野生を磨け‐1532‐

昨日の早朝、父の船で岸和田から出船しました。

狙いは太刀魚。

 太刀魚は紀伊水道沖で越冬したあと、春から夏にかけて北上してきます。

 中央に見えるのは、加太の国民休暇村です。

 太刀魚は、この友ヶ島水道から大阪湾に入る群れと、鳴門海峡から播磨灘に入る群れに分かれるようです。

 夏頃まで、大阪湾の最奥、また播磨灘の北部まで北上を続けるのですが、冬になるとまた紀伊水道沖に戻って行きます。

 その紀伊水道に落ちる一歩手前。

 紀淡海峡に群れが回ってきたようで、これだけの船が集まっていました。

 到着してすぐ。

 1匹目は父にきました。

 そして私にも。

 エサのイワシはその鋭い歯にやられて見るも無残。

 太刀魚はその大きさを、胴の幅が指何本分あるかで示します。

 私は指3本分まででした。

 最大は父が釣った指4本。 1mくらいはあったでしょうか。

 昼過ぎまで飽きることなく、適度に釣れ続けたのです。

 友ヶ島沖に移動して根魚も追加。

 ガシラが7匹ほど。

 そしてベラが20匹ほど。

 父の友人分も合せて、太刀魚は全部で25匹ほどと、十分に満足できる釣果でした。

 釣りは私の趣味なので、海であれ湖であれ、まず飽きることはありません。

 釣れなくても、どうすれば釣れるのかを考え、試します。

 想像し、打ち手を考え、実行。その結果をみてまた想像。その繰り返しです。

 それでも、漁師には遠く及ばないでしょうし、紀淡海峡のあの船団の中で、おそらく真ん中くらいの成績だったのではと想像します。

 それは趣味だからです。

 現代人は、生きるか死ぬかの生活を続けていた石器時代より、能力的には劣っていると言います。

 それはそうだろうと納得できます。

 しかし私は船上の人となった瞬間、何故かDNAの一部が覚醒してくるようです。

 狩猟本能がむくむくと頭をもたげ、飽きるなどという感情はどこかに吹き飛んでしまいます。

 今まで一緒に釣りをした人は、本当に大変だったと思います。一日中休むことなく、そのテンションで釣り続けるのですから。

 いつ頃からか、皆そこまで釣りたい訳ではない、一緒じゃないんだと気づき、1人で行くようになったのです。

 唯一の例外が、父の船での海釣りです。

 出港の時間、納竿の時間は父が決めることに従うだけですから。

 バブルの頃だったか、釣具メーカーのCMでこんなコピーがありました。

 「野生を磨け」
 
 そうする必要があるのかないのか分かりません。

 ただ、本能のおもむくままに過ごす時間は、感性の錆びを落としてくれるような気はするのです。

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