カテゴリー別アーカイブ: 02 ことば・本

尖った稲穂‐1619‐

 「余の辞書に不可能の文字はない」はナポレオン・ボナパルトの言葉とされます。

 しかし諸説あるようで「不可能というフランス語はない」といったものもあるそう。

 建築現場、設計事務所業界に置き換えて「人手不足という日本語はない」としてみます。

 嘆いていても仕方ないので、フランスの英雄にあやかってみるのです。

 そのような訳で、現場と会社をコマネズミのように往復する毎日ですが、充実度は1000%なのです。

 現場からの帰り、今日は良い天気だなと思っていたら、急に雲が広がり、ゴロゴロと雷の音。

 ゲリラ豪雨も9月が多かったと思うので、常に意識はしておかなければなりません。

 さっと昼食を取ろうと国道沿いのうどん店に入りました。

 食事を終えて店を出ると、裏手に水田が広がっていることに気が付きました。

 大阪市内の少し手前ですが、かなりの広さで大きな空を見るのは気分が良いものです。

 隣にはため池があり、ここから水を引いているのでしょうか。

 びっしりと生えたハスと浮き草。水面は殆ど見えません。

 近づくと、水面付近が一斉に動き「ガサガサッ、ボチャン」と。

 正体はおそらくこのカエル。

 お食事中のシラサギです。

 何を食べているかは、ご想像にお任せします。

 ヒマワリも植わっていたので、ちょっとお口直しを。(目直し?)

 水田の一部には、鳥よけネットの掛かっているエリアがありました。

 早生種なのか、すでに深く頭を垂れています。

 注意して見ると、区画ごとに成長度合いが随分違います。

 時間をずらしながら収穫する為でしょうか。

 こちらは、穂が重くなり始めた頃。

 その隣は穂の付き始め。

 まじまじと若い稲穂を観察したのは初めてでした。

 当たり前ですが、初めから穂が垂れていることはありません。

 「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」

 立派な人ほど謙虚であるということわざですが、日本の米食文化が、より親近感と、説得力を持たせているでしょう。

 とても好きな言葉ですが、頭を垂れていない時期があったから、成長があるとも言えます。

 誰しも青い、尖っている時期はあって良いのだと、鋭い稲穂をみて、至極納得できたのです。

 そう考えると、子供に大人を求めたり、若いスタッフに成熟を求めてしまったことがあったかもと、反省したのです。

 小学生から中学生に掛けて、大人に対して敬語を使い始めます。子供が大人に向かうタイミングで、多少の違和感を感じるものです。

 幼稚園から敬語を使いこなせるのもおかしいし、大学生になっても使えないのもバツです。

 教育とは、そんな違和感を受け入れることなのかもしれません。

 仕事人としては、およそ四半世紀に渡ってキャリアを積ませて貰いました。その手応えもあります。

 しかしリーダー業に至っては、私がいまだ尖った稲穂。 人手不足はひとえに私の責任です。

 田んぼの底を見ると触角が見えるのでタニシでしょうか。

 人は単細胞生物から、ここまで進化してきました。

 「自然は飛躍せず」

 植物学者リンネの言葉です。

 その言葉を信じ、少しずつでも進歩していると思いたいのです。

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『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました
『homify』5月7日「碧の家」掲載
『houzz』4月15日の特集記事
「中庭のある無垢な珪藻土の家」が紹介されました
『デンタルクリニックデザイン事典vol.1』4月1日発売に「さかたファミリー歯科クリニック」掲載
「トレジャーキッズたかどの保育園」
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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

42.195‐1611‐

 小学校に入学し、初めての担任はとても厳しい先生でした。

 勉強熱心で、多少怖いくらいの女性で、40代半ばくらいだったでしょうか。

 写真の一番左がその先生です。

 怖いというのもあって真面目に勉強したのですが、そのおかげか、結構成績が良かったのです。

 大人しい生徒で、勉強もでき、先生の言うこともよく聞く。

 使い勝手のよい生徒だったと思いますが、今思えば多少「贔屓」されていたかもしれません。

 保育園の時に、頭が良いとか、悪いとか考えることはあまり無いので、「やれば出来るんだ」と思った初めの機会だったかもしれません。

 その先生は、読書を特に勧めており、感想文も熱心に読んでくれました。

 細やかに評価をしてくれたのも本好きになった要因だっかもしれません。

 近頃は寝る前だけなので、月に1~3冊程度ですが、以来、本を欠かしたことは殆どありません。

 6月に「傑作」と書いた、池井戸潤の「下町ロケット」ですが、今更私が書くまでもない人気作家だとよく分かりました。

 現在まで一作たりとも外れ無し。この「陸王」も素晴らしかったのです。

 足袋を100年作っている老舗メーカーが、先細りする業界を憂い、ランニングシューズ業界に参入する話です。

 小さな足袋メーカーの4代目社長の葛藤と、学生時代はトップランナーでしたが、社会人になって故障、そこから復活していく若きランナーを軸に物語は展開していきます。

 彼に新しく開発した「陸王」というシューズを履いて貰うところから展開は加速していきます。

 大企業に所属するが故、自社のシューズと自分の損得しか考えていない悪役営業マン。ランナーのことだけを考えている職人肌のシューフィッター。新素材を見つけ新たな可能性に掛ける零細企業と、冷たい銀行の実態と、ドラマ化して貰わずとも、画が浮かんでくるような小説です。

 この若きランナーは「陸王」を履きマラソンに出場。

 ライバルを退け、見事に復活優勝をとげるというハッピーエンドでした。

 私のクライアントも、ジョギングレベルではなく、本気のマラソンレースや、中には一昼夜走るトレイルに出場している方もいます。

 そんなこともあり、今年のはじめに大阪女子国際マラソンを観戦に行きました。

 マラソンは35kmあたりからが別次元の苦しさと言います。

 この時もそのあたりで見ていましたが、とても2時間走ってきたスピードには見えませんが、流石に苦しそうでした。

 私も26歳の時に一度だけ、静岡県の袋井でマラソンに出たことがありますが、35km辺りからは歩いてゴールしたと思います。

 「35kmが折り返し点」というコピーに、至極納得したことを覚えています。

 先に書いた担任の先生は6年生の時も持って貰ったと思いますが、20年程前「自宅のリノベーションを考えているから、見にきてほしい」と電話を貰いました。

 リノベーションというよりは部分リフォームだったので、辞退させて貰ったのですが、その頃で70歳を超えている感じだったでしょうか。

 年賀状が返ってこなくなったので少し気にはなっているのですが……

 授業中に、マラソンの距離をゴロ合わせで「死に行く覚悟」と教えてくれました。

 ネガティブな言葉は嫌いですが、実際にマラトンの戦いの勝利を、40km離れたアテネまでギリシャ兵が走って報告、その後絶命したという故事にのっとっているものですから、単なるロゴ合わせとも言えないかもしれません。

 「陸王」の中でもっとも痛快だったセリフです。

 「この2年間都合よく離れていく連中を何人も見てきました。いいときは擦り寄ってくるのに、悪くなるとあっという間にいなくなる。御社だって、そうじゃないですか。サポート契約を打ち切ったのはオレじゃない。御社のほうでしょう。なのに、レースに復帰した途端、手のひらを返したように近づいてくる。もううんざりなんですよ」

 マラソンの当日、大企業のシューズではなく「陸王」を履くことを決めた場面です。

 命までを掛けるかは別にしても、何もかけずに真理は見えないし、人の心を動かすことはありません。

 およそ半世紀生きてきたので、教えて貰ったこと、学んだこと、知っていることは数限りなくあります。

 どんなことがあっても死にませんが「42.195」で目の前にあるものに臨むだけなのです。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』7月21日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
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建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
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取材大好き‐1602‐

 先週の土曜日は「回遊できる家」の取材でした。

 住宅誌のリフォーム特集ですが、9月末の発売予定です。告知OKとなれば、またここでお知らせします。

 もう少し晴れてくれれば良いのですが、梅雨時につき贅沢は言えません。

 出版社は概ね東京にあるので、ライターの方は朝5時に家を出たそうです。

 わざわざの大阪に来て貰ったので、取材は絶対成功させなければなりません。

 朝10時から取材開始です。

 前回の訪問は毎日放送『住人十色』の撮影の時で、昨年の2月でした。

 子供さんも慣れたもので、取材中は子供部屋(子供エリア?)で遊んで待っています。

 3番目の長女さんは年中さんで、お父さんにピッタリ。

 長男君が小4、次男君が小2、三男君が間もなく3歳です。

 2016年12月の撮影の時は、ラグの上でずっと寝ていた三男君。

 4人兄弟の末っ子君は、何と言っても逞しい。

 まさか自分が2歳だなんて思っていないのです。

 2階も皆で案内してくれました。

 ガラス瓦から光が落ちるこの風景は、何度見ても良いものです。

 一番奥にあるお父さんの書斎には小さな机が2つ。

 こちらのご夫妻はいつも子供が一番なのです。

 キッチン後ろの収納は、とても可愛いと「また」撮ってもらいました。

 奥さんはちょっと恥ずかしがっていましたが、私が入れ知恵しました。

 奥さんには申し訳ないのですが、工夫すれば自分にもできる、そんな写真を読者は見たいのです。

 このアングルも必須です。

 カメラマンの男性は関西の方で、兎に角子供に優しい。

 こんなサービス精神で、撮れる画は確実に変わってくるものです。

 面白い構成なので、勉強している写真も撮ってみましょうかとなりました。

 色々な人に撮って貰いましたが、カメラマンの一番の仕事はやはりアングルを探すことだと良く分かります。

 建築は設計、建築会社、そしてクライアントとの共同作業で出来上がります。

 こちらの奥さんはいつも謙遜されるのですが、とてもセンスが良いのです。

 フローリングに合わせて選んだこの飾り棚。

 実はは衣類入れで、上から長男、次男、長女、三男となっています。

 新たに加わっていたこのプランター置きも、よく合っています。

 ティッシュボックスも木で揃え、撮影時はティッシュ自体を箱の中に押し込んでくれていました。

 非常に細やかな気遣いができる方です。

 しかし大らかな人で、ちょっとくらいの落書きで雷を落としたりはしません。

 落書きしたその日は、小さな雷鳴くらいはあったかもしれませんが(笑)

 この洗面の右の水栓は、子供さんが使いやすいように手前、横に付けました。

 これも奥さんの要望から位置を決めたものです。

 「子供たちといつまでも仲良く」というメインテーマがぶれたことは一度もありませんでした。

 そして、その通りの光景が広がっています。

 時には喧嘩することもあるでしょうが、思いは必ず実現します。

 また、それを現実のものとするのが私の仕事です。

 今回は面白いプラン特集ということで「回遊できる家」を見つけて貰いました。

 よって、メインの写真はみんなで走り回っている写真でしょうか。

 昨年の1月中旬にも『住まいの設計』の取材を受けて貰っているので、メディアに載るのは3度目です。

 ご家族は「上の2人は取材が大好きですし、守谷さんが居なかったらこの家はできていませんから」とまで言ってくれます。

 創り手冥利につきるのですが、私と会うまでに十数社の建築会社にプラン、見積りを出して貰ったと、この日初めて聞きました。

 そう聞くとその情熱が全てだとも思うのです。

 ただ、私と会ってみようと思ったきっかけは「誕生日が一緒だったから」と聞いた時はずっこけましたが、理由など何でも構いません。

 誰かを幸せにすることができれば、また必ず誰かが求めてくれるはずですから。

■■■『大改造!!劇的ビフォーアフター』4月7日(日)BS朝日で「住之江の元長屋」再放送
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雨のち曇り、そして青天井‐1601‐

 前回は、芦屋の「谷崎潤一郎記念館」と谷崎が暮らした「富田砕花旧宅」を訪れたところまで書きました。

 更に谷崎の足跡をたどるべく、阪神電車の魚崎駅まで移動してきました。

 住吉川の左岸を走る六甲ライナーに沿って、北に5分程歩いたところにあるのが「倚松庵(いしょうあん)」、別名『細雪』の家です。

 明治、大正、昭和を生きた文豪、谷崎潤一郎の代表作『細雪』の舞台となった旧宅です。

 六甲ライナーの工事のため、150m南の敷地から移築されたのが1990年(平成2年)のことです。

 阪神間では13件もの家に住んだ谷崎ですが、昭和11年から18年と、最も長く住んだのがこの家です。

 3人目の妻、松子は前夫との間に恵美子という娘が居ました。

 また、次女だった松子には三女、四女がおり、この倚松庵で一緒に暮らすことになります。


大阪船場の旧家、蒔岡家には美しい四姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子がいました。

 幸子は、貞一郎を婿養子に迎えて芦屋に分家しているが、堅苦しい本家を嫌って雪子と妙子は、芦屋に居つきます。

 なかなか縁談が決まらない雪子、自由奔放に生きる四女の妙子らの、優雅な日常を、船場言葉で描いたのが『細雪』です。

 谷崎自身が貞一郎のモデルで、家族の日常をほぼそのまま描いた物語なのです。

 名作は一通り読んでいるつもりでしたが、未読だったようです。

 早速購入したのですが、読み始めから谷崎の世界に引き込まれていきます。

 文章が美しく、読みやすい。

 例えるなら、口当たりのやわらかい上質のワインのよう。芳醇といった言葉が、自然に浮かんでくるのです。

 この歳になって、大谷崎の筆力に感激したのです。

 エントランスを入るとすぐにあるのが応接室。最も登場場面が多い部屋でしょうか。

 谷崎は洋風好みだったようで、マントルピースがあり、ステンドグラスも見えます。

 隣合に食堂も机と椅子。

 一脚だけが当時のままとありました。

 反対に浴室は五右衛門風呂。

 祖父の家には五右衛門風呂が残っていたので、かろうじて現役経験者なのです。

 台所には面白いものがありました。

 これも当時の物で、冷蔵庫だそう。上の部屋に氷を入れる原始的なものです。

 管理の女性は65歳くらいでしょうか。

 「昭和40年くらいまでは、氷屋さんが毎日配達してくれたものですよ」と言っていました。

 私が生まれる少し前まで、そんな暮らしがあったのでしょうか。

 2階南東角の部屋は、三女雪子の部屋。

 一番奥にあるのは、奔放な人生を歩む四女妙子の部屋です。

 これは1階最奥にある和室の地窓。

 作品中でも、陽と陰を描き分けています。

 先に寄った「谷崎潤一郎記念館」では、生前の松子夫人のビデオが流れていました。

 かなりの年齢だったと思いますが、そのきりっとした話しぶりに品格と知性がにじみだしているようでした。

 エントランス脇の床に掛かる文字は、彼女の直筆とのことでした。

 自らの名にある松を、とても好きだったそうです。

 それで門の脇にはおの大きな松の木が植えられたのでしょう。

 奈良の志賀直哉旧居も素晴らしいなと思いましたが、私の中では双璧です。

 最終的には70歳の時、1956年(昭和31年)に京都の家を売却し、関西での生活を終えます。

 37歳、1923年(大正12年)の関東大震災でやむを得ず関西にやってきた谷崎は、当初関西を嫌っていたとも言います。

 しかし、食べ物の美味しさ、山と海を臨む阪神間を気に入り、作家として最も充実した時期を過ごすことになりました。

 『細雪』に至っては、場所と共に家まで作品にとって重要な役割をはたしています。

 建築と街に関わるものとしては嬉しくありますが、ピリッとした気持ちにもなります。

 ノーベル賞候補に何度もあがった文豪の半生を、2回に渡って勝手に分析しましたが、スケールが全く違うというのが実感です。

 巨匠、文豪はいつも興味の対象です。

 どんな世界でも青天井であるのは同じです。大雨のち曇りの、とてもモチベーションが上がった一日だったのです。

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噂の文豪の、危ない関係‐1600‐

 昨日は「災害級の大雨」という記事をみて、遠出はやめることにしました。

 九州南部では、残念ながらその通りとなってしまい……

 熊本は2016年の震災のあと、建物の危険度判定活動に参加しました。「水の国」を実感したのですが、今回の大雨もそろそろ終息に向かってくれれば良いのですが。

 阪神電車に乗って、芦屋までやってきました。

 阪急電車と共に、芦屋川の上に駅があります。

 南東へ歩いて10分程のところに「谷崎潤一郎記念館」はあります。

 絵でも観に行こうかなと探していると、あまりにもセンセーショナルなキャッチコピーに目を奪われたのです。

 1886年(明治19年)、東京の日本橋に生まれた谷崎潤一郎は、東京帝国大学に在学中の24歳のときに「刺青(しせい)」を発表。

 あまりに過激な描写で、なかなか注目されなかった作品でしたが、当時の流行作家・永井荷風に激賞され、一気にスターダムの階段を上って行きます。

 1923年(大正12)、37歳のとき箱根で関東大震災にあい、そのまま関西へ移住。

 その風土を気に入り、その後の21年の間に阪神間で13回も引越しを繰り返しました。

 京都にも別荘を持ち、この館の庭もそれをイメージしたものだとありました。

 『スキャンダル~噂の文豪~』のポップに全く恥じず、その私生活は凄いの一言でした。

 3度の結婚、人妻、妻の妹、息子の嫁と、女性への欲望を隠そうとしませんでした。むしろ、それらが執筆の原動力だったという切り口です。

 大谷崎とまで言われた、何度もノーベル賞候補になった文豪に失礼ですが、それよりもその私生活に興味深々でした。

 谷崎により興味が湧き、実際に暮らした家が近くにあると分かり、更に10分程東へ歩きました。

 ひとつ大阪よりの打出駅との間に、富田砕花旧居はあります。

 現在は芦屋市が管理しているとのこと。

 静かな住宅街に突然小振りな瓦屋根の家が見えてきました。

 詩人・富田砕花は岩手県の出身ですが、縁あって1984年に亡くなるまでこの家で暮らしたそうです。

 自然派の作家らしく、庭もあまり手を加えていません。

 母屋は戦争で焼失し、建てなおしたものとのことでした。

 それでも、昭和の雰囲気が色濃く残っています。

 もとは社会の先生だった方が、色々と教えてくれました。

 門の右にあった棟を角屋と呼んでいるそうですが、1階は砕花の資料展示室となっています。

 この角屋だけが戦火を免れたそうです。

 谷崎は、1934年(昭和9年)から1936年(昭和11年)までこの地に暮らし、この2階で「潤一郎訳源氏物語」を執筆したそうです。

 私が建築設計をしていると言うと、普段はみれないんだけどと、2階も案内してくれました。

 天井に引戸があります。

 それをスライド。

 のぞかせて貰いました。

 「窓がここしかないので、あの下で執筆していたのでしょう」と。

 好意に感謝し、ここを後にしたのです。

 谷崎の初めの妻、千代は従順な女性でした。しかし妹せい子は対照的に、奔放で小悪魔的な性格。せい子にのめりこんで行きます。

 谷崎の親友で詩人の佐藤春夫は千代に同情を寄せ、それが愛情へと変わって行きます。

 谷崎はそんな佐藤に、千代を譲るといいます。しかし結局せい子とは破局。佐藤との約束は反故にされ、絶交します。

 これが世に言う「小田原事件」ですが、形ばかりの夫婦に戻った谷崎は、自分たち仮面夫婦を題材とした「蓼食う虫」を執筆します。

 作品の完成後、千代は佐藤春夫と結ばれるという結末を迎えますが、「妻譲渡事件」と世間を騒がせたのでした。

 佐藤春夫の代表作「さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか」は千代への思いから生まれたものだと知りました。

 谷崎の「陰影礼賛」は建築の世界でも名著として知られています。

 軒の深い日本家屋の奥深くで、金襖や金屏風がほのかに光るさまに、谷崎は日本の美を見出だしたのです。

 陰があってこその光。人の人生も、光だけでは立体的に捉えることは難しい気がします。

 それでも昭和の文豪たちは、全くレベルの違う危ない関係だったのです。

 この日はここまでと思っていたのですが、「細雪」の舞台も訪れることにしました。

 続きは次回に。

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成功と勝利の淡い香り‐1565‐

 庭の梅は、今週初めがピークでした。

 今年は1月末からポツポツと咲き始めました。

 今日の雨でひとまず終わりでしょうか。

 小さな花びらは、桜とは違った美しさがあります。

 丁度ひと月楽しませて貰いましたが、淡い梅の香はまた11ヵ月後です。

 家に帰ると粒の大きな苺が食卓に置いてありました。

 妻の実家からのお土産だったそうでが、すでに2つほど無くなっています。

 おそらく苺大好きの娘でしょう。

 梅も苺も、香りがその存在を知らせる大きな役割を担っています。

 先月から今月にかけて、サッカーのアジアカップが開催されていました。日本は惜しくも準優勝。

 本田、長谷部らが退いても、大迫、南野、堂安と若い才能が続くことに、サッカーというスポーツの人気を感じさせます。

 しかし、次回ワールドカップ開催国、カタールの優勝は見事でした。

 キャリアの終盤に、ビッグネームがJリーグを選択したことはこれまでにもありました。

 しかしイニエスタ選手はまだ34歳。これまでに来日した中でも、ひときわ大きな存在です。

 バルセロナと「無敵艦隊」と言われたスペインの司令塔を務め、2010年のワールドカップ南アフリカ大会では優勝。

 オランダとの決勝戦、延長で決勝ゴールを決めたのも彼でした。

 新聞に見開きで紹介されていました。

 「やるか、やらないかのところで、まずやると踏み出す。そして少しずつでいいから良くなる努力を重ねる。

 最終的にいい結果をもたらしてくれるのは、日々の行いしかないと思います」

 記事にも「人柄そのまま、飾りも、てらいもない」とあります。

 ですから、なおさら前半の言葉に惹きつけられます。

 やるか、やらないかのところで、まずやると踏み出す。

 言葉は単純ですが、ここが成否の9割を占めている気がするのです。
 
 人は人生の中で多くの人と出会います。

 赤い果実と香りだけで、苺の味が想像できるように、それまでの経験を基に、言葉、表情から相手が信用に値するかを判断するのです。

 サッカーでは、「ゴールへの嗅覚」という言葉がでてきます。

 それは、誰にでも嗅ぎ取れる訳ではない香りがあるからこその表現だと言えます。

 勝利や成功にも、同じようなことが言えそうです。

 確かに、淡い香りがあるような気がするのです。

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『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
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『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

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冬はつとめて‐1557‐

 この時期、家を出る前は庭木の梅に目が行きます。

 先週末、今年はじめの花が開きました。

 咲き始めると、追いかけるようにポツポツと続きます。

 今朝はここまで進みました。


 
 ご近所の庭では椿も満開。

 冬には冬の楽しみがあります。

 食卓にあった娘の教科書をパラパラめくっていると、清少納言の「枕草子」をみつけました。

 冒頭のくだりはあまりにも有名です。

 数年前、広告にパロディで使われているのを見かけました。

 春はあけぼの。

 やうやう白くなりゆく山際、

 少しあかりて、紫だちたる雲の

 細くたなびきたる。

【現代語訳】

 春はなんと言っても明け方。だんだんとあたりが白んで、山のすぐ上の空が少し明るくなって、紫がった雲が細くたなびいている様子。

 教科書の解説に、「春夏秋冬それぞれの季節について、その良さを最も感じる時間帯を取り上げ、様子を述べている」とありました。

 そんな内容だったとは、すっかり忘れていました。

 確かに、春の明け方はワクワクするものがあります。

 寒かった冬が終わり、日が昇るその瞬間、春のにおいだったり、生命の息吹のようなものを感じます。

 そして、「夏は夜」「秋は夕暮れ」と続きます。

 暑い昼間をやりすごした後、海辺で波音など聞きながらの一杯などは最高です。

 また、風が冷たくなりはじめる秋の夕暮れは、誰もが感傷的になるもの。

 いずれも異論はありません。

 そして冬です。

 冬はつとめて。

 雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、

 霜のいと白きも、またさらでも いと寒きに、

 火など急ぎおこして、炭持てわたるも、

 いとつきづきし。

 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、

 火桶の火も、白き灰がちになりぬるは わろし。

【現代語訳】

 雪が降り積もっているのはもちろん、霜が真っ白におりているのも、早朝に炭を運んでいるのも冬の早朝に似合っている。昼になって、だんだん寒さが緩むと、火鉢の炭火も白く灰をかぶってしまってみっともない。

 「つとめて」は「務めて」なのか「勤めて」なのか、それが早朝を指すのは面白いところです。

 朝の読経を「おつとめ」というのも、似たようなニュアンスでしょうか。

 他の季節は、良い時間帯をピックアップしているのですが、冬の昼はみっともないとまで書いています。

 清少納言の生きた平安時代、寒さは現代の比ではなかったでしょう。しかし、寒さが緩むとみっともないとまで書いているのは痛快です。

 「行く夏を惜しむ」と言いますが「行く冬を惜しむ」とは言いません。

 日が短く、寒い冬を、心のどこかで、過ぎ行くことを望んでいる部分があるからでしょう。

 冬において一番良い時間帯は早朝でした。また、午前を制するものは一日を制します。

 冬でも努めて、早起きしたいと思うのです。

■■■『建築家と家を建てる、という決断』守谷昌紀
ギャラクシーブックスから2017年11月27日出版
amazon <民家・住宅論>で1位になりました

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大阪ガス『住まう』11月22日発行に「中庭のある無垢な珪藻土の家」掲載
『住まいの設計05・06月号』3月20日発売「回遊できる家」掲載
『関西の建築家とつくる家 Vol.2』2月1日発売「阿倍野の長家」掲載
『homify』6月29日「回遊できる家」掲載
『homify』6月2日「イタウバハウス」掲載
『houzz』5月28日の特集記事「あちこちでお茶できる家」掲載

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◇一級建築士事務所 アトリエ m◇
建築家 守谷昌紀のゲツモク日記
アトリエmの現場日記

サブシックス‐1556‐

 先週は寒い日が多く、冬らしい気温でした。

 朝の気温が1℃くらいだと、なかなか布団を出るのが辛いものです。

 そんな時は、朝のジョギングもついさぼりがちに。

 年始の駅伝だったか、厚底シューズがタイムを短縮したという話も聞きました。

 私のシューズはそれ程高価なものではありませんが、最近のものは履きやすく、軽く、そして走りやすい。

 近頃は、「走ってるんです」というクライアントが増えました。

 ある方はマラソンのベストタイムが3時間を切っています。これを「サブスリー」といい、アマチュアランナーの目標だそう。

 こちらの方、昨日の「大阪国際女子マラソン」のハーフに出場されると聞き、少しのぞいてきました。

 会社から500mくらいの所を通過するとわかりました。

 「今川2」の交差点は、見通しが効くので見応えがあります。

 また、後半の37km付近で、選手は後続を確認するために一瞬振り返ります。

 こちらは5位となった阿部有香里選手。

 選手が通過する前に、まずは時計を掲げた車が通過。

 2時間5分を指していました。

 続いて中継車。

 先頭グループがやってきました。

 小原怜選手、エチオピアのファツマ・サド選手。

 少し遅れて、ケニアのボルネス・ジェプキルイ選手の3名です。

 ゴールはここから4km先の長居競技場。

 後のニュースでみると、サド選手が2:25:39で優勝。

 7秒おくれて小笠原選手となっていました。

 3人の先頭集団のすぐ後ろにいた中野円花選手は4位。

 東京オリンピックの選考レース、「グランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を獲得しました。

 反対に、振り返っていた5位の安部選手は、2秒届かずで、出場権を逃したそう。

 懸命にトレーニングを積み、2時間28分走っての2秒なので、昨晩は寝られなかっだろうと想像するのです。

 スポーツで言えば、全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手の記事が新聞をにぎわします。

 「世界一」ですから凄いの一言。

 加えて、そのパーソナリティの評判がすこぶるよいことにも驚きます。体重を尋ねてきた記者とのやりとりは、いくつかの新聞コラムでもみかけました。

 私は実際に話しているところをまだ見たことがないので、是非そのチャーミングな姿を見てみたいものです。

 しかし、身長が180cmとなっており、それはそうだろうなとも納得するのです。

 彼女はまだ21歳。若い才能をみると、いつも「1万時間の法則」を思い出します。

 色々なところで聞きますが、私は「ひとつの事に1万時間打ち込み続ければ、必ず突出した結果がでる」と解釈しています。

 小学4年生、10歳の女の子が放課後の午後5時から午後8時までの3時間、何かに打ち込んだとします。

 1ヶ月で90時間。1年で約1000時間。10年続けて1万時間です。

 10歳から始めれば20歳。彼女達はこの法則を証明していると言えるのです。

 司法試験の世界でも「必死の3年」と言う言葉があるそうです。

 毎日9時間働けば3年で達成できますが、この法則のポイントは「続けて」ということと「プラスアルファ」だと私は思っています。

 中国には「陰徳ある者は必ず陽報あり」という言葉があります。

 陰ながらだったり、放課後なのだろうと思うのです。

 私も26歳の時に一度だけマラソンを走ったことがあります。6時間近く掛かかり、1週間ほどは歩くのもままならず……

 「サブシックス」とは笑い話しにもなりません。

 大した練習もしていなかったので、当然の結果です。

 「気合で何とかなる」

 これは、普段努力していな人の常套句。仕事だけはそうならないよう、プラスアルファの3時間を頑張りたいと思います。

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あなたと越えたい‐1551‐

 今日の大阪は曇り空の寒い1日でした。

 しかし朝方は7時頃になればかなり明るくなり、季節が進んでいることも感じます。

 朝焼けは天気が崩れると言いますが、それでも美しいことに変わりはありません。

 冬季休暇の話しに戻りますが、1月4日から6日までは伊豆半島の伊東に滞在していました。

 特にこの期間が暖かかったようですが、15℃以上まで上がった日もあり、南国の雰囲気さえ感じます。

 ホテルの部屋から、遠く東に望むのは初島。

 蜃気楼が見えた日もありました。

 中心街には温泉町の風情が残ります。

 昭和3年に完成した東海館は、庶民のための温泉宿だったそう。

 これが庶民の温泉宿だとするなら、当時の建築がいかに丁寧に創られていたのかを感じるのです。

 少し車で走ると、長い竹に飾りつけをしたものを多く見かけました。

 先の写真にも写っていますが、新年を祝う地域の風習なのでしょうか。

 伊東から伊豆半島の内陸部を南に下ります。

 天城山を目指し九十九折の山道を走ると、名産のワサビ畑をところどころに見ることができます。

 天城山の雪解け水が、美味しいワサビを育てるのだそう。

 確かにあまり辛くなく、食べやすいワサビでした。

 今年も「紅白歌合戦」は観ていないのですが、紅組のトリは石川さゆりの「天城越え」だったとありました。

 川端康成の代表作「伊豆の踊子」の舞台でもある天城トンネル。

 まさにここが天城越えの地です。

 正確には天城山隧道といい、明治38年に完成した石積みのトンネルです。

 途中まで歩いてみましたが、ちょっと怖くなって戻ってきました。

 道中の山道には川端康成のレリーフがあります。

 「伊豆の踊子」は、青年が旅の一座にいた幼い踊子に寄せた淡い恋心を描いた小説です。

 「雪国」と共に川端康成の代表作。

 1968年、日本人初のノーベル文学賞を受賞しますが、ともにトンネルが大きな役割を持っているのが面白いところです。

 この珠玉の2作品を「トンネルズ」と言ってしまったら、巨匠にお叱りを受けるでしょうか。

 川端はノーベル賞の受賞にあたって「作家にとっては名誉などというものは、かえって重荷になり、邪魔にさえなって、萎縮してしまうんではないかと思っています」と語ったと言います。

 また、受賞の理由に「日本の伝統のおかげ」「各国の翻訳者のおかげ」、まな弟子である「三島由紀夫君のおかげ」と語ったそうです。

 その三島由紀夫の割腹自殺の2年後、1972年72歳の時に自らも命を絶ってしまうのです。

 市井で暮らす私に、文豪の心の底など分からないとも言えますが、僅かに作家としての苦しみも分かる気もします。

 改めて「天城越え」の歌詞をみてみます。

 誰かに盗られる くらいなら あなたを殺して いいですか

(中略)

 あなたと越えたい 天城越え

 敦賀から京都に鯖を運んだというのが鯖街道ですが、これらは女性の仕事だったそうです。

 その道中、山賊の類に多くの女性が命を奪われたと言います。

 天城山隧道の歴史背景は知らないのですが、多かれ少なかれ、そのようなサイドストーリーはあるのだと思います。

 日本列島で旅をするということは、山、峠という障壁を越えるということです。

 トンネルは非常に重要なものであり、これ程交通が発達した現在より、もっとドラマチックな景色を演出するものだったでしょう。

 車、新幹線、飛行機と便利な世の中になりました。

 しかし、未だに「天城越え」が紅白のトリを飾ることが理解できる気もするのです。

 ただ、殺されるのは御免ですが。

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ハッとして!Good‐1547‐

 小さい頃は野球少年でした。

 小学4年のときに少年野球のチームに入りました。

 小学5年からポジションはサード。守備には自信がありました。

 打順は3番を任せて貰いましたが、守備に比べるといつも手探り。

 小5の大会での写真ですが、この黄色のスポルディングというメーカーのバットはよく覚えています。

 グリップが太く、バットコントロールがとてもしやすいのです。

 確かこの日は左中間に三塁打を打ったはず。この写真はチップですが(笑)

 中学も野球部で、私は後列の右から6番目。

 ショートを任せて貰い、打順は2番でした。

 グローブはミズノの青カップで、来年監督に復帰する「原モデル」でした。

 手になじみがよく、先端のフォルムがとても気に入っていました。アマニ油で、ピカピカになるまで手入れしていました。

 しかし、坊主頭がどうしても嫌で、私の野球人生は中学まで。

 出来れば長男にも野球をして欲しく、父が手作りのバットをつくってくれました。

 2歳頃のことで、引きずって遊んでいるだけでしたが。

 その甲斐あってか、小6の時から父と私の3人で朝キャッチボールとバッティング練習をすることになりました。

 塾もあり、チームに入りたいとは言いませんでしたが、左打ちで足も早く、左中間に強い打球を打てます。

 結構才能があるのではと思い、時々バッティングセンターにも連れて行きました。

 バットもミズノのビヨンドマックスという、結構な値段のものを与えたのです。

 しかし中学では卓球部に。

 クラブが休みの日も練習に行くぐらい好きなスポーツが見つかり、とても嬉しいのですが。

 ミズノは大阪本社のスポーツ用具メーカーです。

 本社は南港のATCのすぐそば。

 頂部はMのフォルムをイメージしたデザインなのでしょう。

 「商品は人が手にして喜ぶもの。道具は人が手にして使うもの。遊びはいっさい不要」

 元ミズノのバット職人、久保田五十一さんが落合博満選手からこのことを学んだことだそうです。

 久保田五十一はシアトル・マリナーズのイチロー選手、元ヤンキースの松井秀喜選手のバットづくりを担当し「現代の名工」にも選ばれています。

 ご自身は硬式野球をしたことがないので、疑問に感じたことを素直に聞くことができたのが良かったといいます。

 中でも落合選手は師匠のような存在だったそうです。

 彼が養老の工場に来たとき、素材選びから外していた木を拾い、なぜこんないい顔した木がだめなのと問われたそうです。

 その木は木目が乱れており、社内規定によって外していたもの。

 落合選手は「バットは棒のようにではなく、ムチのように使うんだ。それには見た目よりも、しなりや粘りがある木がいいんだ」といいました。

 その時にハッと気づいたそうです。バットは「商品」ではなく「道具」なんだと。

 以前から建築を商品だと言われると、違和感を持っていました。

 建築は人生を楽しむための、幸せになるための道具なのです。

 また、一流の人は「ハッした」という表現を、皆口にするような気がします。

 真理というものは、どこにでも埋もれているはずです。しかし、何かのきっかけでそれが顔をのぞかせます。

 そのことに気付くためには、素直であることや、常に興味や向上心を持っていることが大切なのだと思います。

 かなり懐かしいですが、トシちゃん(田原俊彦)の歌に「ハッとして!Good」というタイトルがありました。

 まさにその通り。ハッとできることがGoodなのだと思うのです。

■■■毎日放送『住人十色』4月14日5:00pm~5:30pm「回遊できる家」放映
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