登るだけで息がきれてきますが、涼し気な景色に救われます。

 山頂付近に近付くと、急に視界が開けてきました。

 やっと天守閣址かと思うと、これは太鼓櫓。

 裏手に回ると東洋のマチュピチュと言われた、別子銅山を思い出します。

 櫓上に登り、振り返るとようやく本丸。

 手前が二の丸で、家臣たちの屋敷があった場所。

 とても見難いのですが、右下に居る人の身長と中央の大木を比べてみて下さい。

 石垣をみて「うわっ」と声を出してしまったのは初めてです。

 正三角形よりきつい角度で、石垣が10m積み上げられていました。

 その景色は圧巻でした。

 左側面から登りますが、標識を持っているのは熊。

 スーパーKなる人を襲う熊が話題になる時代です。ちょっと冗談きついわ、という感じ。

 ちなみに、8m飛ぶ熊撃退スプレーは持っていませんが、2~3m飛ぶ唐辛子スプレーは持ち歩いています。

 非常時にこれで撃退できるかは、普段のイメージトレーニング次第。

 動線を複雑にするため、曲輪が複雑に配置されています。

 14世紀に築城され、明治期までに自然倒壊したそうです。

 現在は木が生い茂っていますが、是非その姿を見たかったもの。

 標高583.9mにある、天守閣跡に到着しました。

 壺坂口門から20分くらい掛かったでしょうか。

 正面の大木裏を恐る恐るのぞいてみると、足がすくむ程の高さです。

 手摺がないこういった景色を、現代人はなかなか体験することができません。

 北には奈良盆地。

 南には吉野の山並みを望みます。

 この上に3層あったという天守閣からの眺めは、いかばかりのものだったのか。

 真っ二つに割れている木が結構ありました。

 落雷によるものでしょうか。

 この山頂部にある広大な本丸で、多くの人が暮らしていたのでしょう。

 井戸跡には、清いとまでは言えませんが、この日照りが続く中、水がにじんでいました。

 難攻不落というか、甲冑を来た武士がたどり着くだけでも大変なこの高取城。

 どうやら先月、NHKの番組で熊本城や大坂城を押さえて「最強の城」と認定されたようです。

 この山奥で、それなりの人とすれ違った理由と、真新しいノボリがあった訳が理解できました。

 石垣の上に古瓦が置かれています。

 足下を見れば石に交じってあちこちに。

 城郭に使われていたものでしょうが、分別解体した訳でもないのに、石垣以外、すべて自然に帰って行くのです。

 改めて、石の強さと、自然素材で作る意味を考えさせられます。

 永遠である必要など全くありません。

 作家・開高健は「河は眠らない」でこんなことを書いていました。要約してみます。

 木が倒れ、朽ち、苔が生え、微生物が繁殖し、バクテリアが増殖し、土を豊かにする、小虫がやってくる。

 小虫を捕まえるためにネズミなんかがやってくる、そのネズミを食べるためにまたワシなんかの鳥もやってくる。

 森にお湿りを与える、乾かない。そのことが河を豊かにする。全てはつながりあっているんだ。

 風倒木のことを、英語でナースログと言う。森の看護をしているという意味で、自然にとって無駄なものはひとつもない。

 無駄に見えるけど貴重なものは沢山ある。人にとってのナースログとは?

 無駄をおそれてはいけないし、無駄を軽蔑してはいけない。何が無駄で何が無駄でないかはわからないんだ。

 人は分からない中でも、何かしらの決断をしながら生きて行かなければなりません。

 悩んだとき、迷った時は、原理原則に戻る、太古に戻ることにしています。

 自然だけが素晴らしいとか、人こそが素晴らしいというつもりはありません

 無駄をおそれてはいけない。軽蔑してはならない。大阪生まれの作家の言葉に、何か救われる気がするのです。

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枚方市津田西町1-24-8

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日本の夏、日本の美、頑張れチームニッポン‐1496‐ 

 金曜日の午前1頃、サッカーの日本代表はグループリーグを突破しました。

 その戦い方には様々な評価がありますが、また4日間楽しみが増えました。

 チーム日本の総生産能力が、かなり上がっているのは間違いありません。

 昨日は、京都国立近代美術館の「横山大観展」へ行ってきました。

 初夏の京都ほど美しいものはそうありません。

 一昨年、作品群が世界遺産に指定されたル・コルビジュエ。

 その愛弟子、前川國男が設計したのが京都会館です。

 現在はロームシアター京都となりましたが、深い軒と木陰に誘われて、多くの人がお茶を楽しんでいました。

 「日本の夏」というフレーズが浮かんできます。

 ロームシアター京都から少し南。

 平安神宮の大鳥居を抜けると、京都国立近代美術館があります。

 こちらは、9・11テロの跡地に建つ4WTC(4ワールドトレードセンター)も設計した槙文彦の作品。

 建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞も受賞している、私にとっては生きるレジェンドです。

 京都市立美術館とで大鳥居を挟むように建っているのです。

 明治から昭和にかけて、多くの作品を残している横山大観。

 生誕150年を記念しての展覧会ですが、かなり賑わっていました。

 会期の前半と後半とでは展示が変わるようで、前半の目玉はこの『 紅葉 』。

 1931年(昭和6年)の作品です。

 「東の大観、西の栖鳳(せいほう)」と並び称される近代日本画の巨匠、横山大観。

 日本の伝統的な技法を継承しながら、新たな境地を開拓しました。

 しかしコミカルなタッチもあり、巨匠然としていない所にも好感がもてます。

 もうひとつの目玉、『 生々流転 』は全長40mの日本一長い画巻で重要文化財です。

 山間に沸く雲から一粒の滴が生まれるところから、川、海、そして雲に戻るまで、水の一生を描いた大作です。

 40mは一度に展示できないので、会期を3つに分けて1/3ずつの展示でした。

 

 やはり、全展示の中でも『 紅葉 』は圧巻でした。

 画材として、プラチナが使われているそうで、鮮やかさ、コントラストと、まさにエンターテイメントという言葉が相応しいと感じます。

 常設展示でさえ、ピカソ、マティス、モンドリアンと、もう見応え十分でした。

 展覧会の案内で、横山大観の師が岡倉天心だと知りました。

 1896年、東京美術学校初代校長だった岡倉天心はトラブルがもとで同校を去ります。

 その後、日本美術院を設立しますが、横山大観も師と行動をともにしています。

 後に岡倉天心はアメリカに渡り、1906年に「Book of Tea」を出版しました。

 1900年、新渡戸稲造の「武士道」が英文で発表されます。

 時代は、日清戦争、日露戦争と日本は軍国主義を色濃くし、欧米からは警戒心をもった目で見られていきます。

 日本人の本質は、もっと他にもあるという危機感をもって、天心が英文で発表したのが「Book of Tea」で、後に和訳され「茶の本」として日本でも出版されました。

 茶道のみならず、禅、茶室、美術鑑賞、そして千利休、小堀遠州と、日本の芸術を紐解く傑作と言って間違いありません。

 少し硬い表現ですが、引用してみます。

 この人生という、愚かな苦労の波の騒がしい海の上の生活を、適当に律してゆく道を知らない人々は、外観は幸福に安んじているようにと努めながらも、そのかいもなく絶えず悲惨な状態にいる。われわれは心の安定を保とうとしてはよろめき。水平線上に浮かぶ雲にことごとく暴風雨の前兆を見る。しかしながら、永遠に向かって押し寄せる波濤のうねりの中に、喜びと美しさが存している。何ゆえその心をくまないのであるか、また列子のごとく風そのものに御しないのであるか。

 美を友として世を送ったひとのみが麗しい往生をすることができる。

 巻の最後、利休が秀吉との不和で切腹を強いられ、弟子らとの「最後の茶の湯」の場面へと進みます。

 そして切腹の場面までを鮮やかに美しく描いています。

 まさに、麗しい往生が精緻に描かれているのです。

 「美」とは何か。

 これは私にとっても永遠のテーマです。

 どこかの区切りでまとめたいと思っていますが、岡倉天心の言葉は深くまで心に入ってくるのです。
 
 日本代表はベスト8をかけてベルギーと戦います。

 試合開始は3:00am。深夜と言えば良いのか、早朝と言えば良いのか微妙ですが、早起きして見ようと思います。

 FIFAのランキング3位の「赤い悪魔」は2年間無敗だそう。

 実力は間違いなく相手が上です。しかし、「十分やれると思っている」という長友の言葉通り、期待せずにはおれません。

 もう一度天心の言葉を引いてみます。

 おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見のがしがちである。

 こんな時は、この極東の島国だからこそ、持っているものがあると信じたいのです。

 頑張れニッポン。

 建築だって、経済だって、斜陽などとは言わせないぞと思っているのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm
「回遊できる家」放映

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日本橋で見る狭小住宅‐1495‐ 

 中学に入学して、一番うれしかったのは定期を持ったことだったかもしれません。

 梅田、なんば、天王寺で自由に乗り降りできる、まさにゴールデンチケットでした。

 この3駅以外で、一番降りた駅はおそらく日本橋です。

 千日前通と堺筋が交差するのが日本橋1丁目。通称「日本一」。

 マクセルのカセットテープ、UDⅡが1円でも安い店を探して「小鉄」という友人と、このでんでんタウンを何往復もしました。

 当時面影を残す店も残っています。

 しかし、現在はネット社会となり、小売店舗は減小。

 ゲーム・アニメ・コスプレカフェなどサブカルチャーで知られる「西の秋葉原」となりました。

 でんでんタウンの西にあるこの通りは、通称「おたロード」と呼ばれるようです。

 たしかにメイド?のコスチュームで客引きする女性も。

 愛着のある街なので、寂れるよりは……と微妙な気分ではあります。

 この界隈に、有名な狭小住宅が2軒あります。

 いつ「美園」がなくなったのでしょうか。

 ただの「ユニバース」を通り過ぎます。

 1軒目は、安藤忠雄設計の「日本橋の家」。

 1994年の完成の個人邸ですが、現在はギャラリーとなっています。

 1979年に個人住宅で初めて日本建築学会賞を受賞した「住吉の長屋」が最も有名ですが、それより更に間口は狭く2.5mとのこと。

 しかし、この日は閉館日だったのか、入館できませんでした。

 また機会を改めます。

 もう1軒の「日本橋の家」は岸和郎の設計で1992年の完成です。

 日本建築家協会新人賞を受賞した作品で、氏のサイトによるとこちらの間口も2.5mとあります。

 外壁は鉄骨にセメント成形版を直接取り付けてあります。

 そのディティールは何度も住宅誌で見ましたが、本物を見たのは初めてでした。

 現在も個人邸だと思うので、写真はここまでにしておきます。

 4階に住居部分があり、それがふわりと持ち上げられています。

 何と言えばよいか「これは本物だな」と感じました。


 
 狭小住宅で言えば、「住吉の長屋」が西の横綱でしょう。

 対して、東の横綱は東孝光の自邸、1966年完成の「塔の家」でしょう。

2008年の3月に、表参道を雨の中ひた歩き見に行きました。

 すでに日が暮れていましたが「これこそが本物」という迫力でした。

 建築家として生きたいと思ったのは、学歴をものともしない安藤忠男の活躍があったからです。

 仕事をしていて、時には理不尽なことも起ります。

 そんな時「僕は安藤じゃない」と自分に言ってきかせます。

 誰もが認めてくれる所までたどり着けてないという意味です。

 人は誰もが同じではありませんし、価値観も違うと言えます。しかし、一番は一番です。

 その道のりの遠い事……

 しかし、その足跡をたどって歩いた時、「まだまだ」という気になります。

 可能性がある限り、すべてを振り絞って働くだけだと吹っ切れるのです。

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大名古屋と小名古屋‐1491‐

 先週の日曜日、CSでビフォーアフターの再放送をしていると、中高の大先輩が教えてくれました。

この建物を、6年の間に何度紹介して貰ったかと考えると、多くの時間とエネルギーを投入して良かったと思えます。

 梅雨入り後ですが、今日も気持ちの良い朝でした。

 縁側の掃き出し窓をあけると、「チリーン、チリーン」と涼しげな音色。

 休みの日に、娘が風鈴を作ってきました。

 学校も元気に行っています。担任の先生がとても熱心で、週に何回かは放課後にまで勉強を見てくれるそう。

 こんな話を聞くと、まだまだ日本も捨てたものじゃないと思うのです。

 先週末は名古屋へ出張でした。

 大阪で進めている住宅のフルリノベーション計画ですが、クライアントは名古屋在住です。

 その打合せに、今回は私が伺うことにしました。

 名古屋駅周辺の建築は3月に回りました。スパイラルタワーズをはじめ、個性的なものが沢山あります。

 JRセントラルタワーズは名古屋駅の上に建つ高層ビルで1999年の完成。

 一時は、世界一規模の大きな駅ビルとしてギネスブックに載っていたそうです。

 JR名古屋駅の改札前に、沢山の人が待ち合わせをしていました。

 大阪で言えばBIG MAN前といった所でしょうか。

 少しは早めに着いて、味噌煮込みうどんの山本屋本店エスカ店へ。

 注文すると、先に漬物がでてきてこちらはお代わり自由。

 隣のおじさんは、まずは焼き鳥と漬物で一杯やっていました。

 仕事でなければ、あやうくビールを頼んでしまうところでした。

 グツグツと煮立って出てきました。

 エビ天を入れて1600円程。大阪の人間からすると、うどんがちょっと粉っぽいのですが、地域の食べ方なら納得できます。

 味、店員さんの応対も含めて十分満足できました。

 名古屋名物で言えば残すは、手羽先、エビフライ、モーニングでしょうか。

 いずれも楽しみです。

 その後、名古屋駅の向かいにある大名古屋ビルヂングへ。

 2015年の完成です。

 旧ビルも同じだったようですが、なかなか思い切った名前です。

 ここにショールムームが集まっており、TOTO、YKK、タカラスタンダードと回りました。

 高層階からは名古屋城を見下ろします。しかし、濃尾平野はとにかく広い。

 トイレ等のTOTOは福岡のイメージでしたが、前身の会社は名古屋で創業されたと知りました。

 1876年、森村市左衛門が東京の銀座で貿易商社を起こしました。

 その後、海外で人気の高い陶磁器を早く調達するため、瀬戸、美濃の近い名古屋に、「日本陶器合名会社」を設立。

 1904年のことです。

 ここから「東洋陶器株式会社」が生まれ、後に「TOTO」となります。

 ノリタケカンパニー、日本碍子なども同じ源流をもつ企業のようです。

 便器に関しては、やはりTOTOのクオリティは高いものがあります。

 「世界最大級のセラミックス集団」という言葉に、迫力と納得を感じます。

 詳しくは書きませんが、あるショールームでアテンドしてくれた女性の言葉が少し気になりました。

 そういったことは、はっきり言わせて貰うので、何も腹に残っているものはありませんが、やはりビッグエンタープライズにこういった傾向は強いと思います。

 現在の成功は、これまでの偉大な先人、先輩の努力の賜物です。

 そういった会社に入るには、多くの競争があるのでしょうが、それは仕事のスタートに過ぎません。

 そこに居る人が偉いと勘違いしてしまう人を時々見かけるのです。

 その中心にあるのは「あなただけがお客さんじゃない」という思想だと思います。

 多くのシェアがあるので、ある意味そうとも言えます。しかし、それを公言しても求めてくれる人はどのくらい居るのかなとも思うのです。

 現実は大名古屋。心構えは小名古屋。そんな姿勢が、繁栄を生み、持続を生むのだと思うのですが……

 名古屋はあくまで例えですので、誤解なきよう。

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