建築家おいたち

 

 

1970年
0歳大阪市平野区生まれ。
父は岡山県倉敷出身、母は香川県満濃町出身。

 

 

 

1974年
4歳 よく食べ、よく太っていた。父にスキーを教えてもらう。

 

 

 

1975年 5歳
志賀高原の横手山山頂で家族と。
後方左端の父が持っているのは8mmカメラ。
前列左から私、母、弟。

 

 

 

1978年 小学2年生
近所の友人達と。
家の前に出ればいつも誰かがいた。

 

 

 

1981年 小学6年生
5年生から少年野球チームに。
サードで打順は3番。

 

 

 

1981年 小学6年生
家業の硝子店前で。
いつもトラックがとまっていた。

 

 

 

1984年 中学2年生
高槻中学校で野球部に。
ショートで打順は2番。
結構強いチームだった。

 

 

 

1987年
高校2年生高校の修学旅行の道中。

 

 

 

1989年
予備校生 勉強不足で浪人。現在はなくなった大阪北予備校へ。
ソフトボール大会に熱心な不思議な予備校だったが、
クラスのチームで優勝する。

 

 

 

1992年
大学3回生
大学時代の友人、後輩達と。
ボートを積み、夏は毎週日本海へ。

 

 

 

1992年 大学3回生
競技スキー部に所属。真剣に大阪の国体選手を目指した。

 

 

 

2008年 38歳

1996年に事務所開設
2003年に結婚
2005年に長男、2008年に長女が生まれる

 

なぜ建築家になったのかと聞かれることがあります。 大きくは2つのきっかけがありました。。

父がガラス屋を営んでおり、建築現場へ訪れる機会が多々ありました。
現場で、少し雰囲気の違う人を時々見かけました。「あの人が何をつくるか考える人なんだ」と父に教えられました。「何を作るかを、誰かが考える仕事があるのか。 それは面白そうだな」と思ったのです。

もう一つは大学時代に建築家・安藤忠雄の『都市彷徨』を読んだこと。 「学歴でなく、コネでなく、自分の努力で、世界一の建築家になれるんだ。 夢は無限なのだな」と感じたのです。

小さいころから野球選手、お笑い芸人、プロレスラー、小説家、画家など、 色々な仕事に憧れました。共通点は、何かしらの「自由」だったと思います。

いま、仕事を通して建築は、人は自由なんだという事を証明し、 実現して行きたいと思っています。

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